第81話 対照的な肉親【side:テオ】
屋敷に着き、馬車の座席を降りて地に足をつけると、すぐさま父の部下であるブラスト侯爵家お抱えの私兵に取り囲まれた。
みな一様に顔面に無表情を貼り付け、喪服のような黒服を身につけている。
【随分とむさ苦しい出迎えだな?俺は逃げも隠れもしない。父の元に連れて行け】
テオは堂々とした態度と口調で告げると、黒い服を身にまとった男達に四方を固められながら屋敷に入り、父の書斎の前にたどり着いた。
一度目を閉じ大きく深呼吸をすると、前を見すえノックをして扉を開けた。
部屋の真ん中には、体の後ろで両手を組み、こちらを視線で射殺さんばかりに睨み付ける父親の姿。
その顔には息子への情は一切なく、にじむのは失望と諦めと、殺意にも似た憎悪のみ。
父は……いや、ブラスト侯爵はテオの命を刈り取る【死神】だ。
今まで、ずっと考えないようにしていた現実を目の当たりにして、吐き気にも似た、狂おしい程の恐ろしさとおぞましさが押し寄せてくる。
テオは、無意識に震え出す指先をきつく握りしめ、両足で地面をしっかり踏みしめ仁王立ちをした。
そして精一杯のやせ我慢をし、腹の底から強くはっきりとした声を発する。
【テオ・ブラスト、ただいま帰還しました】
【ブラスト?貴様にその姓を名乗る資格はとうにない。自分が何をしたか、そして今から何をすべきか……理解しているな?】
【……はい。全て覚悟の上です】
【そうか】
本当は帰路の間、ずっと死ぬのが恐ろしくて……正直、死にたくないと願った。
死ぬときは痛いのだろうか、苦しいのだろうか。
死後の世界は一体どんな所なんだろう。
孤独で冷たく暗いのか、怖くて堪らない。
だからあえて必死に考えないようにしてきた。
もしかしたら案外、あっさり許されるのではないかと淡い期待も抱いていた。
だが今、この瞬間――。
【異端には、むごたらしい末路を。貴様はここで行き止まりだ。もうどこにも進めない。取り返しのつかない罪を犯した自分自身を呪いながら、自らの愚かさを嘆いて――死ね】
儚い希望は全て、絶望に塗りつぶされた。
【かしこまりました。ですが、最後に一つだけお願いがございます】
恐怖も悲しみも全て飲み込んで、テオは静かな声で生涯最後のささやかな願いを口にした。
【最後に母上に一目、お会いしたい。どうかお願い致します】
【良いだろう……面会時間は一分だ。連れて行け】
黒服に強引に腕を引かれ、書斎を出る。
ブラスト侯爵は最後まで息子の顔を直視しなかった。
興味がなさそうに目をそらし、もう要無しだというかのように扱った。
誰の意見も受け入れず理解せず、自分の意思や正義と少しでも違えば排除しようとする
――どこまでも、この帝国の人間らしい非情な男だ。
重たいドアが閉まり、彼との決別は決定的なものとなった――。
続けて訪れた部屋の扉を開けた瞬間、椅子に座っていた女性が勢いよく腰を上げて駆け寄ってきた。
黒髪に金色の瞳……。
自分に色を、命を授けてくれた母は、目を真っ赤に泣きはらしてテオに縋り付いた。
【テオ……!】
記憶と意識にある中で、これが初めて母に抱きしめられた瞬間だった。
自分の背中をさすり、頬や頭を撫でる手が優しくて、温かい。
今になってようやく……『ちゃんと俺は、愛されていたんだな』と実感した。
本当なら嬉しいはずなのに、しかし今は、どうしようもなく悲しい。
【あぁ、テオ、私の大切な息子。ごめんなさい。沢山寂しい思いをさせて、守ってあげられなくて……本当に、ごめんなさい。あぁ、こんな……こんなのは、あまりにも……】
【母上……いや、かあ、さん。ハンナから全部聞いたよ。ずっと見守ってくれていたんだろう?ありがとう。かぼちゃのパイ、すごく美味しかった。寝ている時に撫でてくれたの、嬉しかった。……悲しませて、こんな結末になって、良い息子になれなくて。――ごめん】
【違う、あなたは何も悪くない。テオ、可愛い私の子――】
【時間です】
抑揚のない声で母の言葉をさえぎって、父の部下がテオの腕を掴み引き離そうとした。
【私の息子から手を離しなさい!】
母は自分達を引き剥がそうとする黒服の男の手を振り払って、もう一度テオに抱きついた。
【私の命より大切な子。テオ、あなたを――】
首に両腕を回して頭を抱きかかえ、テオにだけ聞こえるように耳元で囁く――。
【 】
慈愛に満ち溢れた母の言葉を聞き届けて、テオは顔をくしゃりと歪め、込み上げる涙を堪えて【ありがとう……かあさん】と震える言葉を絞り出した。
今度こそ強い力で体を引き剥がされ、母の手が離れる。ようやく得られた温もりが、遠ざかる。
母と子の間に黒服の男が立ちはだかり、壁を築いた。再び埋められない距離ができる。
【嫌よ……!いや、やめて……!私の息子よ!私が産んだ子供よ!私の……私の……お願い奪わないで、お願い……やめて……テオ、テオ、テオッ!!】
父の部下に四方を取り囲まれ、黒服の男達に視界が埋め尽くされる。
力尽くで部屋から押し出されながら首だけで必死に振り返ると、母は喉が壊れてしまうのではないかと心配になるほど悲痛な叫び声を上げ、こちらに手を伸ばしていた。
視界がにじむ。
まぶたの裏に、耳の奥底に、母の姿を声がいつまでも、こびりついて離れなかった。
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