第2話 目覚めはハートサングラスと共に (2/3)

「どうぞ粗茶ですが」


「ああ、別に構わないよ。・・・うっす!?」


 一口飲んだ湯飲みの中を見て、天然水かのような透明感を放っているお茶に驚く。今時のJKもこれ位の純粋さを持っていたら楽なんだけど、と愚痴をこぼしそうになる男。恐らく口に出したらテーブルまで運んだお盆で顔面をぶっ叩かれるだろう。

 確証はないが自信はあった。


 そんな男の言葉に申し訳なさそうな表情を浮かべるラキ。


「あ、ごめんなさい、自分で薄めた事なくて・・・」


「そんなカルピスみたいなノリでお茶は薄めないと思うが・・・」


 ま、まあ、誰にだって得意不得意はあるからな、とそう言いながらゆっくりと啜る。さて、本題だと飲み干した湯呑みをテーブルに置き、ラキを見る。部屋に上がらせたのだ、話位は聞いてくれる気になったのだろう。思ったのだが・・・


「じゃあ、私学校行くので留守番お願いします。お腹が減ったら冷凍食品のストックがあるので勝手にチンしてもらって構わないので。行ってきま・・・」


「ちょ、待て待て待て」


 さて腰を落ち着かせて話をしようかと思った後に家を出ようとする彼女を引き止める。

 不審者が知り合いだって事になり、じゃあ学生の本分である学業に専念しますかと家を出ようとした所。


 両者が両者の意見で割れる。これが関ヶ原の戦いかとそう思ってしまうような熱い視線が玄関とリビングからぶつかる。場所が場所でなく、いまが今じゃなく、知人ではなかったら恋愛ラブストーリーの一話目と言っても過言だが、元マネージャーに引き止められ渋々リビングに戻る。


「何ですか、お茶は濃くできませんよ?」


「そうじゃなくてだな・・・」


 まずは座りたまえとマネージャーは対面の椅子に招待する。渋々と言った表情で彼女は座った。


「で、一体何のようですか? 私との関係は2年前に終わりましたよね? アイドルはやめたし、アイドルはもうやるつもりはないって。・・・アイドルってドMのする職業ですよね。私のようなか弱い女の子はあんな場所にはもう2度と戻らないですよ。戻れないですし」


「そうだ、その件だ。その件について話がしたくてここに来たんだ」


「はぁ」


 時計を見る。時刻は6時半ちょっと前。家から学校までは自転車で一時間掛からないくらい。いつもは早く行って部活動している友達を冷やかすってのが日課だったのだが、これではヤジも飛ばせそうにないなと考える。


「あの時、あの場所で見てませんでした? 私が沢山罵られる姿を。親の七光りだとか、努力を知らないだとか、散々、耳にタコができて魚市場に流れるくらい見て、聞いて来たと思うんですけど。そんな世界に戻れと? 鬼ですか、人でなしですか? まあ、不審者ですもんね。朝早くからJKが住む家に押しかけるくらいですから」


「問題はそこではないッ!!」


 声を荒げ立ち上がるマネージャー。背が高いので対照的にラキが相当に低く見えてしまう。見上げる。繰り返すと首が痛くなりそうだな、と思ったラキ。


「全然問題だと思うんですけど」


「確かに、あの時俺は何にもしてやれなかった!! 何も出来なかった・・・ただ見ているだけで、見過ごしていて、確かに君が傷ついているのを見て見ぬふりをしてきた。だが!! 今は違う、今は全てが違う。何もかもだ!! だから俺は恥じらいを全て捨ててここまできた。恥も、尊厳も、大人としての常識も!!」


「最後の3つは捨てちゃダメだと思うんですけど」


「俺は見捨てもしない、見逃しもしない、傷付かせはしない!! そんな事をする輩が現れたら俺は無我夢中で顔面を殴打するだろう。俺は国家権力を恐れないことをここに誓おう!!」


「それは恐れてて欲しいんですけど・・・」


 そんなラキの心からの言葉は右から左に流れ、上流から下流に降って海に流れ魚達の餌になる。食物連鎖がこの部屋の中で起こっているのか、と自然の豊かさが垣間見れる。

 握り拳を作り、声を震わせながら、声高々に宣言する。


「君を、君だけは、今度こそトップアイドルにして見せよう!! 宣言する、三栗ラキは日本を、いや! 世界を震撼させるようなトップアイドルにさせて見せよう!! 好いも甘いも喜怒哀楽も、全てが全て甘い蜜だけ啜って生きていられるように作り上げて見せようじゃないか!! だってアイドルなんだもの、だってトップアイドルなんだもの!!! 喜怒哀楽ではなく、喜と楽しか表現できないアイドルになっても幸せならそれでいいじゃないか! だって、一度きりの人生なんだもの、だって一度きりの人生なんだから!!!」


 ラキの脳みそは沸騰寸前であった。だが、全てが全て理解できないわけではなかった。

 そもそも、出会った10歳の時からこのマネージャーは突拍子もない事を頻繁に言う人だったのだ。北海道に行こう、沖縄でシークワーサーが何か見て感じよう! 福岡のとんこつラーメンは臭さと比例したうまみがあるのか、佐賀と滋賀の違いは? 東京都に来る他の都道府県の割合は? そんなのはどっかの記事にあるでしょ、的な事を突然言い出す人なのだ。

 そんな常識がない彼だからこそ世に名を響かせる様々な有名アイドルをプロデュースする事が出来たのだろう。


 常識に囚われないからこそ、常識を隅に置いてるからこそ。世間が忘れていたあっと驚く不思議な光景を作り出すことができる。付いていくのは難しいが、連れられた先には誰もが見たことがない景色が絶対に広がっている。良くも悪くも。



 纏めれば今度は辛い思いさせないからアイドルやらないか? である。答えは決まっている。


「いやです。さっき言ったじゃないですか。アイドルはドMがする事だって。辛い事に耐えられない私はもう、お客さんの前で笑顔でアイドルなんて出来ませんよ。そして人生はそんなに甘くはないと思いますよ」


 言葉を聞き、彼はスッと椅子に座る。数秒の沈黙の後静かに口を開く。


「言っただろう。もう2度と辛い思いはさせないと」


「だからそれが甘いんですって。辛い思いすら我慢できない人間が、誰かを笑顔にする事なんて不可能ですよ」


「・・・不可能なんかじゃない」


 ・・・え?


「不可能、なんっかじゃなぁあいいいいいいいいいいいい!!!!!!」


 吠えた。


「人生とは、生きるとは、生活とは。それは全て出来レースなんかじゃない!! 決まった道なんて一つもない! 辛い思いを我慢できないで誰かを笑顔にさせられないと誰が決めた、誰が考えた!? そんな『こうしないとあーできない』何て言う常識は全て人が決めた、自己中心的な自己哀楽的な考え方だ!! 断言する、努力は人を幸せにしないし、頑張りは絶対に報われる保証はない!!! だッがッ!! やりたい事すら出来ない人生は、それは本当に人生と言えるのか? 敷かれたレールに乗せられた人生は、それは生きてると言うのか? 自分で舵を取れない船で、自分は船長だと胸を張って言えるのか?」


「そんなワガママが通るような世界じゃないと思います」


「そのワガママを通させるのが俺の仕事だ。君はアイドルをやるんだ、0から10まで幸せで何が悪い? 笑顔で笑顔にさせる事が生き甲斐で何が悪い? 答えは何も悪くない、だ。信じろ、着いて来い・・・じゃないな、」


立ち上がり、ラキの隣まで移動し、膝を着き視線を合わせる。


「夢を叶えさせる努力を俺にも手伝わせてくれ。俺はもう2度と逃げないし、お前の夢も諦めさせない。あの時語った目標に、今でも俺は心打たれてるんだ」


 あの時ーーーラキは思い出していた。

 それは10歳の頃、STaBとしてアイドル活動を始め1ヶ月経った頃、初めてのライブで大きな失敗をし、仲間と大きな喧嘩をして気まずくなった時、マネージャーに話した事だ。


『例え失敗しても、笑われても、私は私を諦めない。夢までは遠いかもだけど、夢は逃げないから』


 思い出し、懐かしい気分になった。あの頃の仲間はSTaBで、今もなおアイドル活動を続けている。


 少し考え、息を吐き、悩む。いや、嘘だ。悩む事はない。悩んでいるフリだ。本当は答えなんてずっと最初っから決まっている。今まではただ逃げて、隠れて、諦めただけだ。

 少し大人になったラキだけど、少し大人になったラキだからこそまた、夢を目指しても良いよねーーー。


「分かりました。これからよろしくお願いします」


 そう言って微笑む。

 彼はサングラスで良く分からないけど、口角で喜んでいるのが見てわかった。


 そんな彼が持っていたカバンから1枚の紙をテーブルに置いた。


「これ、契約書ね。いやー、口頭の約束だけじゃリスク大きいっしょ? 流石に20台後半になると流石に老後への不安がちょっとね・・・あ、って事でアイドル活動の為、高校中退ね?」


 ・

 ・・

 ・・・

 ・・・・へ?


「へっぇええエッっぇぇぇぇぇエェぇエッぇええぇぇえええ!!!!????」

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