栗
新人賞に応募した。
兄から聞いたとき、私はほんの少し、いやかなり嬉しかった。
父も母もこのことは知らない。小馬鹿にされるに決まっていると、話そうとはしなかった。
もしも話していたとして、そんなことにはならなかったと私は思う。だが、私にとってそれは理解者であることの証拠でもあった。
それから暫くして、一次選考を通ったと聞いた。
すごい。兄のことを先生と呼ぶ日が来るかも知れない。
自分のことのように嬉しかった。兄は恥ずかしそうにしていた。
詳しくは知らないが、一次選考の内に八割以上の作品が落とされるそうだ。
もしかしたら、小説家を志す兄にとって、一次選考はさほど難しいものではなかったかも知れない。
それでも、本当にすごいことだと私は今でも思っている。
よく覚えている。
お祝いをしようと思い、家から歩いて十分ほどのところにある店でケーキを二つ買った。
兄が何を食べたいか分からなかったので、ショートケーキとモンブランを一つずつ買った。
どちらも、私の好物だ。
ケーキ屋の箱を持っつ私を見て、大袈裟だな、と兄は笑った。
兄は、ショートケーキを選んだ。
皿を使うと母にばれてしまうので、ティッシュペーパーを二枚重ねて皿の代わりにした。
兄は使い捨てフォークを袋から出すと、一番にイチゴを食べた。
「兄貴って、好物は一番最初に食べるんだね」
私はフォークの袋を破りながら、そう聞いた。
「季節外れのイチゴは特に美味しいからね」
「そうなの?」
「冬に食べるアイスが美味しいのと同じだよ」
そういうものか。いや、そうだろうか?
小説家の言葉に首を傾げるのは、不毛な行為だ。
モンブランの栗をフォークで突き刺し、口の中で転がす。
美味しかった。
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