第三章:妹達の依存度マシマシです

第14話:妹達からのスキンシップが激しいです……

 漆黒の闇を照らすその光は眩しくて、同時にライシはまたしてもこの夢かと明らかにうんざりとした顔を示した。ライシがアスタロッテの養子となってからもうすぐで20年が経過しようとしている。

 今日に至るまでの記憶は濃厚そのもので、たった数か月程度の人間としての記憶なんてもはや消えてもおかしくないというのに、毎晩のように同じ夢を見るのだからライシがうんざりするのも仕方がないと言えよう。


 ここ最近この夢ばかりを見るのはなんでだ? ライシは沈思する。

 むろん、自問したところで納得のいく答えが出るはずもなし。

 何かしらの意味は、きっとある。そう根拠なき確信を抱いたところで、クリアになった視界に飛び込んだ光景にライシは目をぎょっと丸くした。



「ア、アリッサ!?」



 心地良い寝息を立てている妹はあろうことか下着しか纏っておらず、あれから更に成長してすっかり大人としての魅力ある身体をこうも密着されては、如何に兄とはいえライシも一人の男だ。


 ――こいつ、本当にいい身体になったなぁ……って違う!


 とにもかくにも色々と誤解を招きかねないこの状況に激しくライシは狼狽した。



「おい起き――」



 起きろアリッサ! そう続けようとした言葉に、ライシはハッとした顔で口を防いだ。

 アリッサはまだ、くぅくぅと気持ち良さそうに寝ている。

 下手に起こさない方がいいだろう、とライシはこっそりとベッドから降りると素早く身支度を整えた。下手に起こそうものなら、この状況をアリッサのことだ利用しないはずがない。

 純粋無垢で小さな子供の頃であれば微笑ましいものを、両者共に大人に近しくある現在では意味も大きく異なる。兄妹なのにそのような関係になったと周囲に誤認を招くには十分すぎて、ライシは少しでも誤解を回避するべく急いで着替えた。


「よしっ」と、ライシ。

 同時に覚醒したアリッサが、ジトッとした目でライシの方を見やる。

 明らかに不服を示すアリッサであるが、まずはどうしてこんなことをしているのかを問い質す必要がある。ライシは小さく溜息を吐くと共に、一枚の服を投げ捨てるようにアリッサへと渡す。

 下着姿のまま、こっそりと忍び込んだのか? だとすればこのまま部屋に返すのは得策ではない。



「――、とりあえずおはようアリッサ」

「えぇ、おはようございますライシお兄様」

「……それじゃあ早速だけど、お前その恰好はなんだ? どうして俺の部屋に……いや、ベッドに潜り込んでいたんだ?」

「ライシお兄様を直に感じていたかったからです」



 あっけらかんと、まったく悪びれる様子がないアリッサは、いそいそとライシの渡した服を纏う。男性用なのでぶかぶかなのは否めない、しかし当の本人はすんすんと鼻を鳴らしたかと思いきや異様なぐらい鼻による深呼吸を繰り返す。

 お前は犬か。そう内心でツッコミを入れるライシを、またしてもこの妹は不服そうにジトっと睨んだ。


 ――何がそんなに不服そうなんだよ……。

 ――俺が女物の服持ってないのは当たり前だろうに……。


 すっと右手を出して、明らかに何かを催促するアリッサにライシは訝し気な表情かおのままだった。



「この服……ライシお兄様の臭いがまったくしません!」

「そりゃそうだろ。洗い立ての奴なんだから。一度着た奴を渡すような不衛生なことを俺はするつもりはないぞ?」

「だからそれがいいんですよ。というわけですので、洗っていない服をください。まだ洗濯に出していませんよね? もしくは今着ておられるのでも可能です」

「誰が渡すかこの馬鹿妹。とにかく、なんと言われようが俺はお前に服を渡すつもりは――」

「ではどうしてエスメラルダにはあげたんですか!?」

「え?」と、ライシ。



 ぷんぷんとかわいらしく怒るアリッサだが、そんなことあったっけかと当のライシにはまったく身に憶えがない。該当する情報がないライシを、アリッサは白を切っているように見えたのだろう。

 ついに本格的な怒りと妬みを露わにしたアリッサががぁっと吠えた。



「とぼけないでくださいライシお兄様! エスメラルダがこの前“ライシ兄上様のお古のお洋服をいただいちゃいましたぁ”って嬉しそうに言っているのを、私だけでなく他の妹達も知っているんですよ!」

「あぁ、あれか」



 と、合点が言ったとばかりに手をぽんと叩くライシを、アリッサがそれ見たことかと更に厳しく言及した。



「やはり思い当たる節があるんじゃないですか! どういうことか詳しく説明してください、今……私は冷静さを欠こうとしています」

「落ち着けアリッサ。確かにエスメラルダに俺のお古をやったのは間違いない」

「……ッ!」

「でも、あれは人形の洋服を作るための素材としてほしいって言ってきたからだよ。別に俺もエスメラルダも、下心とかがあって渡したわけじゃない」



 あの大飯食らいのエスメラルダが人形作りというかわいらしい趣味を持ったのは、実はつい最近とそう日は浅くない。

 慣れない人形作りにどうしてハマったかさておき、妹の趣味をせっかくなのだから応援したいと願うライシは、特に何の疑問もなくエスメラルダに古着を渡した。

 あちこちがもうボロボロで、とてもじゃないが満足に着れたものではない。

 ダメージファッションという言葉を前世の記憶で知るも、あれは趣味嗜好に合わないとしてライシは身嗜みにはいつも気を付けている。



「なら! 私も人形を作りますのでください!」

「なんでそうなるんだよ。後、古着はもう全部エスメラルダに上げちゃったからもうないぞ」

「なっ……そ、そんな……!」



 と、まるでこの世の終焉を迎えたような絶望しきった表情かおを浮かべるアリッサに、早く着替えさせようとしてライシはさっさと部屋を出た。

 ちょうどいいところに家臣を見つけて、手短に用件を済ませたライシの前方よりその少女達はたったったっと駆け寄った。



「おはようございますぅライシ兄上様ぁ」「おっはよーライシお兄ちゃん!」

「おはようライシのアニキ!」「うにゅう……眠い……」

「おはよう皆」



 エスメラルダ、エルトルージェ、カルナーザ、クルルにライシもふと笑みを返す。

 クルルはどうやらまだ眠たいらしくこっくりこっくりと船を漕いでいて、よくよく見やれば他の姉妹達も完全に眠りから覚めてない様子にライシもはてと小首をひねる。

 身嗜みが乱れまくっていて、ことエスメラルダに関しては薄いネグリジェ一枚のみと年頃の娘がしても良い恰好でないだけに、さしものライシも兄として大きく欠伸をする彼女を咎める。



「エスメラルダ……お前はなんて恰好をしてるんだ? 他の皆も、はしたないから早く着替えてきなさい」

「でも、こうでもしないとアリッサお姉ちゃんに先を越されちゃうから!」

「えぇ……?」



 と、怪訝な眼差しを向けるライシにこぞって姉妹達が文句を口にした。



「本当は明朝にぃ、全員でライシ兄上様のお部屋に夜這いをして子種をたっぷりともらおうって役しくしましたのにぃ」

「おいお前ら姉妹間で何恐ろしい計画を立ててるんだよ。普通にアウトだからな?」

「それなのにアリッサのアネキ! ウチらの部屋の扉を魔法でカッチカチに凍らせたんだぞ!」

「クーとっても寒かったよぉ……」

「なるほど。つまり抜け駆けをしたってわけか」



 ――あいつもあいつで何を考えているのやら……。

 ――でもまぁ、そうしてくれたおかげで全員部屋にこなかったのは事実なわけだし。


 拳骨一発で勘弁してやるとして、ライシは家臣が持ってきたアリッサのドレスを自室へと放り投げた。



「ライシお兄様お着替えを手伝ってくださいませんか?」

「それならばぁ、エスメラルダ達がお手伝いしますよぉ? アリッサ姉上様ぁ?」

「そうそう。ボク達がアリッサお姉ちゃんを手伝ってあげるよ」

「へへっ……覚悟しとけよアリッサのアネキぃ……」「うにゅ……クーもぉ……」

「クルル、お前は眠いんだったら無理するなよ」



 自室へと次々に突入する妹達を見送り、程なくしてどすんばたんと激しい物音にライシが訝しめば途端に扉越しからは彼女らの楽しい喧騒が廊下にまで響き渡った。



「ちょっと! それは私がライシお兄様からもらった服ですから離しなさい!」

「アリッサお姉ちゃんばっかりずるいってば!」「妹に優しくしろー!」



 欲望をまるで隠そうともせず本人の許可なく私物の争奪戦を繰り広げているであろう彼女らに、ライシも軽い頭痛に苛まれた。



「……すみませんけど、俺もう先に行きますね。妹達がどこに行ったって聞かれたら、知らないって適当に言っておいてください」

「アッハイ……」



 そろそろ部屋のセキュリティーをどうにかした方がいい、本気でそうすこぶる思うライシの足取りはフラフラとしたまま、しかし明確な目的をもって自室から離れた。



「そ、それはライシお兄様のパンツ! よ、よこしなさいエスメラルダ! 長女特権です!」



 後で新しいパンツの入庫も忘れずに発注しておく。

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