シャワーを浴び終える。浴室を出ると、兄はベッドに寝転がりながら本を読んでいた。

 よく見ると、私が買った本だった。

 

 少し前に駅前の書店で購入し、一度も開くこと無く鞄に入ったままだったものだ。兄がシャワーを浴びている間に思い出し、やはり読まず机の上に置きっぱなしだった。

 差し支えることも無い。私は後ろから兄の背中を眺めていた。

 

 空気が冷たい。浅い息づかい。周りの部屋にもだれもいない。

 私は梯子を登り、兄の隣に寝転がった。ベッドの脇には小さな窓があった。私はそこから外を見る。

 私達の部屋は、六階。遠くの光が見えた。

 

 飛行機、船、道行く車とビルの電灯。点いては消えを繰り返す。

 私達も、その中の一つに過ぎない。

 

「続きは無いのか」

「無い。家に帰ってから貸すよ」


 この本の続編が出版されていることは知っていた。

 明日帰ったら、すぐ買いに行く。

 

「ありがとう」


 そう言って、兄は本を自分の鞄の中にしまう。それから数秒間を開けて、ばつの悪そうな顔で私に尋ねた。

 

「……これ、借りておいてもいいか?」

「借りる気満々じゃん。いいよ」

「ありがとう」


 その本は、未だ私の元に返ってきていない。

 

 

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