恋とは、どんなものかしら

@s_s_vr

わたしがさるのか、あなたがいくのか

皆さんは恋をご存知ですか。

こう問われれば、多くの人は失笑するかもしれません。

しかし、わたしには本当にわからないことだったのです。


あれは、高校2年の春だったでしょうか。

いい子であることを演じたい僕は、なんの考えもなしに生徒会なるものに入りました。

今思えば、そうすべきではなかったかもしれません。


彼女と出会ったのは、その時です。

特別に顔が良かったとか、そういうことはなかったと思います。

ただ、長い黒髪が美しく映える人でした。


会話をするきっかけは、彼女が「アンドロメダ病原体」とかいう本を読んでいたからでしょう。

SFとか、そういうものが好きだった僕は、同類を見つけたと無邪気に喜んで、話しかけていました。


人とはわからないもので、すこし気難しい印象をもっていた彼女も、話をすればそんなこともありませんでした。

宇宙や天体の話をすると、とたんに顔が輝く変な娘ではありましたが。

ただただ内気で、人見知りな、年相応な少女でした。


どこに惹かれたとかは、特になかったような気がします。

でも、印象に残っていることはあります。


彼女に、こんな話をしました。

なぜ彼女に話そうと思ったのかは、今でもわからないのですけれど。


父から、暴力をうけていたこと。

父が心から笑っている姿を、いままで見たことがないこと。

父が死ぬ前に、大好きだと伝えられなかったこと。


偉大な父でした。

たとえ、暴力を振るわれても。

心無い言葉をかけられたとしても。

だから、病床でただ天井を見る父に、好きだと一言言えなかったのか。


言い終わる頃には、僕は無様に鼻水を流しながら泣いていました。

そんな僕に、彼女は涙を流しながら、こう言ってくれた。

「お父さんは、今も天国から見守ってくれている。だから、今話してくれたこともきっと伝わっているよ」

僕は、地獄の間違いでは?と、皮肉を返すのが精一杯でした。


彼女はとにかく、優しかった。

だからこそ、人を不安にさせる。

不安にさせるだけなら、まだよかったのですが。


人間とは醜いものです。

自分とは違うものは、とことん排除しようとする。

醜いものは、美しいものを排除しようとする。

そのときの僕には、まだ理解の及ばなかったことですが。


彼女がいじめられていることに気付いたのは、話をするようになってからしばらくしてからのことです。

女子数人に囲まれて、蔑みの言葉を浴びせられているのを見ました。

止めに入ろうとした僕と、目が合いました。

大丈夫だから、気にしないで。

そう、訴えかける目でした。


あの日のことを、今でも後悔しています。

もし、あそこで愚かな行為を止めていれば。

そうすれば、こんな結末にならなかったのではないか。

覆水盆に返らず、後悔先に立たず。

あとから考えれば、いくらでもやりようがあった気がします。


彼女と話をしました。

いじめられていること、先生に話すべきだと。

彼女は「そんな大したことないよ」と言うだけで、何をするでもないと言いました。

繕った笑顔でした。まるで父が生前にしたような。

その笑顔を見るのが辛くて、私もそれ以上に話を続けることはしませんでした。


彼女が自ら命を断ったのは、それからすぐのことです。

なにがなんだか、わかりませんでした。

ただ目の前が暗くなって、鼓動が速くなって。

息をするのが苦しくて、もうやめてしまいたいと思いました。


お葬式には行けませんでした。

彼女がいなくなってしまったことを受け入れることが怖かったのです。

そして、学校にも行けなくなった。

彼女がいない現実を受け入れることが辛かったし、そんなとこに行く価値もないと思いました。


それでも母子家庭とは辛いもので、いつまでも部屋に籠もっているわけにはいきません。

働かざる者食うべからず、でしょうか。

せめて自分の食い扶持だけでもと思い、アルバイトを始めることにしました。

彼女の母親が職場を訪れたのは、働き始めてすぐのことです。


娘と仲良くしてくれてありがとうございました。

その一言を聞いたわたしは、彼女がもうこの世にいないことを痛感して。

泣き崩れました。手にも足にも、力がはいりませんでした。


子供のように泣き喚くわたしに、彼女の母親は手紙を差し出しました。

「あなたに渡すようにと、娘から託されたものです」


手紙を読む勇気は、わたしには今の今までありませんでした。

それでも、決別はいつかつけなくてはいけなくて。

残念ながらアンドロメダ病原体ではありませんでしたが、とある血液の病気に罹ってしまい、やっと自分を奮い立たせることができました。


そこには、こう記されていました。


「ユキちゃんへ

こんな形でサヨナラすることになって、ごめんなさい。

ユキちゃんとは、もっとお話していたかった。


それでも、この結末を選んでしまったこと、許してね。

ユキちゃんが、私に好意をもっていてくれたこと、気付いてた。

それでも、真正面から応えないままにお別れするのは、本当に後悔しかありません。

だから、こうして手紙にして残します。


わたしも、ユキちゃんのこと、好きでした。


ユキちゃんのことだから、自分に責任を感じてしまうのではないかと心配しています。

そうじゃないこと、ちゃんと分かってね。


ガリレオ・ガリレイのお話をしたこと、覚えていますか?

昔はバカにされていたことでも、今では常識になる。

だから、ユキちゃんには胸を張って生きていてほしい。

いつか、当たり前だと認められる、そんな日が来ると思うから。


これで私の勘違いだったら、本当に恥ずかしいけど。

それでも伝えなきゃって思った。


ありがとう。

ハルより。


--追伸

わたしのこと、わすれないで」


自然と、目から涙が溢れました。

もっと早くに読むべきだった。


病床で涙を流すわたしを、夫はやさしく抱きしめてくれました。

恋とは、どんなものかしら。

わたしには、未だにわかりません。

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