知識


 誰もいなかった駐車場には、やはり誰もいなかった。

 空になったボトルを捨てる。乾いた音。自販機の灯りが私の顔を照らした。

 

 私は助手席の扉を開けようとする。鍵が掛かっている。私を手招きする兄の左手に、鍵が握られていた。

 

「運転してみるか」

「私免許持ってないよ」

「誰も見てないさ」


 鍵を開ける。

 私は運転席に座った。

 

「乗らないの?」

「まだ死にたくないからな」


 私は何かを言おうとして、やめた。

 どのみち、私は車の運転ができない。

 

 右がアクセル。左がブレーキ。

 ゲームセンターで知ったことだ。

 見よう見まねでギアを操作し、アクセルを踏む。

 

 車は動かなかった。

 私のすぐ隣で、兄が口元を押さえていた。

 

「代わるよ」


 兄が運転席に座り、私は助手席に座る。

 

「行こうか」


 サイドブレーキを下ろす。

 ゆっくりと、車が動き始めた。


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