第65話 愛しい人を待つ【side:テオ】

 自室でソフィアの訪れを待ちながら、テオは想いをせる。



 最初に自分が、ソフィア・クレーベルに抱いた感情は、ただの関心だった。


 

 他の帝国令嬢とは違う世界を見ている少し風変わりな女性。


 自分も帝国強硬派の人間として普通じゃない考えを持っているから、どこか親近感を抱いたのだろう。


 しかし、離れればいつか興味も薄れるだろうと高をくくっていたが……結局、忘れることは出来なかった。


 

 むしろ大人になって葛藤することが多くなるにつれ、『ソフィアならどう考えるだろう』と想いをはせる時間が増えていった。

 

 欲しいと願う気持ちは強くなるばかり。


 再会した彼女は、昔のまま大人になっていた。


 ……いや昔のままではないな。


 ますます聡明で自立した……綺麗な女になっていたのだ。



【はぁ、俺も末期だな】



 テオは髪をかき上げて、ため息をつく。


 もし自分が理性のない獣のような人間だったら、彼女をこの部屋に監禁して、無理矢理にでも帝国に連れ帰っていただろう。


 だが、そんなことをすれば一生嫌われると分かっているから、しない。


 したくない。



【……ソフィア、遅いな……もう五分も待っているぞ。この俺を待たせるとは、罪な女め。……もしや、あの、なんちゃらオルランドとかいう男が、ここに来るのを妨害しているのではないだろうな。くそ、忌々しい男め。今日こそは出禁にしてやるぞ】



 テオは金髪の貴族の顔を思い浮かべ、舌打ちをした。

 

 自分は男の名前と顔を把握する趣味はないため……なんとかオルランドというボンヤリした雰囲気で覚えている。


 あの、薄ら寒い笑顔を浮かべた弱そうな男だ。



 だが、あいつは見た目に反し意外に力も強く、思ったことをはっきり述べる奴だと最近知った。


 

 帝国では自分に物怖じせず意見を言う同世代の貴族は少ない。


 もし自分が、リベルタ王国の生まれだったら、あの男と友になる未来もあったのだろうか?

 

 何の迷いもしがらみもなく、ソフィアへの想いを綺麗な言葉に乗せて、紡ぐことが出来たのだろうか?



 仮にそんな優しい世界があるのなら……俺は迷わず選ぶだろう。



――我ながら馬鹿な想像だな。


 頭を軽く振って考えるのをやめた。


――今日は三人で……いや、ソフィアと、どんな話をしようか。 



 迷っていても決断の時は来る。

 

 別れの朝は必ずやってくるのだ。


 だがせめて、この一瞬だけは……。


 日だまりのような彼女の温かな微笑みを眺めながら、小うるさいアイツとガキのように騒いでも罰はあたるまい。


 

 テオは緩みそうになる口元を引き締め、彼女たちの訪れを待つ。


 

 ほどなくして、いつも以上にニコニコとほほ笑む可憐なソフィアと、良い匂いのするバスケットを持ったアーサーが自室にやってきた。



 彼女は【実は今日、テオ様にプレゼントがあるんです】と言うと、アーサーからバスケットを受け取り、テーブルの上に置いた。



【ほう、ようやく俺に敬意をはらい、みつぎ物をする心意気が出てきたのか? オルランド。だが残念だな。俺は男からのプレゼントは受け取らん主義なんだ】


【用意したのは僕じゃない、ソフィアだけど……要らないんだな?】


【いや、要る。いいだろう、受け取ってやるぞ】


【相変わらず、偉そうだな君は】


 尊大に頷けば、横から容赦なくうるさいツッコミが飛んでくるが、贈り物を目の前にしたテオは気分が良かった。


 オルランドの小言も、今の自分には小バエの羽音程度の煩わしさだ。


【さぁ、見せてみろ。中身は、食い物か?】


【はい、とある人に作ってもらった、テオ様への特別な一品です。先ほど届いたばかりで出来たて熱々なので、気を付けて召し上がって下さいね】



 彼女がゆっくり開けたバスケットの中身をのぞき込んで、テオは驚きと衝撃に一瞬頭が真っ白になった。


【これは――】


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