第5話 メンバーはアイドルマスター!? (2/3)

 現在時刻は7時を回った頃。そろそろ部活動の学生たちが登校し始める時、屋敷の周りの散策も兼ねてのランニングは30分弱という時間で終わった。

 ラキの登下校は自転車で1時間程かかる道のりを毎日通っていたので体力自体はそこまで落ちていない自信があった。実際、久しぶりのランニングでは少々ペースが乱れただけで、体力的な問題はなかった。だが、別の問題が発生した。まぁ、悪い問題ではないのだが。


「ふぅ、アヤちゃんって結構体力あるんだね。結構意外かも」


 屋敷に戻り、脱衣所でタオルを入手し、それをアヤに渡しながらそう話す。

 初見の印象がアイドル好きの変態だった為、そんな反応になるのも仕方がない事だろう。


 それを自覚しているのかアヤは少し照れながら答える。


「まぁ、盗撮・・・シャッターチャンスを逃すまいと這いずり回ったので、昔取った杵柄と言いますか・・・」


「んー、どう解釈しても良いものじゃないよねそれ」


 もしかしてやってる? と、カメラのジェスチャーに戦々恐々しているとその心情を読み取ったアヤが笑いながら話す。


「ラキちゃんの言いたい事は分かるよ、犯罪行為はしてないか、でしょ? そこは安心して欲しい、あたし一途な女なのでラキちゃん以外のアイドル写真は全て消去してるので。見ます? あたしのフォルダ。2年前のラキちゃんだけど、全部が全部お気に入りの一枚なんですよ」


「い、いや大丈夫。うん、大丈夫大丈夫」


 どこに安心する要素があったのか、甚だ疑問でしかないが無理矢理見せられたスマホの画面には彼女の言う通りラキの写真しか残っていなかった。

 盗撮的な写真は一枚もないのでモラル的なものは守っているっぽいのだが・・・モラル以前に常識が欠けているような気がしないでもないラキであった。





 ランニング後のシャワーも終わり、浴室が大浴場な事にテンションが上がった二人はそのまま、ハイテンションで朝食を取ろうとキッチンに向かう。既にこの二人の頭の中にマネージャーの存在は無かった。


 冷凍庫を開け、昨日のうちに中に入れておいた食パンを取り出す。冷凍させる事で日持ちがするのと、もちもち食感が失われないらしいが市販の食パンにそこまでのレベルを求めていないので二人は各々適当にトースターにぶち込み、マーガリンやジャムを塗りたくる。

 カロリーなんて、糖質なんて、そんなのはお構い無しにとふんだんに塗りたくった姿は若さゆえのものだろう。

 ほぼ後光がさしていた。


 キッチンから大広間までは一本道なので、大広間で食べよう、と話し移動する。

 真ん中にテーブル、その三角を囲む様にしてソファが置かれている。そこを使わずに椅子のあるテーブルに向かった。

 対面で座り「いただきます」と声をかけ食パンをひと齧り。


「うん、パンだね」


「パンですねー」


 パンである。


 ラキが1枚、アヤが2枚と用意していた食パンを食べ終わり、食後のティータイムと洒落込んでいると、ふと気になる事を思い出した。ラキがその事について質問する。


「えっと、今更感が凄いんだけど、アヤちゃんはどうしてここに? アイドル、目指してるんだよね。良かったらだけど理由が知りたくて・・・」


 自身の経緯を思い出し、本当に嫌だったらこの話は無かった事にしようと考えて捻り出したその文章に、意外にも素っ気無い反応で話し始めた。


「理由・・・? んー、元々アイドルが好きだったんだけど、その中でも特出して好きだったのがラキちゃんだったの」


「うん。光栄、だね」


「で、15歳の時にいきなりラキちゃんが引退して、その時はすごく驚いちゃって。うん。驚いたし、生き甲斐だったものが過去になっちゃって凄く焦っちゃったってのもある。他のアイドルで埋め合わせできないか、色々と模索したけどやっぱりラキちゃんの代わりになる子なんていなくて・・・」


 聞いてて顔が赤くなるのを自覚するラキ。

 好きだ、可愛い、愛らしいとかの文言は聞き慣れている筈なのにこうやって対面で、そしてさっきまで他人だった人物から言われると何とも言い難い気恥ずかしさを感じてしまう。


 アイドルとして本腰を上げて活動し始めたのが14歳の時だったのだが、その時はただがむしゃらに習った事を教わった事を必死にこなしてきただけだったので、真剣だった? と問われれば真剣だった、と言えるけど、それを自慢できる? と問われれば少し返答に困るものだった。

 今までやってきた事は本当に正しかったのか、求められる『ラキ』とはを色々と考えて、受け止めきれなくて今になったラキなのだ。

 こんな形であるが肯定してくれる人が居て気恥ずかしく、嬉しい、そんな感情が入り混じっていた。


「居ないなら自分がなっちゃおう! って考えて芸能活動を推奨している高校に進学して、で校内での成績が凄く良くて、多分それでスカウトされたんだと思う。いきなりマネージャーに『アイドルにならないか? 君が大好きなラキちゃんが待ってるぞ』って言われて・・・最初は何をバカな、って思ってたんだけどその人の熱意が凄くて、でここに来た」


「そうなんだ・・・何か、嬉しいような、恥ずかしいような・・・でも、ありがとう。話してくれて」


「そんな改まって言われても・・・別に説明するのが嫌な訳じゃないので・・・むしろ、ラキちゃんと一緒にアイドルやれるって事実が一番感謝ですよ! 感謝も感謝で、嬉しさが裏返りそうな勢いで・・・」


「私もアヤちゃんと一緒にアイドルやれる、って考えただけで感謝だよ。で、でもそこまでテンションを上げられるとどうしたら・・・」


 椅子から立ち上がり、手を合わせて天に感謝しているアヤを見て、どんな反応をすれば良いのかちょっと悩むラキ。その言葉にアヤは


「冷めたような視線を向けてもらいたいです! むしろ冷め切った表情で罵られるのがファン冥利に尽きると言うか・・・生を実感すると言うか・・・」


 と、目をキラキラと輝かせながら話すアヤを見て微笑むラキ。

 あ、何だマネージャーと同じような反応で良いのね、と若干軽蔑の眼差しで見る。変態は悪である。が、悪は正義の裏に必ずあるものである。つまりは私たちは表裏一体!? そんな副音声が流れる両者の間であるが、アヤのノアの方舟登場理由を聞き、自分は何も言わないのは変だよなぁ、と考え一連の流れを話す。


 生まれてから15歳まで芸能活動を続け、アイドルとして本格的に活動する事になった14歳で世間の目というものを初めて意識したが故に挫折した。ってのをちょっと詳しく話す。

 一つの事を話すとその事についてアヤが「それって〇〇の時だよね?」と言ってくるので妙に話が深くなったのだ。


 30分程長く時間を使い、説明し終わった頃にはアヤの目は殺意の波動に満ち溢れていた。


「今すぐ誹謗中傷をした人を訴訟しましょう! いや、それだけじゃラキちゃんの心が晴れないので磔の刑にしよ! そしてそれに一緒に石を投げつけよ!!」


 と、本気でそれを実行しようとしているアヤに抱きついて行動を制限する。おそらく、多分、確実に手を離したら屋敷を飛び出して探し尽くして話した事を限りなく再現するだろう。シュガーポワンのメンバーと出会って1時間ちょっとでお別れとか悲しすぎる事案である。シュガーポワンの初ニュースが逮捕とか全然アイドルしてない話だ。


「待って、待って! 確かに、色々言われて辞めちゃったけど今度は逃げないって決めたからさ! 誹謗中傷されないくらい頑張って、沢山頑張って、色々な事に挑戦したいって考えてるからさ!! だからシュガーポワン初の犯罪者を輩出しないで・・・」


「・・・まぁ、ラキちゃんが言うなら」


 落ち着きを取り戻したアヤは椅子に座り紅茶を一口飲む。うん、美味しい。と、ラキの入れてくれた紅茶の美味しさに感動で打ちひしがれる。こんな至高の聖水を置いて、ラキちゃんを傷付けた輩を討伐しようとしていた自分の不甲斐なさに涙が出てしまう。ありがとう、紅茶を入れてくれて。ありがとう、あたしの為にマグカップを選んでくれて。ありがとう、今まで生きてくれて。


 感謝を味わいながら最後の一口を飲み切る。ティーポットが空になった事を確認すると、完全に引いた表情をしているラキと目を合わせる。


「アイドルはどこまで行っても偶像だと思うの」


「うん、いきなりどうしたの?」


 まだ残っている紅茶を飲む。ラキは甘党なのだ。ティーカップの底には溶けきれなかった砂糖が固まっている。それを見たラキはちょっと恥ずかしく思う。バレないようにアヤから少し離してティーカップを置く。

 アヤの勢いはそのままに


「偶像とは可視的対象物を信仰対象として崇拝、礼拝する事である。つまるところ、あたし達が恋焦がれるアイドルは偶像たる資格を持ち合わせ、点と点がつながるようにアイドルは神だという方程式が成り立つ!! 恋焦がれ、憧れはち切れる、止めどない思いが激流する存在たるアイドルはあたし達の永遠の憧れ! 永遠のゴット! だからラキちゃんはラキちゃんで、神としてエゴイズムで、利己主義を大事にして欲しい!! そんな訳でこの国家に三栗ラキ宗教をおっ立てたいのですが許可を・・・」


「却下」


 そんなラキの言葉を無視し、両腕をあげる。


「ラキちゃん神! ラキちゃんマジゴット!」


「・・・全国ネットでそれ言わないでよね」


 狂気すぎるのだ。第2の旧支配者が同じ屋敷内に存在する件について。

 恐ろしや〜、と怖がりながら優雅な朝を満喫する両者。まぁ、今はそんな事よりアイドルだよね、と結論付ける。

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