第69話 非効率で不経済で、最高にロマンティックな祭り
テオは指さした先――広場の中心にあるツリーを見て、「あの針葉樹は何だ? なぜ広場の真ん中に植えているんだ? 何かの宗教儀式用か?」と矢継ぎ早に質問をする。
「あれは、お祭り用のツリーを設置している所なんです。王都では年末になると冬祭りが行われて、毎年多くの観光客や市民が訪れるんですよ」
「広場で願い事をして幸せを祈る、冬の一大イベントなのさ」
「ほう。では一年中置いておけば良いものを。どうしてわざわざ撤去して設置し直すんだ? 手間だろ。あと費用がかかる。非効率で不経済だな」
「期間限定だからこそ、よりロマンティックに感じる部分もあるのかもしれません。帝国にも冬祭りみたいなイベントがあれば楽しそうですね」
「帝国にはそういうお祭りはないの?」
アーサーの問いに、ソフィアとテオは揃って微妙な顔をした。
「男性限定の夜通し軍事パレードや森での狩猟大会はありますが、女性や子供も楽しめるものは少ないですね」
「あと、男だけの寒中水泳大会もあるな。あれは心身共に鍛えられるが、命がけだ」
「……僕、リベルタ人で本当に良かったよ」
多くの人の手で植樹され、丁寧に飾り付けられてゆくツリー。
男性たちは土や大荷物を運び、女性や子供は熱心にリボンやオーナメントを作っている。
木の周りを等間隔に彩るのは、ポインセチアの植木鉢だ。
燃えるような情熱の赤色が、冬景色によく映えていた。
その場に佇み、しばらく穏やかな日常の様子を見つめていたテオは、微笑んで言った。
「街とは本来、こんなに賑やかで明るい場所なんだな。ぬくもりを感じるのは、沢山の市民の熱気で温められているからだろうか?それとも、ただの心理的なものなのか……。実に不思議だ。面白いものがありすぎて時間がいくらあっても足りない」
彼は子供のように目を輝かせながら、どこか達観したような笑みを浮かべるという……実にアンバランスな表情をしていた。
「俺は自分が物知りだと思っていたが、それは勘違いだった。世間知らずもいいところだ。俺だけじゃない、帝国の人間のほとんどが世間知らずなのだ。周囲を見ようとしないから、自分達の間違いにも気付けない。人々の笑顔と活気ある街がどんなに美しく、かけがえのないものか。それを知ればきっと、俺のようにこう思うはずだ」
あぁ、この世界を壊せるわけがない――――と。
テオは目を閉じて呟くと、冬のしんと澄み渡る空気を吸って白い息をはき、まぶたを持ち上げた。
金色の瞳の色や姿形は先程と同じなのに、どこか違う青年のように思える。
まとう雰囲気が変わったのか、それとも表情が変わったのか。
彼はどことなく柔らかな空気を漂わせて、「そろそろ行くか――」とこちらに微笑みかけた。
広場を通り抜け、ハンナの待つ店へと向かう。
「冬祭りの完成を見たかった……」
名残惜しそうに背後をちらりと振り返り、テオがこぼした呟き。
木枯らしに乗って届いた寂しそうな声が、やけにソフィアの耳にこびりついて離れなかった。
広場から歩くこと数分。
三人は無事に目的地にたどりついた。
レストランの立て看板には『本日は臨時休業いたします』の文字。
ハンナに頼んで店を一日貸し切りにしてもらったのだ。
「テオ様。心の準備が出来たら、いつでも――」
「あぁ。もう決心はついている」
白い店の外壁に映える赤茶色の扉の前で、テオは七三に分けていた髪を片手でぐしゃぐしゃとかき乱し、眼鏡を外して一つ深呼吸をする。
そして、意を決した様子でドアノブに手をかけ……開いた。
カランコロンとドアベルが鳴り響く――。
その瞬間、ずっと入り口に腰掛けて自分達の訪れを待っていたのだろう。
【テオ坊ちゃん……!】
ハンナが椅子から立ち上がり、泣き笑いを浮かべてテオを出迎えた。
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