第82話 黄昏の帝国男児【side:テオ】
母と引き離され、罪人よろしく黒塗りの馬車に押し込められ連れてこられたのは、ブラスト家の敷地内から街道に出て少し進んだ先。
帝都郊外の森の奥底にぽつんと建つ侯爵家所有の別邸だった。
建物全体にツタがからみ、ところどころ塗装が剥がれおちて
うち捨てられ誰にも見向きもされなくなった様は、貴族の住居というよりは廃墟同然。
異端の罪人にふさわしい、人生の幕引きの場所ということか。
両腕を黒服の男達に掴まれたまま、朽ちかけの邸内を無言で歩いていると、一番日当たりが良い部屋に連れて行かれた。
室内の真ん中には、茶色の執務机と赤いクッションが置かれた木造の椅子。
バルコニーに続く大きな窓から夕焼け空が広がり、空間の全てを橙色に染めていた。
見張りの二人の男が、部屋の外に立ちはだかっている。
がらんどうな部屋にいるのは、テオと、一人の男――ブラスト侯爵に忠誠を誓う第一秘書だけ。
テオが無言で木造の簡素な椅子に腰掛けると、木の継ぎ目がぎぃっと不気味にきしんだ。
机の上に置かれているのは、陽光に照らされ鈍く光る鉄の塊。
無慈悲に無機質に、容赦なく人の命を奪う――拳銃だ。
テオは何も言わず拳銃のグリップを握り、持ち上げた。ずっしりと重たい。
貴族として銃の訓練をした経験は何度もあったが、こんなに……腕が痺れる程の重たさがあっただろうか。
冷たく固い鉄の感触に鳥肌が立つ。
体温が根こそぎ奪われ頭からさぁっと血が引いて、トリガーを引く前に死人になってしまったかのように体が冷たくなった。
テオは目をつぶり深く息を吸って吐く。
そして、ゆっくりまぶたを持ち上げると……眼前にはカーテンが開け放たれた大きな窓ごしに、壮大な景色が広がっていた。
葉も花もない寒々しい雪景色に、鮮やかな夕焼けが見える。
命を燃やし尽くすかのように輝きを放つ黄金の太陽が、西の地平線にゆっくりと体を沈めていた。
もうすぐ、日が落ちる。夜が来る。一日の終わりが訪れる。
今日に別れを告げ、明日に想いをはせる時を迎える。
テオは今までの無表情を崩して、目元を緩めると、しんと静かな空間で楽しそうに微笑んだ。
思い出すのはハンナの店から帰る時に、三人で肩を並べて歩いた帰り道に見た、幸せな光景。
【あぁ、綺麗だな……。見事な夕焼け空だ。なぁ、お前達もそう思うだろ?】
笑みにも、言葉にも、返事をしてくれる大切な人たちはいない。
だが、今は会えなくても遠く離れていても、一度繋いだ手は、絆は、絶対に切れないと信じているから。
いつか、未来のどこかで再び会える日を夢見て――。
【さようなら、だ。ソフィア、アーサー】
銃声が、鳴り響いた――。
森の木々に止まっていた鳥たちが驚いて、一斉に空へ羽ばたいた。
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