第4話 メンバーはアイドルマスター!? (1/3)
三栗ラキの朝は早い。
目覚ましを5時30分、5時45分、6時にセットしている。何度かに分けないと脳みそが完全に覚醒しないのだ。脳内スロースタートである。レジギガスと言っても過言だろう。流石に可愛さのパラメーターが段違いでラキに軍配が上がってしまうが、その面は大陸を動かしたって神話でトントンにしてもらおう。
伝説は伝説ゆえに心広いって相場が決まっているのだ。それがゲームのキャラクターでも当てはまるかは甚だ疑問であるが。
そんなことは梅雨知らず、3度目のアラームを軽快に鳴らす目覚まし時計をそこそこの威力で叩き、泣き止ませる。ラキの家から持ってきた目覚まし時計ではないので耐久度に疑心感を持っていたが、叩き心地で確証する。これは丈夫なやつだと、そう簡単に壊れる代物じゃないと。
「人を怪力みたいに言わないで・・・」
半覚醒の脳みそでそう呟きながら掛け布団を押し除け、ゾンビのようにふらふら歩いでカーテンを捲る。良い天気である。
「ふわぁ。アイドル、目指すんだよね。私」
昨日のドタバタ劇が嘘だったかように思えてしまう、ほのぼのとした朝の風景であるが、現在三栗ラキはニートである。学生、と体の良い肩書きがなくなったことで17歳にして職を求める事になったのだ。働き先については『アイドル』と、明確な考えはあるが、それはなろうと考えただけでなれるような代物ではない。幼稚園生が夢を語った時のような、ふわふわした二日酔いの父かのような夢うつつな文言である。
それを現実にするためラキはノアの方舟にいるし、その為の努力を朝の日課に取り入れようと早起きしたのだ。
「相変わらず屋敷のネーミングセンスに絶妙なダサさを感じるけど・・・まぁ、家主はマネージャーだもんね。しょうがない」
他所の家が飼っているペットの名前が変でも、それに対してわざわざ口は挟まないのと同じである。状況が若干異なるが。
肩に掛からないくらいの髪を一つ結びに
昨日、買い出しに出かけた時に洋服類は纏めて買って貰ったのだ。有無を言わせない買い物っぷりに驚いたラキであったが、後に出世払いだという事になっていたのを知り、変なギアの掛け方でやる気をさらに引き出す羽目になった。
よく分からないブランドのキャップを被り、スニーカーを履く。帽子も靴も新品のピンで、例えるなら赤ちゃんのような品々を身に纏って魔王城のような扉に手を掛ける。前日にそこそこ油を引いたので、開ける時の反動で尻餅をつく事はなかった。
「・・・へ?」
「え、え? ・・・三栗ラキ?」
水色の髪をオールバックで纏めた綺麗系の美人さんが扉の前に立っていた。そして名前を呼ばれた。
三栗ラキは考えた。この彼女は私の知り合いだろうか? と。こちらとしては記憶になくとも、向こうはこちらの名前を知っているのだ。であれば昔の知り合いかもしれない。と思考を巡らせていると、それは意味がない事を伝えられる。
「・・・え、うそ? 本当に三栗ラキじゃん!? ・・・身長、顔、体格は2年前と少し変わっているけど全体的な雰囲気は同じだし、身に纏っている服のセンスは彼女そのもの。そしてマネージャーさんの言葉が本当だと信じるなら、あたしの目の前にいるこの美人さんは突如姿を消したアイドルの卵ぉ・・・」
と、そこまで口早に言った彼女はふらっと崩れる。
危ない、と考えたラキはその言葉を呑み込む前に体を支えるために一歩前に出る。肩を掴んで身を引き寄せる。瞬間、彼女の表情が覚醒した。
「・・・シャンプーはreisole、リンスは同名社。ボディーソープはSophie。服の材質的にそこまでの有名ブランドではない事を確認、恐らく無印の商品。キャップは・・・キャップは何だろうか、パッと見は有名ブランドだけど綴りが違う・・・パチモン?」
一瞬でそこまで語った彼女をラキは凝視し、手を離す。
「うぎゃ!」
そして扉をゆっくりと閉める。
「ちょ、ごめん! ごめんなさい! あたし、アイドルが好きなんだけど、その中でもラキちゃんが抜きん出て大好きで! 本当にごめんなさい、気が舞いあがっちゃって!! だから開けて、開けてもっと嗅が・・・あ、じゃなくて、触らせ・・・でもなくて、その、あの官能的にボディータッチしてもいいかなぁ!? 大丈夫、痛くはしないから!!」
変態との会合であった。
・・・・・・
「えっと遠宮アヤちゃん、アヤちゃんって呼んでも良いかな・・・?」
「は、ハイ!! それは願っても叶ったりで・・・」
そこまで言い終わり数秒のフリーズが入る。最近の人類にはロードを挟まないといけなくなったのか、と思わざるおえない固まり具合である。そんな訳はないが。
どうやら高揚した自分を押さえるためだったようで
「いえ、すみません。冷静になりました」
と、今までにないほどの神妙な表情を見せた。
「うん、冷静になるのは良い事だけどちょっと遅すぎたね。出会いから冷静になっていればここまで拗れた感じにならなかったと思うんだけど・・・」
「誰しもが同じ反応をすると思うよ? だって三栗ラキだよ? 超有名アイドルじゃん。むしろ反応しない奴が居たなら助走を付けて国家権力に泣きつく勢いだわ」
「・・・国家権力万能すぎない? あと、誰しもが同じ反応はしないと思うよ・・・? 流石に自分が異端だって事を自覚した方がいいと思うの」
「えへへ、『特別』ですかぁ? ウヘヘ」
「どんな思考回路でそんな変換になるのか甚だ疑問でしかないよ・・・」
そんな訳で薄くないお茶を二人でゆっくり啜りながら玄関入っての大広間で話し合う。
話す中で彼女は厄介なファンではなく、マネージャーの言うシューガーポワンのメンバーらしい事がわかった。まぁ、確かにこんなアップテンポなアイドル好きがホイホイ歩いていたら世も末だよねって話である。モヒカン肩パッドな世紀末が可愛く思えてしまう。精神的に世紀末だ。
そして、どうやらスカウトのタイミングはラキの数日前だったらしく、短期間でスカウティングしている事が確認できる。そんなホイホイメンバーを入れて大丈夫なのかしら、と思う反面、そんなホイホイメンバーが見つかるのね、と日本の広さを実感する。いや、アイドルとしての才能は見ていないので分からないのだが、初対面でのあの的確な分析能力は才能がある、とそう考えて良いものだろう。
それが世間的にいいのか悪いのかは意見が分かれると思うが。
時計を見て6時ちょい過ぎだと分かる。
折角のメンバーであるので、ここで親睦を深めるって意味で会話を弾ませるってのも良い考えなのだが、楽しく話しても鍛えられるのは話術のみである。目指す取得パラメーターは運動能力であるのだ。喋って肉体的なスタミナが付くのだとしたら落語家や政治家などは皆が皆、マラソンの選手だろう。
断りを入れる。
「ごめんね、もっと話したいんだけど朝のランニングしないといけないから」
レスポンスは1秒掛からずに。
「なら、あたしも一緒にランニングしますよ。親睦をもっと深めたいですしね。現状では、あたしが一方的にラキちゃんの事を知っているだけなので」
「ま、まぁ良いけど・・・今から大丈夫? ここまで大荷物で来たみたいだけど」
そう、最初のこんにちはではインパクトがデカ過ぎて目がそこに向いていなかったが、今冷静になって良く思い出してみるとそこそこの、一週間くらいの旅行を想定しているような荷物量だったのだ。近くにマネージャーの車が無かったのを考えるに、ここまで歩いてきたってのが正解だろう。
それを含めての発言だったのだが、
「体力には自信があるので大丈夫よ!」
彼女はそう言ってカメラのシャッターをきるジェスチャーを見せる。
・・・ん? 体力でそのジェスチャー? と疑問に思うラキであったが深く考える時間は無く、そのまま流れていった。地崩れである。だからあれ程地盤を固めろと・・・。
ラキからの反応を待たずに持ってきて、そばに置いていたキャリーバッグを漁り、ラキと同じような衣類を取り出しその場で着替え始める。
「(豪快な人だなぁ)」
と思いながら残ったお茶を飲み干すラキ。
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