第88話 思惑【side:ジル】【side:ブリジット】
【side:ジル】
アーサー襲撃を命じた日の深夜、ジル・ネイドは自室で部下の報告を聞いていた。
「湾岸区の倉庫街にて、予定通りセヴィル人がアーサー・オルランドを襲撃。爆発に巻き込まれ、オルランドは死亡致しました」
「そうか。遺体は確認したか?」
ジルの問いに、セヴィル人たちの監視役として付けていた部下は、「それは……」と口ごもり視線をそらす。
「爆発の直後、騎士が駆けつけたため、急ぎその場を離れましたので……死亡の確認までは出来ておりません……。しかし、血を流し地面に倒れていたのは、この目で確認しております。あの大規模な爆発では、生きてはいないでしょう」
「そうか。奴は死んだか。……くく、そうか、そうか!!あっははははははは!!!」
高らかな笑い声が室内に響き渡る。
自分は、この日をずっと待ち望んでいた。
憎き憎きアーサー・オルランドが死んだ!!
今日はなんてめでたい日だろうか!
ジルはひとしきり笑い終えると、口の端をつり上げたまま「あぁ……だが、全てはこれからだな」と呟き、部下に命じた。
「お前は明日、王都中に噂をばらまけ。内容は、『帝国との和平路線を模索していたアーサー・オルランドが、セヴィル人の襲撃を受け、無残に殺害された。帝国の脅威は、すぐそこまで迫っている』とな」
「かしこまりました」
「明日は忙しくなるぞ。アーサーがセヴィル人に殺されたとなれば、人々の帝国への恐怖心と悪感情は最高潮に達するだろう。戦争はもうすぐだ。――今日はもう良い、下がれ」
「はっ」
胸いっぱいに広がる、優越感と愉悦感に浸る。
「お祖父様……僕はようやく、あなた様のご命令を果たせましたよ。まずは、アーサーの殺害。次の目標は、帝国との戦争。……僕は、家畜以下の無能ではありません。お役に立てる人間であることを、必ず証明してみせます」
真っ暗な部屋の中。
幽鬼のような男は、落ちくぼんだ目をぎょろりと血走らせながら、自らの存在証明のため破滅の道を突き進む。
【side:ブリジット】
一方、同時刻。
ハイデ邸では、一人の老貴族――ハイデ伯爵が苛立ち紛れに「くそっ、アーサー・オルランドめ」と悪態をついていた。
ぐいっと赤ワインを飲み干す父の姿に、ブリジットは「お父様、お酒の飲み過ぎですわ」とたしなめる。
「これが飲まずにいられるか。あの忌々しい小僧め。和平合意に失敗した暁には、議会で責任を追及し、大勢の前でいたぶってやろうと思っていたが……まさか、ブラスト家の人間を味方に付けていたとは……。くっそ、小賢しい真似を」
アーサーへの並々ならぬ憎悪と怒りを露わにする父に向かって、ブリジットは首をかしげた。
「お父様は、何故アーサー様をそんなに嫌うのです?」
「あのお綺麗な目を見ていると、虫唾が走るのだよ。私は、この地位を築くため多くの物を犠牲にしてきた。そうするしか、生き残る道がなかったからだ! なのにアイツは、私の処世術や根回しを『汚い方法』と言った! はっ!到底許せるはずがない!!」
「ですが、お父様。わたくしはアーサー様こそが、わたくしの夫になるに相応しい人物だと思います。お父様も分かっているでしょう? 地位も名誉も恵まれた領地も、そしてあの容姿……。何もかも、アーサー様以上の優良物件は他にないと思いますわ」
「お前っ、まだアイツに未練があるのか? 一度ならず、二度も縁談を断られているのだぞ?」
「断られてなんかおりませんわ。アーサー様は、悪い魔女に騙されているんです。そう……彼の近くにいる、汚らしい毒婦が、あの方の目を曇らせているのですわ」
ブリジットは、ぱあっと表情を明るくすると「わたくしに、任せてくださいな」と弾む声で言った。
「あの毒婦を排除すれば、きっとアーサー様も目を覚ますはずです。お父様の理想の婿になるよう、わたくしがアーサー様を調教しますわ。ですから、ここはひとまず、わたくしにお任せを」
「お前がそこまで言うのなら、任せてみようではないか」
「必ず、お父様のご期待に添う働きをしてみせますわ」
たおやかな微笑みを浮かべるブリジット。
しかし、その美しい顔には、隠しきれない残虐な本性が見え隠れしていた。
――ソフィア・クレーベル。身の程をわきまえない穢らわしい平民の毒婦。
わたくしの物に手を出した罰は、きちんと受けて頂くわよ。
see you tomorrow
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