誰かが言った。

 文学は毒薬だ。大衆に媚びた物語を書いて、何の意味があると言うのか。

 

 私は思う。

 小説が書けない。いや、書こうとしたことはある。たった三行ほどの文を書いただけで私の筆は折れてしまった。

 自分には才能が無いことに気付いた。

 

 小説を書く人がすごいと思った。

 

 ありもしない異世界を描き出す人気作家も。

 ギターに触れることもなくバンドの話を書く兄も。

 

 私には、同じように思えた。

 

 思ったことを伝えた。すると今度は少しだけ考える素振りをして、背中を向けて言った。


「実際に見たものしか書けないんじゃ、小説なんて完成しないよ」

 

 その通りだ。

 でも、私が伝えたいのはそうではなかった。

 

 私はただ、目の前に居る兄のことが、すごいと言いたかっただけなのだ。

 小説家でも詩人でもない私は、奥歯に支えた言葉を、もう一度飲み込んだ。

 

 それに気付いたのか、兄はまた笑いながら言った。

 

「異世界を見てきた人なんて、どこにもいないからな」

 

 

 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る