第91話 アーサーの反撃
アーサー・オルランドの登場に、その場は騒然となった。
「死んだはずじゃ」「どうなっているんだ」と人々が狼狽え、戸惑いの声を上げる中、アーサーは伏し目がちだった瞳をソフィアに向けた。
視線がばっちりと交わった瞬間、彼の目が優しく細められる。
ふんわり笑ったアーサーの表情が、『僕は大丈夫だよ。安心してソフィア』と言っているように思えた。
言葉は無くても、想いとメッセージがちゃんと伝わってきて、ソフィアは何度も頷いた。
その様子を見届けた彼は一度強く頷き返すと、すぐさま表情を引き締めて前を向く。
どよめきの中、本来の姿を取り戻したアーサーは不敵な笑みを浮かべ、良く通る声で話し始めた。
「我々の本当の敵はセヴィル人ではなく、その背後にいる戦争を企むリベルタ人です」
「な、なんだと?だが、君を襲ったのはセヴィル人だったのだろう?」
立ち上がり疑問を投げかける貴族達に、アーサーは「確かに、実行犯はセヴィル人です」と頷いた。
「しかし、裏で彼らを操っているのは、資金力や影響力を持つリベルタ人でしょう」
「なぜ断言出来るのだね。というか、君は爆発に巻き込まれ死んだんじゃ……」
「ええ、確かに巻き込まれて多少怪我はしましたが、この通り問題なく生きております」
アーサーは片手で髪をかき上げた。
頭部を保護する包帯。手袋を外した手や腕にも手当ての跡があり、白い布地には血が滲んでいた。
ジルが驚いた様子で「あの爆発で生き残るとは……な、なぜ」と問いかける。
「僕が命拾いしたのは、一言でいうと運です。犯人が素人だったため、爆発までのタイミングが分からなかったのでしょう。導火線が焼き切れるまで、わずかな猶予があったのです。おかげで退避が間に合いました。爆風で吹き飛ばされてあちこち火傷と体を打ちましたが、ご覧の通り、命に別状はありません」
両手を広げて自分は大丈夫だとアピールするアーサーに、ジルは忌々しげな視線を向けていた。
彼は明らかに苛立った様子で親指の爪を噛み、貧乏揺すりしながら「生きていてくれて良かったです、アーサー・オルランド様」としらじらしく言う。
「ですが、アーサー様。このジル・ネイド、恐れながら言わせて頂きますが……セヴィル人を裏で操っている人間がいる? 頭を打って、おかしくなられたのではありませんか? 黒幕がいるなどという陰謀論をここで唱える前に、きちんと病院に行かれた方がよろしいですよ」
「お気遣いありがとうございます、ネイド様。しかし私の思考は正常ですよ、根拠もあります」
アーサーは挑発的に一切応じることなく、毅然とした態度で説明を始める。
「まず、セヴィル人達が乗っていた大型箱形馬車です。我が伯爵家に追いつける高性能な車体と馬を、不法越境するほど貧しい彼らが用意できるでしょうか?普通に考えて不可能です。高価な装備品を用意できる資金力のある者が背後にいると考えられる」
貧しいセヴィル人たちは、民をかえりみない貴族と冬の寒さに殺されるくらいならいっそ――という決死の覚悟で、救いを求めてリベルタ王国に来る。
そんな彼らに、高級な馬車を乗り回す資金があるとは到底思えない。
アーサーの言葉に、議会出席者達は「その通りだ」と頷いた。
「そして、もう一つおかしいのが今回の事件の『噂』です。皆様はこう聞いたはずです……」
『昨晩、アーサー・オルランドが倉庫街でセヴィル人に襲われ、爆発に巻き込まれた』――と。
「ですがこれは、あまりにもおかしい。確かに爆発はありました。しかし、被害者と犯人の情報は一切公表されておりません。にも関わらず、どうして翌朝すぐに噂が出回ったのでしょう?」
問いに、その場にいた出席者達がお互いに顔を見合わせ首をかしげた。
確かに、騎士団や政府が被害者と犯人の情報を明かしていないのなら、『倉庫街で爆発があったらしい』という話が出回るならまだしも、『アーサー・オルランドがセヴィル人に襲われた』という断定的な噂が流れるのには違和感がある。
「事件の全容を知っているのは、その場に居合わせた私とオルランド家の護衛、犯人、騎士数名、そして黒幕だけです。私と護衛は情報を一切もらしておりませんし、逮捕に関わった騎士も、その上司である騎士団長も同様です。彼らは信頼のおける人物。私に黙って口外はしないでしょう」
アーサーが最も信頼している騎士とは、きっとベネディクトだろうとソフィアは思った。
彼の本来の職務は迎賓館騎士だが、最近は夜の王都警備にかり出されているらしい。
ベネディクトの恋人であるミスティから聞いたのだから、間違いない。
「――と、すれば。断定的な噂を流せるのは黒幕のみ。その者は、議会や関係各所、貴族を初めとした影響力のある人間に自然と噂をまき散らせる人物。おのずと候補は絞られてきます。そして、その黒幕の目的も明らかでしょう」
アーサーは鋭く目を細め、はっきりとした口調で述べた。
「街を恐怖で染め上げ、人々の心の中にセヴィル帝国への怯えと憎しみを植え付けた。そして、仕上げとばかりに和平交渉の一員である私を殺害することで、膨れ上がった恐怖心のつぼみを一気に花開かせようと画策。そんな大それた真似をしてでも叶えたい野望が、黒幕にはあるのでしょう」
議会の出席者も、壁際に立って様子を見守る人々も、みながアーサーの言葉に意識を全て傾け、考える。
「皆様はもう【誰か】の顔を思い浮かべているのではありませんか――――」
アーサーは、黒幕と目される人物の名前をあえて明言しなかった。
特定を避ける方法は逆に、人々がそれぞれ考えを巡らせるきっかけとなる。
沢山の
注目の的になったジルは、「み、皆様、なぜ私を見るのですか!」と悲鳴にも似た叫び声を上げる。
「全部言いがかりだ!! 第一、何の根拠もないじゃないか! おのれ、アーサー・オルランド。貴様、私を
ジルは「不愉快極まりない!!」と憤慨し、頭を掻きむしりながら議場を去って行った。
アーサーは無表情でジルの後ろ姿を見送ると、その後も冷静な態度で事件の詳しい経緯を説明してゆく。
凜とした彼の姿を遠目で見守り、ソフィアはふらふらと壁に寄りかかった。
――良かった……。アーサー様……。本当に良かった。
その後の話し合いにて、アーサー襲撃事件の調査と、ジル・ネイドへの監視。
そして、逮捕されたセヴィル人への詳しい取り調べが行われることが決まった。
残念ながらジルを逮捕まで追い詰めることは出来なかったが、議会出席者の心の中には確かに、ネイド男爵家への疑惑が刻まれたことだろう。
議会はその後、つつがなく進行し幕を閉じた。
一刻も早くアーサーの下に駆けつけたいソフィアだったが、多くの貴族や議会出席者に囲まれた彼に近付くことすらままならない。
――いつの間か、アーサー様の側に居られるのが当たり前だと思っていたけど……本当なら、こうやって目を合わせることすら、叶わないんだ。
改めて身分と立場の差を実感して胸が苦しくなる。
せめてもう一度、彼の無事な姿を目に焼き付けようと視線を向けた瞬間、何かを探すようにうろうろと瞳を彷徨わせていた彼と目が合った。
瞬間、彼が優しく笑う。
『また後でね』とこちらを安心させるように微笑む彼に頷き返して、ソフィアも安堵に顔をほころばせた。
視線を交錯させられたのは一瞬で、すぐさま彼は押し寄せる人波に呑まれてしまう。
――仕事を終えたら執務室に行こう。
ソフィアはそう決意して、自らの成すべき事を果たすため職務に戻った。
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