第76話 声を上げろ!沈黙のらせんを打ち破れ!【side:アーサー】

 帝国上層部と強硬派の意向を無視し、和平宣言をしたテオに対し、帝国使者による非難は止まらない。

 

 彼らは、ここが公式の場であり、書記官によって会話内容が記録されていることを忘れるほど狼狽うろたえている様子だ。

 

 しかも今日は、テオに依頼され集めた新聞記者も傍聴席に座っている。


 大勢の人の目がある中で、使者たちは異端となったテオを責め立てていた。


【はぁー!?何だと?なんと馬鹿げた……話にならん!


【我が帝国は強い。戦争すれば勝てるのだ! なのに何故、他国との和平に応じる必要があるのだ!?】


【まさかブラスト侯爵家の人間が、『帝国民の命が大事だから』などと甘いことを言うつもりじゃないだろうな?】


【民など、減った所で勝手に子を産み増え、そして冬になったら死滅する。どうせ、飢餓と寒さに終わる命なら、他国に打ち込む弾丸として使う方が、はるかに国の役に立つじゃないか……あっ……】


 頭に血が上っていた使者たちは、ようやく自分達の置かれている状況に気付いたのだろう。


 過激な発言をしていた者達は瞬時に口を閉じ、顔を歪めてテオを睨む。



 テオが昨日、『広く世界の人々に知ってもらいたい』と言っていたのは、この光景だったのだんだな。


 民の命を軽んじ、社会の駒のように扱う帝国上層部の思想を浮き彫りにする。


 それと同時に、強硬派最大派閥のブラスト侯爵家の嫡男が和平を決めたことで、新時代の到来を多くの人々に知らせる――。



 どうせ国は変わらない、今までのやり方を変えたくない――そんな、従来の価値観や固定観念に囚われ黄昏ゆく帝国で、一人の男が自らの命をかけて未来に続く道を選んだ。



 それは、口をつぐみ目をつぶっていた多くの少数派たちに、勇気と希望を与えるだろう。



 帝国内で異端だと罵倒されることも、その先に待つ死の恐怖も、全てを理解し、飲み込んだ上で。


 目の前のテオ・ブラストという男は、笑っていた。


 力強く、堂々と、毅然と前を向いて――。

 

 口先だけじゃなく、決意と行動でもって示している――『これが、真の帝国男児の強さなのだ』と。


 

――あぁ、テオ・ブラスト。君はなんて……かっこいい男なんだ……。


 彼の雄姿を見つめ、アーサーはこみ上げる切なさとともに、そう強く思った。



 帝国使者たちが抗議をやめたことで、喧噪けんそうに包まれていた議場は、一瞬にして静寂に包まれた。



 大勢の人間が固唾を呑んで事のなりゆきを見守る中、黄金の瞳を輝かせたテオは立ち上がり、重くよどんだ沈黙を切り裂くように高らかに宣言した。



【私、帝国使節団最高責任者テオ・ブラストは、リベルタ王国との和平を誓う。すみやかに帝国議会を開き、リベルタ王国が提示した条件を達成できるよう尽力すると……ここに、我が命をかけて宣言する――!】



 迷いのない凜とした声が広い議場にこだまする。


 彼はアーサーに視線を移し、表情を緩めて言った。



【オルランド殿。会談の初日、あなたは俺にこう尋ねたな。『沢山の屍の上に築いた国で、貴族として何を成すおつもりですか?』と】


【はい】


【その答えを、ここで言わせて頂こう】



 陽光にきらめく黄金の瞳で周囲をぐるりと見渡し、帝国色の軍服を身にまとう胸を張って。



【あまたの屍の上に築かれた国など、俺は要らない。欲しいのはただ一つ。帝国の全ての民が、死を運ぶ冬に怯えず、貴族の不興を買うことを恐れず、異端になることをためらわない。そんな、真に強く優しい帝国を作ることだ!】

 


 テオ・ブラストは世界中の人々に届くように、ありったけの情熱をぶつけて叫んだ。



【――志を同じくする者よ、目を閉じ耳を塞ぐな! 立ち上がれ! 声を上げろ! 今こそ沈黙のらせんを、打ち破れ!!】


 

 誰もが予想し得なかった強硬派ブラスト侯爵家嫡男の衝撃的な発言。

 


 この日の会談記録は、セヴィル帝国の新時代の幕開けとして、後生に語り継がれる重要な歴史の1ページとなる。



 そして、テオ・ブラストという男の名と意志も、人々の記憶と記録の中に刻み込まれる……のだが。

 

 それはまだ、もう少し先のお話。







 会談終了後、すぐさま帝国使者たちに取り囲まれたテオは、宿泊離宮の一室にて非難の嵐にさらされていた。



 【和平合意の撤回】――という使者らの抗議に一切頷かず、ただひたすら耐えること数時間。


 気が付けば、すっかり日が落ちてしまっていた。

 

 リベルタ王国では、今日の会談内容の号外の新聞が出されている頃だ。

  

 その内容は、帝国上層部も知ることとなり、明日には強制帰国の命令が出て帰国することになるだろう。



――ソフィアとオルランドに別れの挨拶が出来れば良いのだがな。



 腕組みしてそんな事を考えていると、円卓の対岸に座っていた強硬派の重鎮貴族が、吐き捨てるように言葉を投げかけてくる。



【強硬派の恥さらしが!お前のような男がブラスト侯爵家の嫡男だと?はっ、笑わせる。侯爵もお前には、ほとほと失望しているだろうよ!――帰国した暁には、何が待っているか。さすがに愚かな貴様でも、分かっているな?】


【無論、全て承知の上だ。拷問するなり処刑するなり好きにすればいい】


 興味なさそうに言ってのけるテオに、強硬派の貴族たちは大いに動揺した。

  

【貴様……死が怖くないのか……そこまで狂っているのか?】


【俺は死にたがりの狂人ではない。もちろん、死ぬのは怖い。だが、命をかけるに値する大事なものが見つかった。それを失ったら、俺はきっと生きていけない。ふっ、『何を言っているのか、分からない』と言った顔だな……別に、誰に理解されなくても結構だ。――分かる奴にだけ伝われば、俺はそれでいい】


【ブラスト様……あなたは……】


 最後の一言に呟きをこぼしたのは、フランツ伯爵だ。

 

 フランツ伯爵以外にも、円卓に座った貴族の中には数人、テオへ尊敬と悲しみの混ざった眼差しを向ける者達がいる。

  

 自分の亡きあと、彼ら少数派が沈黙を破る挑戦者になってくれるのを祈るばかりだ。


 

 結局その日、テオが解放されたのは満月が夜空の一番高いところに登る時間帯だった。


 自身に宛がわれた部屋へ戻る途中、迎賓館職員が駆け寄ってきた。


 ソフィアとアーサーがテオへの面会を求めているらしい。何時でも構わない、一目会いたいと、今も執務室で待機しているそうだ。


 ――二人からの伝言を聞いて、テオは目元を緩めて微笑み「呼んできてくれ」と職員に伝えた。


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