シュガーポワンは甘々で

椎木結

第1話 目覚めはハートサングラスと共に (1/3)

 三栗ラキはアイドル志望だった。

 日本のトップアイドル、三栗るるを母に持つ彼女にとってしてみれば、生まれた時から人生のレールは引かれており、終着点は母が辿り着き、引退したトップアイドルになっていた。それは極々至極当然の事であった。当時、ラキはその事に深く考えておらず、自身がアイドルになる事に何の戸惑いもなかった。


 そんな出来レースじみたアイドル列車に乗せられたラキ。

 全てが全て、上手くいっていた。生まれてから2歳まではCMなどの小さな子役。3歳から9歳まではドラマなどでの子役。10歳から15歳までは本格的なアイドルになるためのレッスン。ユニットの誕生。ユニット名は『STaBスタイル』、当時ノリに乗っていた有名マネージャーが付いたアイドルグループだ。


 それも今は2年前の過去の出来事である。

 理由は簡単だ。子供には世間の悪口、芸能界での上下関係、嫌味はそう簡単に割り切って、はいそうですかと隅における話ではなかったからだ。


 全てを切り捨て、全てを投げ捨てた彼女は芸能人が多数進学している有名高校ではなく、普通の高校に進学しJKを謳歌していた。

 今年で高校2年に上がり、進学や就職が身近になり始める頃。今日も今日とて良い笑顔でらきは朝の目覚めを迎えていた。


 目覚ましは毎日決まって5時、5時50分、6時にセットしてある。朝が弱く、3回に分けないと脳がしっかりと覚醒しないからだ。既に叩き慣れた目覚まし時計のスイッチを押し、ムクリと起き上がる。


「ふわぁ、後30分だけ・・・」


 そして4度寝に突入する。

 朝の2度寝ほど罪悪感を感じずに背徳感を得れるものはないだろう。脳内麻薬をドピュドピュと分泌させながら夢の続きを、と瞼を閉じる。


 30分、1分が30回あって、60秒が30回ある。長いようで短い絶妙な時間である。授業3限目の残り30分と、現在の残り30分ではどうしてここまで雲泥の差を感じてしまうのか。そんな事を考えながら、ラキの脳みそは覚醒に至る。スロースターターなのだ。

 掛け布団を押しのけるようにしてベットから起き上がり、月半ば位で捲る瞬間は楽しいが、いざ月が変わると何故か捲るのが面倒くさくなるで有名なカレンダーを見る。桜香る四月の文字が目に入る。


「あ、急がなきゃ。2年初めから遅刻はマズイよね」


 寝巻きを追い剥ぎにあったかのように豪快に脱ぎ去り、シワ一つない制服を手に取る。せっせこ着替え、鏡に映った自分を確認する。


「リボン良し、スカート良し、制服の着心地いとわるし。パンチラ無し、準備万端だね」


 鞄を手に取り、櫛で乱れた髪を整えながら一階に降りる。登校するために降るこの階段の憂鬱さたるや、家に帰って靴下脱ぐ時と同等の億劫さがあるな、と考えながらリビングに寄って袋に入っているパンを一斤掻っ攫って玄関に向かう。


「よし、新しい門出にパンの恵みを、ってね」


 ドアを開け、暗い視界が映る。はて? 自室から見た外の天気は快晴だったのだが、と首を上げてみるとそこには


「どうも、天才プロデューサーです。アイドル、やってみないか?」


 ハートのサングラスを掛けた長身の不審者が立っていた。勢いよく扉を閉めにかかる。


「ちょ、ちょっと待って、マテ茶!! 押しかけじゃないから、変な宗教の勧誘とかでもないから取り敢えず話だけでも、話だけでもさ!!」


「変な宗教と何ら変わりないです!! 不審者! 手を離してください! 今なら警察に通報するだけで終わるので!!」


「その場合俺の人生も終わりを告げるけどね!!??」


 いきなりの不審者、そしてアイドルの勧誘とダブルパンチを食らったラキの思考は警察にお電話一択であった。

 だがしかし現状、唯一の連絡手段である携帯はカバンの中であるし、両手は塞がっている。近所に助けを求めようとしてもここら辺のお近所さんは近くても数百メートルはある。

 母の栄光時代に購入した物件である。家の広さ、庭の広大さに胸躍られた幼少期であるが、これほどまで家がでかい事を恨んだ日はないだろう。


 必死の抵抗を両者行い、数十秒の均衡の末勝ちをもぎ取ったのはラキの方であった。疲労を肩で表しながら声を荒げる。


「お母さん警察に電話!! ハートサングラスの変質者が出た!!!」


 自分で言って何を血迷ったのかと思ってしまうほど変な文言だなと自覚する。だが現実である。現実は小説より奇なり、とはよく言ったものである。頻繁に奇になって欲しくないが。

 いつもなら朝の「おはよう、いってらっしゃい。ハンカチティッシュ乙女心は持った?」と笑顔で言ってくる母がリビングで寛いでいる筈なのだが何故か一切の返事が返ってこなかった。

 まさかリビングで寝落ち? と考えてしまったがそんな事は絶対にないと自信を持って言える。

 元であるがトップアイドルであった三栗るるは辞めてしまっても美しくあろう、と心がける女性であるのだ。変な体制で寝ないし、睡眠時間はきっちり6時間だし、食生活は緑多めの草食獣である。もうロボットなんじゃないかと思うくらいの正確さであるのだ。


 であれば、考えられるのは・・・


「私に内緒で家族旅行・・・?」


 その場合のラキの立場を考えた時、世に蔓延る数学者が唸り声を上げるほどの奇怪な数式が必要になるだろう。あれ、私ハブられてね? QED完了であった。

 鍵を閉め、2段回目の鍵を閉めた扉を背もたれにし、絶望感で力が抜けているとホラー映画のようにゆっくりと鍵穴に何か挿入される音が聞こえた。まさか、まさか・・・と、冷や汗が背筋を流れるラキを差し置いて施錠された扉は最も簡単に解放される。

 キィ、と最近油を差した筈なのに音を響かせながら開く扉を見上げながらハートのグラサン不審者の顔が日傘の役割を果たす。


「実は君のお母さんには許可を取ってるんだよねぇ・・・ほら、これ鍵。そして君の生まれた時から今に至るまでの思い出アルバム。俺としては2年前の根暗な感じも好きだったけど、今のキャピるんるんなラキちゃんも可愛げがあると思いんぐすよ?」


「ひ、ひぃ・・・」


 サングラス越しでも確認できる彼のニヤケ顔に、そして何故か知られている生まれてから今に至るまでの思い出メモリー。ああ、こうやって私の青春が犯されていくんだな、と在来種が外来種に脅かされる自然界の厳しさを感じながら床の間に案内する。

 よく見れば懐かしい顔だ。10歳から15歳の間でお世話になった『STaB』のマネージャーであった。

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