第28話:はじめてのおつかい(大人ver)

 東雲色しののめいろだった空も今やすっかり清々しい青色に変わって、門を開けば心地良い微風は吹き抜けていく。

 すごしやすい天候は穏やかそのもので、今から試練と言うこともすっかり忘れさせるぐらい最高のロケーションだった。



「今日もいい天気だなぁ……試練に挑むに絶好だと思いませんか?」

「貴様だけはな」



 と、呑気に宣うライシにアモンは呆れ顔で返した。

 彼がこう反応するのも、後ろを見やれば一目瞭然で無理もない。

 寧ろ至極当然と断言してもいいし、いい加減そろそろ泣き止んだらどうなのかとライシも冷ややかな目で彼女らを見やる。


 試練を言い出した張本人とその娘達は玉座の間での一件からまだわんわんと泣いていて、現在いまも必死にすがりつく様子は、いくらなんでも大袈裟すぎる。


 これじゃあ今生の別れじゃないか……もはや深い溜息も隠さず本人らの前で吐いて、ライシは呆れ顔をこれでもかと色濃く浮かべる。



「――、あのさぁ……いい加減泣き止んでくれない? ちょっと泣きすぎだと思うけど」

「だってぇ……だってぇ……!」

「試練を受けろって言ったの母さんなんだから、いい加減腹括ってくれよ、頼むからさ」

「ライシお兄様! お願いです! どうか……どうかお考え直してください!」

「いやただのおつかいだからな!? 行ってちゃんと帰ってくるから!」

「じゃ、じゃあその後はずっとここにいてくれますよね!?」

「いや試練は絶対にクリアするからそれは無理だな」

「やだぁぁぁぁぁあああああああっ!」



 ――アリッサって、もっとしっかりしてるイメージあったけど……。

 ――こいつがこんなに取り乱したの見るの、多分はじめてじゃないか?


 長女として妹達に示しのつく言動も今や皆無で、ただ駄々をこねる言動は大変子供じみていたものだから、ライシは一種の新鮮さを憶えた。

 長女アリッサがこれなのだから妹達が当然自分達を御せるはずもなし、わらわらと足元にひしっと抱き着いてまたしても妨害された。



「ライシ兄上様どうかご慈悲を~!」「ライシお兄ちゃん行っちゃやだぁぁぁぁ!」

「ウチらおいていかれたら、どうしたら……!」「うぇぇぇぇん! にいちゃぁぁぁぁ……!」

「いやだから……」



 と、なんとかしてなだめようとするライシだが、妹達の耳にはまったく届いておらず。

 みしみしと両足から軋む音が彼女らの必死さを代弁する。

 悪魔の身体能力をいかんなき発揮しているので、このままだと粉砕する未来しか見えない。


 これもまさか作戦の内だったりするのか? だとするとなんと恐ろしいことを平然と実行してくる。

 この泣き顔ももしかすると演技なのでは、という疑念を抱きながらもどうにかして拘束から脱したライシは、ひとまず両足が無事であることにホッと安堵の息をもらした。



「……とにかく、俺は試練を受ける。この決定を今更覆すつもりはない」

「そんなぁ……」



 これ以上、無駄に時間は費やせない。

 いくら近場とは言っても、余裕をもって行動することこそ大人の対応だ。

 未だに後ろの方がぎゃんぎゃんとやかましくあったが、それも森に入る頃にはすっかり収まった。


 清らかなせせらぎと、小鳥達のさえずりは先程の喧騒で疲弊した心をすっかり穏やかにする。

 心地良い微風に頬を優しく撫でられながら、ふと前方に人影があることにライシはハッと気付いた。


 冒険者だろうか。警戒しながらしばらく進んで、その出で立ちから別の意味でライシは激しく警戒することとなる。

 茶色の外套で全身をすっぽりと包み、顔も帽子を深々とかぶっていてよく見えない。この点だけでも十分に不審者極まりなく、城に即通報するレベルだが身内を通報・・する馬鹿はまずおるまい。


 これはひょっとして、変装のつもりなのか? シンプルすぎる服装は低予算かつ低クオリティーで、そもそもな話悪魔の証たる肝心の翼が隠せなくては意味がない。

 それでもバレていないと本気で思いこんでいそうなのがライシには不思議でたまらず、



「そこのかわいい坊ちゃん。この近くにおいしいお菓子屋さんがあるんだけど、おじさんと一緒にいかないかい?」



 と、恐らくは人攫ひとさらいの役であろう、それを完璧に遂行する家臣の姿にライシは内心で称賛した。



 ――まぁ、なんとなくこんなことになるんじゃないかとは思ってたけど……。

 ――やっぱり母さんの奴、俺を妨害してきたな。


 ただのおつかいでないことは薄々と気付いていて、早速アスタロッテからの刺客にライシはふと口元を緩める。

 単に山に行って花を摘んでくるだけでは、実はいささか物足りないとも思ってもいたところである。

 しかし、まさか最初がこんな子供だましだなんて……明らかに人を馬鹿にしているアスタロッテに、ライシはほんの少しだけ苛立ちを募らせた。



「あの、結構です」

「いやいやそんなこと言わずに! 今だったら特別に坊ちゃんの好きなお菓子、み~んな買ってあげるよ?」

「いや別に、いりません」



 と、断るライシに不審者……もとい家臣はあれこれと手の品を変えてどうにか引き留めようと必死だ。



「何度言われても結構ですってば。それじゃあ俺は先を急ぐので」

「あ、ちょ、ちょっと……!」

「――、それともう一つだけ。変装するんだったらもっと工夫した方がいいですよ?」



 さしものライシも我慢の限界で、改善点をぴしゃりと述べると不審者役の家臣はすっかり押し黙ってしまった。

 ようやく満足に見えた家臣の顔は驚愕に目を開いていて、まさか本気で騙せるって思ってたのか!? 呆然と立ち尽くすその姿に逆にライシも驚きを禁じ得なかった。

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