海月


 水族館に誘ったことに、意味は無い。

 意味のないまま終わる。

 

 前を歩く私。三歩ほど遅れて着いてくる兄。一つ後ろの水槽を見ている。


「これ、面白い?」


 兄は、私にそう聞いた。

 面白いよ、と答えようとして私は迷った。

 

 私は、勉強があまり得意な方ではなかった。

 中学の時、隣の席だったクラスメイトから言われたことがある。


『それは、知識欲が無いだけだよ』


 いけすかない奴だった。名前も覚えていない。

 だが、その時言われたことが、やけに耳に残った。

 

 知識欲。しばらくして私は、その単語を辞書で引いた。

 案外字面通りだなと思い、私は辞書を閉じた。

 

 水族館が面白いと思うのは、知識欲が満たされるからなのだろう。

 でも、空腹が満たされるわけでもない知識を、何故欲するのだろう。

 

 振り返ると、兄は水槽を真剣な目でじっと眺めていた。初めて見る表情だった。

 小説を書いている時と同じ表情。その姿を私に見せることは、きっともう無い。

 

「クラゲ、だんだん小さくなっていって、最後には消えるんだって」

「へえ」

 

 どこかで聞いたことがあった。

 クラゲは身体のほとんどが液体でできていて、最後には跡形も無く消える。

 誰にも迷惑をかけずに消える。

 

「クラゲって立派だね」

「そうだな」


 兄の表情が寂しそうに見えた。

 今から思えばそれは、私の勘違いではなかったのだと思う。

 


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