第87話 襲撃【side:アーサー】

 ひと気の無い真っ暗な倉庫街に到着すると、前後の馬車から護衛達がアーサーの元に駆け寄ってきた。


「坊ちゃん、これからどうしますか?」と護衛長が尋ねてくる。

  

 彼は大柄で筋肉隆々の上、顔にも傷があり一見怖そうな風貌だが、長年アーサーの護衛を務めている人物だ。


 アーサーは、「御者に命じ、騎士を呼びに行かせてくれ」と答えると、護衛達をぐるりと見渡す。


「皆くれぐれも、十分注意してくれ。まだ相手が、どんな奴か分からない。騎士が駆けつけるまで、何とか防戦してくれ」


「はい、任せて下さい」と護衛達は告げる。


「こうなったからには、この機会を利用して確かめたい事がある。僕は、奴らの裏にいる黒幕の手がかりを探すつもりだ。巻き込んですまないが、援護を頼む」


「俺達の使命は、貴方をお守りすること。謝るなんて水くさいですよ。それに、俺たち全員、久々の荒事に高ぶっていますぜ」


「あはは、ほどほど頼むよ護衛長」


「それは俺の台詞ですよ。頼むから、あまり前に出ないで下さい。アーサー坊ちゃんは昔から、大人しい顔をしてやんちゃなお人だ。俺が剣術を教えていた頃も、何度無茶なことをしでかしたか……。あなたは剣を持つと、お人柄が変わります」


 剣の師でもある護衛官長は、屈強な見た目に反し小言を語り始める。その姿はまるで子を心配する親のようだ。



 アーサーは、筋肉に覆われた彼の肩を軽く叩くと、「善処するよ」と爽やかに告げて笑った。


 すぐさま背後を走っていた黒塗りの馬車が追いついてきて、アーサー達の馬車から少し距離をおいた所に停止する。



 四人乗りの馬車だ。馬車の中から男達が次々と降りてくる。


「一人、二人……四人、あれ?、五人、六人、えっ、まだ降りてくるのか?……七人」


 黒塗り馬車から出てくる刺客達を指折り数えていた護衛長が、呆れた様子で苦笑した。


「おいおい、えらい数が出てくるな……。馬車の中は、一体どうなっていたんだ?ギュウギュウのすし詰め状態じゃないか?」


 

 その後ろから、同じような箱形馬車が三台停車し、こちらもまた、人が詰め込まれた車内から刺客達が、ぞろぞろと降りてきた。


 降りてきた男達の中には、乗り物酔いのせいか嘔吐する者、ぐったり疲れてしゃがみ込む者、呆然と立ちすくむ者……。



 正直言って、強そうには見えない。


 護衛長が剣を構えながら、「なんだ、ありゃ? プロの殺し屋じゃないのか?」と言った直後――。




 刺客らしき男の一人が、周りをキョロキョロ見渡した後、我に返ったように剣を構えた。


 それにならい、周りの男達もナイフを懐から取り出す。



 彼らは体つきこそ立派だが、剣やナイフの構え方が素人同然だった。

 

 向けられた切っ先は迷いでぶれ、焦点が定まっていない。

 

 暗殺の手ほどきどころか、武術の心得すらない様子だ。


 目の前の刺客達が、一斉に間合いを詰めてくる。



 迎え撃つように、アーサーは手に携えた護身用のステッキを握りしめ、「さあ、いくぞ」と言うと地面を蹴って走り出した。


「ああもう!無茶しないで下さいよ!」護衛長が叫び、後に続く。



 アーサーは、一人の男に狙いを定めていた。


 最初に、自分たちに向かって剣を向けてきた男だ。


 そいつと、目の前で対峙する。



 唯一布で覆われていない彼の両目に浮かぶのは、焦り、動揺、迷いや恐怖。


 男が振り上げた剣を銀色のステッキで受け止め、つばぜり合いをしながらアーサーは眼前の男に向かって尋ねた。


「お前達の雇い主は、誰だ」


 目の前の男は何も反応しない。リベルタ語が通じていない様子だ。



――セヴィル人か。


 アーサーは手首を返し、相手の力と重みを利用して敵の剣を弾き飛ばした。


 武器を失ったことで刺客が一瞬動揺する。その隙をついて素早く背後にまわり、彼の太い腕を掴んで思いっきりひねり上げた。


 ぎゃあぁぁぁぁ――!と悲鳴を上げて悶絶もんぜつする男の膝裏を片足で容赦なく蹴り飛ばし、地面に引き倒す。



 うつ伏せで男を拘束しながら、アーサーは再度、冷え冷えとした声で問うた。

 今度はリベルタ語ではなく、帝国語で。



【お前達は、誰かに雇われているのか?答えなければ腕を折る。両腕のあとは足、その次は……】



 拘束した腕に僅かに力を込めれば、男は先ほどまでの無表情から一点、明らかに動揺した様子を見せた。

 


 怯えた目であたりを忙しなく見回して……とある一点で止める。



 彼の視線を辿って周囲を観察すると、倉庫街の物陰に人影が見えた。



――このセヴィル人達、監視されているのか。



 アーサーは男を地面に縫い付けたまま、背後から襲いくる別の刺客を片足で蹴り飛ばし、もう一度尋ねた。


【お前達は監視されているんだな。脅されて無理矢理犯罪の片棒を担がされているのか?いや、返事はしなくていい。『いいえ』ならまばたきを一回。『はい』なら二回。『わからない』なら三回しろ、分かったな?】



 男は涙を流しながら、二回瞬きをした。


【もう一度問う。脅されて犯罪を命じられているのか?】


 瞬きを、二回。



――捕まったセヴィル人たちが脅されている事実を自供しないと言うことは……つまり。



【お前達は、家族や友人を人質に取られている】


 またしても二回。


【お前達の雇い主はリベルタ人】


 二回。


【貴族】


 二回。


【ネイド男爵】


 三回。



 雇い主は貴族のような身なりだが、名前までは分からないと。



 これで、おおよその状況は把握できた。


 貴族の何者かが、右も左も分からないセヴィル人たちを秘密裏に捕まえ、犯罪行為を行うよう命じている。

 

 セヴィル人達は家族を人質に取られ、至る所に監視をつけられているため、逆らうことも黒幕の存在を自供することも出来ない。



 黒幕は、反吐が出るほどの外道だ。


 アーサーは拘束していた手を緩めると、眼下の男に声をかけた。


【あなた達の事情は分かった。人質の件は僕が何とか――】



 そう言いかけた瞬間、背後から「坊ちゃん!危ない!!」という鋭い声が聞こえて顔を上げる。



 自分達から少し離れた場所にいた男が、爆発物らしきものを片手に、青ざめた顔で佇んでいた。


【やらなきゃ……始末しなきゃ……すまない……すまない……】



 爆弾を持った男は涙を流しながら、手にしていたものを勢いよくこちらに投げつけた。

 


 バチバチと火花散る筒状の爆弾が、放物線を描いて宙を舞う。




 勢いよく燃え伝わる炎により導火線が全て焼き切れた直後、



「坊ちゃん!!!」



 轟音とともに爆発が起き、あたりは激しい風と舞い上がる粉塵に包まれた――――。 



「アーサー坊ちゃん――!!!!!!!」

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