第3話 目覚めはハートサングラスと共に (3/3)
前回のあらすじ(数十分前)
私、
自分の本心を隠して生きてきた高校生活、でも新2年生の朝、門出で出待ちしていたのは私の元マネージャー!? しかも、アイドルをやらないかって!!??
やめて、私はアイドルは辞めたの!! 2度とアイドルなんかにならないわ!!
でも、話を聞いていくうちにマネージャーが本気だってことが伝わって、私も私の本心に気がついて・・・よし、心機一転心を入れ替えてアイドル活動始めないと!!
「で、オンボロの軽に乗せられて来たのがこのボロ屋敷? ・・・あ、もしもし警察ですか? 私誘拐されちゃって」
「う、嘘でもやめようねその冗談、本当に。俺ちゃん心拍数が爆上がりしちゃってるから・・・でも、見た目が重要なのは人間関係だけ!! この屋敷は俺が大枚叩いて買った新アイドル養成、名付けてノアの方舟だぜっ」
「アイドルから新たな祖にクラスチェンジしちゃってるじゃん・・・まぁ、確かに見た目はそこまで重要ないけどさぁ」
近づき、魔王城かのような扉に手を掛ける。
引いてみるがびくともせず、押してみるが動く気配がない。片方の扉に足裏を付け、全体重で引っ張ってみる。数秒の拮抗の後、呆気なくスッポリと扉が開いて数段の階段を転げ落ちる。
「ちょ、アイドルは体が資本なんだから命大事にしないと!!」
痛タタタ・・・と、立ち上がる。
「大事にさせたいなら設備の安全管理はしっかりとしないと」
「いや、それは居住者である君が頑張る事で、俺は関係ないし?」
「ひ、酷い・・・」
兎にも角にも中に入ろう、と服に着いた砂埃を叩いて落とす。入ってから綺麗にした意味はないと悟る。
「は、廃墟だ・・・」
「スゥ・・・アイドル活動の前に大掃除始めようか。さぁ、しのごの言わずにお掃除しますわよ〜」
そう言ってどこから取り出したのか、三角巾とエプロンを装着したマネージャーが先鋒として入っていった。
「勇者だなぁ」
と、魔王の討伐に向かった勇者を待つ姫のような心持ちで待っていると、奥まで行ったマネージャーがズンズンと戻ってきた。腕を掴まれる。その表情は鬼の形相だ。多分。
「これも、あれも、それも、全部アイドル活動なんだから、ほら掃除道具。さっさと取り掛かってさっさと取り戻すわよ!」
真剣そのもののマネージャーの顔に気圧されるが、数十分前の発言を思い出す。
「アイドルには喜と楽しか与えないんじゃなかったの・・・?」
「はい、あまーい。考え方がキャラメルフラペチーノよりも甘い!! 脳みそが砂糖菓子で出来てるんじゃいのかってくらい甘い!! それはそれ、これはこれ。今は目の前の事に集中しないと!」
そう言ってプンプンしながら奥に進むマネージャー。持たされた箒を見つめ、
「あー、マネージャーってこんな人だったっけ。もしかして私間違えた?」
何て思いながら取り敢えずは部屋の換気をしないと、と考えて閉まった窓を全開にする。心持ちは鎖国していた日本に訪れたペリーである。
三栗ラキ、アイドル屋敷ノアの方舟に入居!! 歴史ではペリー来航と同じ感じに語り継がれるだろう。
「これはそっちに移動させて」
「え、これ結構重くないですか・・・?」
「マガママ! 御伽噺のお姫様だって最初は苦労から始まるのよ!!??」
「アイドル志望なんですけど」
「アイドルもお姫様も種族的には同じものよ」
「あー、元も子もない」
埃の溜まったカーテン、絨毯、ソファーを叩き、洗濯し、日光浴させる。沈んだような赤で統一されており、どこかの貴族が使っていたと言っても遜色のない豪華さである。
「洋服類は・・・あらら、虫食いでヴィンテージものになってらぁ。・・・見様によっては衣装として」
「無いです。処分で」
「あー! 血も涙もない残虐姫!!」
「断捨離は心の整理整頓も兼ねてますから」
「そ、そう言われたら俺が清く正しくない不純な心を持ってるって言ってるみたいじゃないかぁ」
「実際そうなんじゃ無いですか?」
「え、えーい、断捨離祭りじゃーー!!」
クローゼットに仕舞われていたヴィンテージ物の衣類を全て段ボールに纏め、6箱を超えた。十数着はまだ着れる物も残っていたので、それ以外は全て処分ということで取り敢えずは倉庫に押し込む。
「水道は・・・あー、こりゃどっか緩んでるな。ちょっと待ってろよ・・・うし、これでなんとか」
「おー、凄いじゃないですかマネージャー。初めて人として見れそうです」
「おっと、俺に恋しちゃ火傷じゃ済まされないぜ?」
「・・・ここってペット可ですか?」
「んー? どこで選択肢間違ったんだろうかー?」
「強いて言うなら・・・生まれた瞬間から、ですかね」
「全否定!!??」
全力で叫ぶマネージャーの姿に昔を思い出し懐かしい気持ちになる。懐かしくはあるが、懐かしい止まりである。才能がって、マネジメント能力があるのは認めているラキだが、それであってもこの性格を容認できる程できた女じゃないのだ。この男の母でも彼女でもないから。
各部屋の清掃が終わった事で一息つくことに。
「まぁいっか。ガスは明日から使えるから今日は銭湯で我慢してくれ。その次いでに飯と服買いに行くからどう言うのが良いのか考えておけよ?」
「あ、すみません。ありがとうございます」
作業時間6時間ほど。
屋敷の広さは相当のものだったが、汚れが酷かったのは玄関から入っての大広間だけで、その他は空気の入れ替えだけで済んだので意外にも掃除が早く終わった。肉体的な疲労はそこそこだが、それ以上に精神的な疲労の蓄積がやばいのだ。
冷静になればなる程考えてしまう、このマネージャーと共にアイドルを目指すのか、と。大変という簡単な文字列では完璧に言い表せない大変さをこの一瞬であるが再確認してしまったのだ。この精神にくる感じは殆どクトゥルフと言っても過言では無いだろう。
マネージャーは旧支配者とかそんな次元だったのか・・・。
後には引けないこの状況がラキをアイドルとして導こうとしていた。幸か不幸か。当の本人にしてみれば不幸だろう。
大広間に置かれた大きなソファーで小休憩を取っているとマネージャーがペットボトルを渡してきた。
「ありがとござ・・・」
「出世払いだ」
「妖怪小銭回収男」
「はっ! 小銭に笑う者は小銭で笑う事になるぞ!!」
じゃあ別に良いじゃ無いですか、とそんな事は口にせず、代わりにお礼を口に出す。久しぶりに見たなこのお茶、と懐かしい気持ちになりながら一気に半分程飲む。足をぷらぷらさせ、未だお日様が爛々と輝く空を見る。ファーストコネクトではあんなに汚れていたのに、今はこんなに綺麗になって・・・と、結婚式に立ち会う母親のような心持ちになるラキ。
そして若干の高校中退の事実に戦々恐々する。怖すぎる。怖すぎて一生コンビニで履歴書の紙は見れないだろう。
アイドル活動に専念する為に高校中退って話が出た時は何を大袈裟なぁ、と思ったラキであるが、それを告げるマネージャーの表情が真剣そのものだったのだ。最近は学校に通いながら芸能活動する子も増えて来ているんだけどなぁ、と思っていた自分を改める。そうだ、本気になるのだ。甘い考えは捨てないと、と覚悟を決めたのだけど。
「でも今、私無職だしなぁ」
「お? なら俺も無職だから仲間だな」
思わず溢した言葉に追従するマネージャーの言葉。
右耳の鼓膜を振動させ、情報の信号が脳を駆け回る。吸い出し、吸い取り、読み取り、理解し、左耳に抜けた頃には焦る気持ちが高まっていた。
その心は別のソファーに体を埋めていたマネージャーにぶつける事になった。胸ぐらを掴み、顔を近づける。
「む、無職!!?? お、お金無し!? 活動資金、いや生活費を急いで稼がないと・・・!!」
と、そんな慌てるラキを宥めるように優しい声色で語りかける。
「どぉどぉ。ステイステイ。焦るだけが人生じゃないぜ? 数ヶ月の生活費はある。しっかりと考えて、計画を練って行動しないと、ただ闇雲にやってちゃあ持っている才能も活かしきれないってもんだ。それに活動資金はそこまで掛からないで知名度を出せる事も出来るからな、情報社会万歳だな」
「それってつまりどう言う事ですか?」
「家宝は寝て待って事だな。よし、少し早いが買い出しに行くぞ! 目的地はジャスコ! アップデートされずに、画質が終わったマリカやるのが楽しいんだよなぁこれが」
「じゃすこ・・・?」
「え・・・ジェネギャ?」
まぁ、聞き方によってはジャスコも、じゃがバタも、タバスコも同じようなもんである。語感だけだが。
そこそこ前に名前が変わったってのは今の子は知らないのね・・・と、自分がどんどんと歳を取っていっているのを実感したマネージャーは、歯痒さと切なさと時代の流れの無情さに心涙流しながら軽に乗り込む。ラキを後部座席に押し込む。
「いざ、ジャスコヘ出発進行ー!」
時刻は20時を回り、夜も深まって来た頃。
既に夕食を済ませ、濡れた髪も完全に乾いたラキは無理言って買って貰ったテレビを凝視していた。そんな所、マネージャーの来訪である。
「部屋割りは別だけど、同じ屋敷だぞ」
「へ?」
「いやなんでも。ゆっくりしてるとこ悪いけど、少し付き合えるか? どこまで動くのか見ておきたいんだ」
「あー、そう言う事ですか。・・・風呂終わりにやります?」
「なーに、汗をかいてしまうようなそんな激しい運動はさせないぞ。ほんの先っちょ、先ーっちょ、先々の先ーちょ、のほんの触りしか見ないから、さ」
「別に嫌じゃ無いですけど、言い方がクドイですね。背脂系のラーメンみたいですよ。・・・はっ!?」
「ふっふっふ・・・そうだ、そうなんだよ。人は順応する生き物だからね、その例え俺は面白いと思うぜ? 全国ネットで黒歴史になるかもしれないけどな」
「ひ、ヒィイイイひいい」
「そ、そこまで嫌がらなくても・・・」
場所を移動し、屋敷別館。コンクリートで舗装された道が繋がっているのはプレハブ小屋である。
失礼しまーす、と借りて来た猫のように入室するラキをおもしろそうに笑いながら若干低い天井に頭をぶつけ、入室するマネージャー。禿げるぞ、禿げかねるぞ・・・と、ぶつぶつ文句を口にしながら扉を閉める。近くに家はないとは言え、開きっぱなしでどんちゃん騒ぎは少々気が引けるらしい。
「そうだな・・・まあ、適当に最後のシングルでいっか。じゃあ、流すぞー」
「はい、よろしくお願いします!」
持ってきたカセットプレイヤーにCDをセットし、再生させる。ズンズン、と重低音が部屋に響く。数秒の待機が終わり踊りが入る。
「ハイ、ワンツーワンツー3、4跨いで9、10。ここで〜〜はいッ! ターンして素晴らしき今世紀一番の笑顔ッッ!」
ニコッ、と一面に貼られた鏡に向かって笑顔を見せ数秒停止。過去の記憶を呼び起こす。ロード中である。
「えっと、その振り付けは確か無かったと思うんですけど・・・動きを確認するんじゃなかったんですか?」
今一度確認するが彼のファーストコンタクトは不審者であったのだ。だが、そこで通報せずにいたのは彼が天才マネージャーだったからである。何の考えを持っているかはラキには到底理解できないが、彼なりに相当な考えがあるのだろう。そう考えた問いだったのだが・・・。
「いや? 特に意味はないが・・・まぁ、強いているなら『シュガーポワン』の新たな門出の瞬間を目に焼き付けているってとこ、カナ・・・?」
「まさかの私利私欲!!?? って、シュガーポワンって・・・私はSTaBで始めるんじゃ」
「名義同じは権利的に無理だからね〜。ま、あのアイドルが表舞台に!? って感じで一から始めようよ。そんな訳で明日はシュガーポワンのメンバー迎えに行くから、早めに寝ろよ。・・・よ、夜更かしは肌に良くないからね!? べ、別に貴方の為に言ってるんじゃないんだからねっ! 勘違いしないでよね!」
プレイヤーをポッチとな、と音楽を止め部屋を後にするマネージャー。残されたラキは呆然と立ち尽くす。
「め、メンバーって・・・」
お祭り騒ぎはまだ続きそうなのであった。
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