第74話 不穏な影【side:テオ】

 翌日の午前――。


 会談前にテオは新聞を読みながら、一人渋い顔をしていた。


 自分たち帝国使節団の第二陣が来てから、リベルタ王都の治安は急激に悪くなった。

 

 やたらと目につくのが、セヴィル帝国からの不法越境者による犯罪だ。

 

 彼らは夜ごと、貴族宅や市街地でボヤ騒ぎを起こしたり強盗未遂を行ったりなどやりたい放題で、王都市民は怯えながら日々を送っているらしい。


 帝国に対するリベルタ市民の悪感情は日に日に強まるばかり。

 

 昨日街を歩いている時にも、多くのリベルタ市民がセヴィル帝国に対して不平不満を口にしていた。


 例えば……。


『何故俺達リベルタ人がセヴィル人に怯えなきゃいけないんだ?』


『ここは俺達の国だ! さっさと不法越境の問題も片付けて安全な街を取り戻してくれないと、怖くて飲みにも行けやしない!』


『悪いことしているのは全部セヴィル人でしょう? なのに、どうして国は動かないのかしら。和平なんて本当に実現するの? 不安だわ』


『セヴィルの奴め。数十年前も戦争をしかけて来やがって。今度こそ絶対に許せない。我々リベルタ王国の力を見せつけてやるべきなんじゃないのか? 』


 市民が帝国に抱いているのは恐怖心や不信感、そして敵対心。

 

 リベルタ世論も確実に、帝国との衝突の道へと突き進もうとしていた。

 

 両国で開戦の機運が高まっている。

 

 テオは紙面に目を走らせながら【妙だな】とうなった。


――ここ数日の事件は明らかにおかしい。

 

 特に、頻発するセヴィル人による軽犯罪の数々。 


 不法に国境を渡るセヴィル人の多くは貧しい庶民だ。

 彼らは、越冬のため南下する渡り鳥のように、救いを求めてリベルタ王国にやってくる。


 貧しさ故、生きるために異国で犯罪をおかす……それは理解出来るが、こんなに頻発するものだろうか?


――これは仮定の話だが……。


 もし、わざと不法越境者に王都各地で騒ぎを起こさせ、市民の恐怖心をあおることで、リベルタ世論を帝国との全面戦争へと持ち込もうとしている者がいるとしたら……。


【つじつまは合う】


 帝国側に強硬派がいるように、リベルタ側にも戦争によって利益を得るやからがいるのだろう。


【まったく、人はなぜ平穏に生きられないのだろうな……】


 恐らくオルランドあたりは既にこの事に気が付き、対処に乗り出しているとは思うが、あの男がいかにやり手でも、このままでは確実に両国に血の雨が降る。


 テオは新聞をたたむと、音もなくため息をついた。


 そもそもの不法越境問題は、帝国が民の生活を軽んじていたことが原因だ。

 

 貧しさも戦争も、全ては身から出たさび。


 であれば、責任ある立場の自分がすべきことは一つしかない。


【貴族である限り、俺には命をかけて皆を守るべき義務と責任がある。帝国男児たるもの、今こそ強さを、見せる時だ】


 テオはデスクの上に置いてある、いくつかの『物』を見つめ、引き出しの中に大切に入れた。


 

 【よし!】――意を決して声を出す。



 椅子から立ち上がると、全てに決着をつけるため、重たい扉を勢いよく開け放って外に出た。迷いのない足取りで、会議場に向かって歩き出した。



 凜と胸を張って前を向き、漆黒のマントをなびかせて。


 金色の瞳は遙か先――守りたい人々の笑顔を思い浮かべ。

 

 不敵に笑った帝国男児は高らかに軍靴を響かせ、自らが進むべき道に一歩足を踏み出した。





 


 一方、会談開始前に議場で本日の内容を再確認していたアーサーは、近付いてきたロイドに『耳を貸せ』とジェスチャーされて顔を寄せた。



「切り札が来た」



 防戦一方だったリベルタ側の形勢が大きく変わるかもしれない吉報だ。


 だが、まだ帝国側には悟らせたくない。

 

 アーサーは無表情で頷く。




 ほどなくして、定刻になった。

 

 日程も終盤戦。


 波乱の展開が予想される本日の両国会談が、幕を開けた――。


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