宵闇


 水族館の中をぐるりと一周し、外に出た。

 たぶん二時間ほどのことだったと思う。

 

 私が見て回っている間、兄は楽しそうにするでもなく退屈する風でもなく、私の後について回っていた。

 

「行こうか」


 そう言った兄の手には、既に車のキーが握られていた。

 

 水族館の中も駐車場も、来たときよりずいぶん人が少なくなった。

 私は助手席に乗り込む。エンジンがかかる。ゆっくりと車が動き出した。

 

 車通りは少ない。大通りに合流する。

 兄は音楽を聞かない。勝手にオーディオを操作すると、ラジオから軽快な音楽が流れ始めた。


「ねえ」

「なんだ」

「今日は、家に帰りたくないな」


 私は言った。意味は無かった。小学生が遊びに行った帰りに言う戯言と同じだ。

 

 けど、それは、兄にとっては違った。

 

「奇遇だな」


 兄はそう言って、ハンドルを大きく左に切った。後ろから来た車にクラクションを鳴らされる。そのまま左折。アクセルをが踏み込まれる。

 自宅とは、全くの逆方向だった。


「いいの?」


 兄は返事をしなかった。

 

 二人を乗せた車は、夜の街へと走り出す。

 兄が姿を消す、ちょうど一ヶ月前のことだった。

 

 

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