第89話 安否

 ソフィアが、いつも通り出勤すると迎賓館内は騒然としていた。


 神妙な面持ちで何事かを話し合い、青ざめ悲痛な面持ちでうつむく者。慌ただしく廊下を走っていく者。

 

 みな一様に悲しげな表情をしており、館内に重苦しい空気が漂っている。


 不思議に思いつつソフィアは、とりあえず自分の所属する部署に足を踏み入れた。

 

 先に出勤していた同僚に、いつもどおり朝の挨拶をしようとして――。



「えっ、うそ!?アーサー様がセヴィル人に殺された!?」



 耳に飛び込んできたのは、同僚が話す驚くべき内容……。


 ソフィアは言葉を失い、呆然と入り口に立ち尽くす。



「おいっ、声が大きいっ!あくまで『亡くなったらしい』っていう噂だよ!俺も他の部署の奴らから聞いた話だから、本当かどうかは分からない」


「でも、セヴィル人が起こした爆発に巻き込まれたっていうのは、本当なんでしょ?それにミスティが今日休みってことは……何かあったに間違いないわよ!」


「他人の国に勝手に入ってきて、好き勝手して。怖いったらありゃしないわ」


「アーサー様には、護衛もついていたんでしょう?それなのに、襲われるなんて……」


「そうよね。私も息子を学校に通わせるのが怖くて、最近は休ませているの。貴族様でさえ危険な目に遭うんだから子供なんて……」


「ほんっと、セヴィル人って野蛮――あっ……ソ、ソフィア」



 輪になって話をしていた同僚の一人がこちらに気付いた。


 

 その場にいた数人が一斉にソフィアを見て、焦った様子で口々に「今のは悪いセヴィル人の話で、ソフィアのことじゃないのよ」と言い始める。


 だが今は、彼らの釈明に構っている余裕はなかった。

 

 自分が知りたいのは、ただ一つ。



 ソフィアは、先ほどまで饒舌じょうぜつに噂話を語っていた男性職員に詰め寄った。


「アーサー様について、他に何か知っていることはありますか?噂でも何でも構いません!爆発に巻き込まれたって……軽傷?重傷?まさか……まさか……アーサー様が……」


 勢いのまま発した言葉は、だんだん小さくなっていき……ついにソフィアは口元を覆って、その場に崩れ落ちてしまった。



――しっかりしなきゃ。……取り乱さず、状況をきちんと把握するのよ。


 泣かないで泣かないで……焦らず、次の行動を考えるの……。


 そう自分に言い聞かせるのに、頭の中に浮かんだ最悪な結末が、正常な思考を奪っていく。


「ソフィア……大丈夫?」


 子供を持つ女性の同僚に優しく背中をさすられながら、ソフィアは口を両手で覆い、荒れ狂う感情を必死に押し殺した。



 その時、背後から数人の足音が近付いてきて、「今ちょっといいか!」という大声が室内に響いた。



「取り込み中、失礼。始業前に悪いんだが、議会運営に手を貸してくれないか? これから爆破の件を受けて緊急会議を開くんだが、押しかけた市民の対応にも追われて人手が足りないんだ。館長からは許可をもらっている。手の空いている者は、議事堂の一階大会議場にすぐ集合してくれ!」


 ソフィアはハッと顔を上げ、涙をこらえながら「行きます!」と即答して立ち上がった。


――泣いている場合じゃない……しっかりするのよ、私。


 今は、できる限りアーサー様に関する情報を集めよう。


 震える指先で涙を拭い、自分自身を奮い立たせて議事堂へ向かう。

 



 会議場には既に沢山の人がいた。

 

 各機関から応援に駆けつけた大勢のスタッフが、忙しなく議会設営に追われている。


 腕章をつけた運営責任者に指示を仰ぎ、ソフィアは飲み物を用意したり、資料を出席者の机に置いたりなどの作業を黙々と行った。


 仕事をこなしながら、議会出席者の話し声に耳を傾ける。



「犯人はセヴィル人なのだろう? 聞けば、鉱山発掘用の爆発物を所持していたそうじゃないか。なんと恐ろしい野蛮な輩なんだ。それでオルランド君の容態は? みなさんは、何か聞いていますかな」



「いいえ。なにぶん事件は、昨晩遅くに起きたものですから。こちらにも詳しい情報は入ってきておりません。恐らく、ここにいる殆どの人間が、『アーサー・オルランドがセヴィル人に襲われた』という噂以上の情報は得ていないでしょう」



「ふむ……セヴィル人は何を考えているんだ。今までボヤ騒ぎ程度の犯罪しか起こしていなかったのに、急に人殺しとは……。我々も貴族だからと言って安全ではありませんな。もはや、和平など言っている場合ではないのでは? このままでは、セヴィル人によってリベルタ王国が滅ぼされてしまいます」



「そうですな。和平を推し進めていたオルランド君が亡き今、和平路線から方針を変えるリベルタ上層部も多くいるしょう。これはもう、戦争はやむなしかと」



 会場にいる人々の顔には困惑や動揺、セヴィル人への敵意や恐怖心がありありと浮かんでいる。



 アーサーが亡くなった前提で話を進めている議会出席者の口ぶりに、ソフィアは言いようのない不安と焦燥感を抱いた。



――ミスティは今日お休み。他にアーサー様について聞ける人は……ロイドさんなら何か詳しい状況を知っているかも。政府庁舎へ行ってみよう。


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