第16話:嵐が吹く予感に似たり
つかつかと複数の足音が遠くから聞こえ、まるでタイミングを見計らったかのように登場した六人の悪魔をライシは見やった。
「――、もう朝ごはんも食べないで修練をするなんて、ママ感心しないわよ」
「か、母さん……」
「私達もいますよライシお兄様」
アスタロッテとアリッサ達だが、心なしか妹達の機嫌がよろしくないが、きっと見間違えなんかじゃない。
アリッサ達と来客者との関係性を知れば、自然と頷けてしまう。
彼女らにとってその来客者は快く思わない相手であり、同様にその仲裁役を確実に務めることとなるのが目に見えているので、ライシも顔色も優れない。
またあの時みたいに馬鹿やらかさなきゃいいが、と祈ることさえもきっと無駄に終わると今から予想してライシの口からは盛大な溜息がもれた。
「朝ごはんはみんなで揃って食べるって決まりだったでしょ? 次からはちゃんとママとアリッサちゃん達と一緒に食べるようにね」
「わかったよ母さん、次からは気を付ける――ところで、今日来客があるって聞いたけど?」
既に誰が来るかはわかってはいる。
万が一にでも別人だとここで期待することほど、無意味なものはない。
「そうそう! 今日ねママのお友達が遊びに来るの!」
嬉しそうに語るアスタロッテの挙措は本当に魔王らしくない。
肌の色や角と悪魔としての要素がなかったらどこにでもいそうな一人の母親だ、しかし魔王の友人とだけあってその相手もまた彼女と同じく魔王であるから、ライシとしては非常に心休まらなかった。
もっと事前に知らせてくれればよいものを。そうこの母に咎めるだけ無駄なのも既に承知済み。
いずれにせよ、これは面倒なことになった。
「それで、いつ頃到着するの?」
「もうちょっとしたら来るわよ」
心の準備もさせてくれないらしい。
「今度こそあのメスを……」「毒とかどうでしょうかぁ?」「クーもそれがいい!」
「それか裏に呼び出してボッコボコにするとかは?」「ウチは異議なーし」
手の主が静かに首を横に振るって、彼もこの現状に心底頭を悩ませる仲間と認識したライシはアモンと共に盛大な溜息を吐いた。
城内は、アスタロッテの友人によるアポなし訪問によっていつになく慌ただしい。
客人が来ると彼らも最初からわかってたならこうも焦る必要はないのだが、あまりにも急すぎるので客人をもてなすための準備が一切できていない。
茶菓子もなく客人をもてなすなど失礼にも程があり、ましてやその友人と言うのがアスタロッテと肩を並べるほどの魔王とあればあくせくもしよう。
「――、とりあえずこのフロアはこんなもんでいいだろ……」
我ながらなかなかの出来栄えかもしれない。
魔王の息子自らが城内を掃除する、この事実は彼らには相当衝撃的だったらしく、相次いで辞めるよう声が多々上がる中でライシはついさっき廊下の掃除を終えた。
このままじゃ絶対に間に合わないだろうに。アスタロッテの友人の来訪までもう一時間を切った。
家臣達に現在圧倒的に不足しているもの、それは時間だ。
時間という概念だけは如何に強大な魔力を有する悪魔とてどうすることもできない。
別の手段を講じる必要があるわけで、そのための力としてライシ自らもこうして掃除に勤しんでいる。
――確か、こういうのって“猫の手も借りたい”って言うんだっけ?
――前世の記憶って本当にいい言葉たくさんあるな。
もちろんながら、ライシのこの行動を快く思わない者もいるわけで、つかつかとやってきたかと思えば箒を乱暴に取り上げた少女を、ライシはジトッと睨んだ。
「何をするんだアリッサ。箒を返しなさい」
「ライシお兄様、掃除は家臣がすることであって私達がやることではありませんわ」
「あのなぁ、この状況見てそんなこと言ってる場合じゃないだろ。今は人手が一人でも多く必要な状態だ、そこには俺達が母さん……魔王アスタロッテの子供だからとか言ってる場合じゃないんだよ」
「ですが……!」
「それにいいのか? 掃除も他人に任せっぱなしで何もしないところを
「……ッ! そ、それは……で、ですがライシお兄様――」
「それにだな、もし万が一何かあった時俺達自身もある程度、こういう家事全般はできて損はない。そう言えば、さっき母さんに聞いたけど
にわかに信じがたい事実であるが、恐らく真実なのだろうから利用しない手はない。
ことこの五姉妹にとって件の相手はいわば好敵手のようなもの、あるいは恋敵と呼ぶべきか。
いずれも事あるごとに競い合う両者だからこそ均衡が崩れ、どちらかに優位性が傾くことを何よりも嫌う。
「……殺します」
と、意気込みよりも殺意の方がふつふつと湧いているアリッサ。
「え?」と、ライシ。
「あの憎たらしい顔をしたあのメスを殺してきます」
「普通そこは自分も負けないで家事するとかって言うところだろ!」
何故そうなる! 違った方向にすっかり
比較対象を抹消した方が手っ取り早いと、そう判断を下した彼女の思考はむろんだが当事者間にある溝の深さを改めて実感した気さえもする。
「――、そうそう。アイツ本ッ当に生意気だからボク大っ嫌い!」
「ウチらのアニキに手を出そうとしたのは今でも腹立つぞ!」
いつの間にか集まっていた姉妹達も、やんややんやと口々に恨み言や悪口と吐き零す。
これが冗談の類じゃなしに本気で実行しようとするから余計に質が悪く、底知れぬ妹達の憎悪にはライシも心底頭を悩ませた。
――なんとかして俺が回避しないと……!
当時はライシも含めて皆一様に幼かった。力の使い方もまだ満足でなく被害も中ぐらいに留まったものの、しかし心身共に成長しただけにかつての時のようにいくことはまずあるまい。
最悪この城が全壊することだって不可能じゃないので、唯一の良心にしてストッパーであることしっかりと自覚したライシは、キリキリと痛む胃を擦った。
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