第6話:そんな装備で大丈夫か?

 ツヴァルネア城の工房の稼働率が他と比べて著しく低いのは、武器を使う悪魔が極端に少ないことが主な原因だ。生まれた時より高い魔力と身体能力こそ彼らにとって最強にして最大の武器なのだ。

 ライシはあくまで人間であるので、悪魔のように高い魔力もなければ身体能力もそこそこ。未発達の肉体ではせいぜい、大人よりやや弱いぐらい。

 戦うためには武器がいる。



「――、すいませーん。ハルファスさんはいますか?」

「これはこれはっ! ようこそいらっしゃいましたライシ様! ささっ、どうぞこちらへ」



 工房を訪れる者は極めて少ない。

 そういう意味ではライシの来訪はこの管理者である悪魔――ハルファスにとって大事な顧客なのだ。烏を模した人型の悪魔のるんるんと上機嫌な様子には、ライシも釣られて口元を緩める。


 ――相変わらず、ここは熱いなぁ……。


 扉の先で待ち構える熱気は容赦なく来訪者を熱する。

 炎をもっとも扱うのだから当然だ。悪魔でありながら鍛冶に魅了されたハルファスが平然とした様子で一振りの剣を手に取った。

 刃長はおよそ二尺四寸約72cmと、修練用の剣よりも更に長め。

 幅広で肉厚な刀身は鈍い鉛色だが、よくよく観察すれば細かな輝きが無数に煌めいている。

 鍔に当たる部分に埋め込まれた宝玉は、炎のように色鮮やかに赤く輝く。



「この剣は?」と、ライシ。



 ――なんだ、この剣……。

 ――羽のように軽いぞ!


 驚愕に目をぎょっと開いて手にした剣をライシは凝視する。

 まじまじと観察するその挙措に、ハルファスはふふんと鼻を鳴らしてさぞ得意げな様子だ。



「よくぞ聞いてくださいました! この剣はわたくしめがライシ様のために丹精込めて打たせてもらいました――霊鋼剣アルガス。この最大の特徴は何と言っても切れ味と頑丈さ、そして軽さにあります。ライシ様は霊鋼石の存在についてはご存じですか?」

「えぇ、少しですけど一応は。確か、魔力とは違う不思議な力が宿った鉱石でしたよね」

「その通りです!」



 ハルファスがにこりと笑う。

 声は相変わらずやかましい。



「霊鋼石は他金属や素材を複合させることで様々な効力を発揮するだけでなく、霊鋼石そのものにも不思議な力が宿る。我々悪魔が持つ魔力とは異なる不可思議な力……人間界ではこれを霊力と呼称しているようですね」

「じゃあ、この剣には霊鋼石が?」

「もちろんです!! 今回ライシ様のためにこのハルファス、持てる技術を総動員させました!」

「わ、わかりましたからちょっと落ち着いて……」



 ハルファスを変わり者、とそう称する者は実は少なくはない。

 彼のよく知る者であっても、そうでなくても。普段のテンションの低さは陰湿さすら感じるのに、一度工房にこもり鉄を打てば人格ががらりと変わる。

 二重人格者のような振る舞いが、ハルファスを変人として成り立たせてしまっていた。


 ただし、鍛冶師としての腕前が優れている。

 だからこそライシはハルファスに依頼した。

 彼ならばきっと不可能を可能とする、とそう信じて微塵も疑わない。

 俺の選択は間違ってなんかなかった。霊鋼剣アルガスも、ライシの意向がすべて淀みなく、しっかりと組まれた一振である。



「対象は主に人型。長時間の戦闘に耐えれる耐久性と抜群の切れ味、この両方を保持するには霊鋼石は必要不可欠でした。刀身には酸化などに対して極めて強いミセル合金を主体に、粉末状にした霊鋼石を組み合わせております。鍔の部分にある紅玉はベリル石と呼ばれ、使用者の疲労の軽減に加えて重さの軽減を図っております」



 へー、とライシはその場で軽く剣を振るった。

 びゅんびゅん、と軽く振るっただけで奏でられる鋭い風切音にはライシもさぞ満足に笑みを作った。



「これはいい剣です! ありがとうございますハルファスさん!」

「いえいえ、こちらこそ。この城に招かれアスタロッテ様にお仕えしてからもう随分ち経ちますが、これといって満足のいく鍛冶を行えませんでした。だからわたくしは心よりライシ様には感謝しております。ライシ様がお望みであればこのハルファス、どのような武具もお作りしてみせましょう!」



 ――やる気があるのはいいことだし、腕前だって完璧だ。

 ――だけど、もう少しだけ静かにできないのかなぁこのヒト。

 ――いつか鼓膜が破れそうで不安なんだけど。


 きぃんとする耳鳴りにライシは顔をしかめた。

 恐らくは今後の愛剣として共にあってくれるであろう、霊鋼剣アルガスをライシは鞘へと納めた。カチンと鞘と鯉口が当たる小気味良い音を鳴らして、ふと口を切る。



「そう言えば、例のものの方はどうですか?」



 ライシがそう尋ねた瞬間、ハルファスが難色を示した。



「申し訳ありません、そちらの方についてはまだ……」

「そうですか……」



 ――やっぱり、こっちの世界にない技術とだけあって難しいかぁ。

 ――どうなってんだよ俺の前世の記憶。

 ――技術がバケモン並みだろ。


 ライシの前世は剣士であった。

 剣を武器として選んだのも、この前世が大きく関与している。

 まるで他人の記憶を植えられたようでめちゃくちゃ気持ち悪い。当初こそ前世の記憶について酷く嫌悪したライシだが、よくよく見やる内にその技術の高さに感服し強い関心を示した。


 中でも特にライシの興味を引いたのが剣である。

 葦太刀あしだち――前世の記憶でそう呼称される剣の特徴は刀身にあった。

 滑らかなカーブを描く片刃はさながら芸術品のように美しくありながら、折れず、曲がらず、鉄をも容易に両断する斬れ味を誇る。


 あんな剣がほしい、とライシはハルファスは依頼したのである。

 しかし、葦太刀あしだちは現存しない武具だ。前世の記憶をどうにかして最大限に生かし、後はハルファスの腕前を信じる他ない。進捗の方はなかなか難しいようだ。



「申し訳ありません、ですがこのハルファス! 必ずやライシ様ご考案の武器を作ってみせましょう!」

「引き続きよろしくお願いします、ハルファスさん」

「――、こんなところにいたのか」と、アモン。



 工房の熱気にはさしものアモンも堪えるのだろう、額を手の甲で汗を拭う彼にライシはハルファスに小さく頭を下げた。



「それじゃあハルファスさん、俺達はこれで。すいませんがよろしくお願いします」

「えぇ! お任せください!」

「ではいくぞ」



 熱気から解放されたことで、ライシの口からもほっと吐息がもれた。

 二人の足取りはそのまま、まっすぐと修練場へと向けられる。






 修練場は城内の中では二番目に広い規模を持つ。因みに一番大きいのは、悪魔達が利用する大食堂だ。

 60人以上を収容しても十分なスペースが確保できる空間に、ライシとアモンが向かい合う。

 利用する者がたった二人だけに広々とした空間は逆に物寂しさをライシに憶えさせる。

 完全貸し切り状態にするのは、ライシが人間であることを悟られないためのアモンの配慮だ。

 これより彼らが行う日課・・は最大の注意を払う必要がある。



「うぅ……またコレか」

「仕方ないだろう。これもここで生きていくための術であると思え小僧。というかいい加減になれろ」

「いやいやいや、慣れろって軽々しく言いますけどめちゃくちゃ難易度高いですからね? 普通の人間ならまず絶対にやろうとすら思いませんから」



 アモンが差し出すそれを、ライシは明らかに嫌そうに受け取った。

 小さな小瓶が一つ。中身は少し黒みを帯びた赤い液体がなみなみと満たしている。

 コルクの蓋がポンッ、と小気味良い音を鳴らせばたちまち濃厚な鉄の香りが鼻腔を突く。

 思わずむせ返るライシを、アモンはやれやれと溜息を吐いた。

 あえて語るまでもないが、ライシは人間なので悪魔の力の根源である魔力がない。

 悪魔の血を取り込むことで肉体改造を図る。それがアモンが提示した作戦だった。

 毎日少量ずつ、二人きりのこの時間にライシは欠かさず悪魔の血を体内に取り込む。

 むろん、赤の他人。ましてや悪魔の血を飲むことに抵抗がないはずがなく。

 飲んだ後はしばらく、げぇげぇとライシは顔を青ざめさせた。



「――、よし。それでは今から始めるぞ」

「……えぇ。今日もよろしくお願いします」



 ライシとアモンが距離とって再び見据えあう。

 修練場にいるのだから当然、二人の目的は修練以外にない。

 ライシは早速、霊鋼剣アルガスを鞘からすらりと抜いた。

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