第12話 新たな出会い

 リベルタ王都女学院での日々は、決して楽なものではなかった。


 ソフィアは幼い頃から独学でリベルタ語を勉強していたため、文字の読み書きはある程度出来た。

 

 しかし、聞き取って話すことはなかなか上手くいかず、最初の一年は特に苦難の日々だった。


 授業は先生の言葉を聞き取るだけで精一杯。


 分からない所があっても疑問点を上手に伝えられないから、まずは何でも自分で調べなきゃ。

 

 友人達のハイペースなおしゃべりにもついて行けず、会話に入り損ねて寂しい思いをした経験は数え切れない。

 

 勇気を出して伝えようとした言葉も、変な誤解を与えてしまい嫌な顔をされたり、思っている通りの意味にならず無視されたり……。


 上手くいったことより挫折の方が圧倒的に多かった。


 経験した傷や悩み、流した涙の数はもう覚えていない。


 貴族令嬢の時に比べ毎日とても不安で、孤独で、苦しい時間が続いたが、ソフィアは決して諦めなかった。


 セヴィル帝国とは違い、リベルタ王国では好きなだけ勉強ができる。知識をつけることを無駄だと言われず、何かに悩み考え、発言することを禁止されない。

 

 それが、ソフィアにはとても嬉しかったのだ。


――『自由には責任が伴う』。……お父様。私、今になって意味が少しだけ分かった気がする。でも、みんなに迷惑かけて国を出た以上、絶対に諦めないからね。

  

 ソフィアは自室で一人、「よしっ!」と明るい声を出して自分を奮い立たせると、ペンを握り直し、手元にあった教科書に目を落とす。


 分からない事だらけの中、少しずつ勉強し、試して、失敗し、挫けそうになりながら再び勉強して……。


 ひたすら前へ前へと進んだ。

 

 最初は話すのにも苦労していたがソフィアだが、テストの度に着実にステップアップ。


 最終学年に上がる頃には語学はもちろんのこと、他の科目でも優秀な成績を残すようになっていた。





 卒業まで一年を切り、周囲で結婚や就職など、進路の話が流れ始める頃――。


 ソフィアは放課後、壁に張り出された期末テストの結果を確認していた。


『1位:900点満点 

 デイジー・スコット

 

 2位:810点

 ソフィア・クレーベル

 

 3位:780点

 ――――・―――― 

 

 ・

 ・

 ・                   』



――デイジー・スコットさん。いつも一番で凄いなぁ。どんな子なんだろう? 私も頑張ろう!


 そう思いながら図書室に向かって廊下を進んでいると、遠くの方からバタン! と何かが倒れる大きな音が聞こえて驚く。


 慌てて振り返ると、そこには床に倒れている小柄な少女と、彼女が転んだ際に落としたのだろう、大量の紙やノートが周囲に広がっていた。

 

 そして、少女の周囲には、三人組の女生徒がニヤニヤと意地の悪い顔をして笑っている。


 女生徒の一人が不自然に片足を前に出していることから、彼女が小柄な子をわざと転ばせたのだと一瞬で分かった。


 彼女達は転んだ少女を見下ろしながら、大声で話し始める。 


「やだ、また転んでるの? デイジー・スコット。ほんと鈍くさすぎ。廊下すらまともに歩けないアンタが、どうして毎回学年一位なワケ? おかしいでしょ」


「というか、絶対変よ! 一位のデイジーも変だけど、二位の奴はもっと変! 外国から来た子よね?」


「うん! 確か、北の貧しい野蛮な国から来た女でしょ? 名前は……あれ、なんだっけ思い出せない。……たしか、一番最初の文字が『ソ』だった気がするんだけど……」


「そうそう!ソ……ソ……ソなんちゃら。あぁ……名前が思い出せそうで思い出せない!!アレよ、アレアレ……」


「そうアレなのよ。あぁっ、もう!喉のここまで名前が出かかっているのにッ」


 三人組の女学生達は自分の喉元をトントンと叩くと「ここ!ここまで名前が出かかってるの!!」と言い合い、もどかしそうな顔をしながら頭を悩ませている。


 すると、そのうちの一人が急に「あっ!思い出した!」と声を上げ、胸を張って自信たっぷりに大声を上げた。


「ソフト・クレープ!」


「そうそう!それそれ!確かそんな美味しそうな名前だった気がするわ!!」


「ていうか、クレープって聞いたらお腹空いてきちゃったんだけど」


「あたしも! 甘いもの食べて帰ろっか」


「いいね!そうしよ、そうしよ!っていうか、アレ? あたしたち何しにここに来たんだっけ?」


 彼女達は恐らく、常に成績一位のデイジーに嫉妬し、『ちょっと意地悪でもしてやろう』くらいの気持ちだったのだろう。 

 

 しかし、話題がソフィアへと変わったことで、見事に当初の目的を忘れてしまったようだ。


 三人組は「何食べるかな~」なんてノンキな会話をしながら嵐のように去って行った。

 

 呆気にとられていたソフィアは『はっ――』として気を取り直し、同じく呆然と床に座り込んでいるデイジーに駆け寄った。


 そして、彼女の落とした資料を一つ一つ丁寧に拾ってゆく。


「ぁ……すみません。わたし、一人でも拾えますから……」


「一緒にやった方が早く終わるわ。手伝ってもいいかしら?」


 にっこり笑って尋ねると、デイジーはずり落ちた丸眼鏡の奥の瞳をまん丸に見開き、嬉しそうに、はにかみながら「ありがとう」と言った。


 散らばった物を手早く片付け立ち上がり、ソフィアは床に膝をついているデイジーに向けて手を差し出す。

 

「私、ソフト・クレープじゃなくて、ソフィア・クレーベル。デイジー・スコットさん? よろしくね」


「ぁ……の。よろしく・・・・・・お願いします」


 おずおずと伸ばしてくる小さな手を握り、ソフィアは彼女を引っ張り上げる。

 

 立ち上がった瞬間、ふわり――とデイジーの紺色の制服のすそが揺れ、長い茶色の三つ編みが波打つ。

 

 丸眼鏡ごしに視線が合った途端、デイジーは慌ててソフィアから視線を外し、手を離して押し黙った。


 そして、困惑したようにオロオロと目線をさまよわせながら、言葉を探して口を開き、閉じを繰り返している。

 

 秀才デイジー・スコットは、人見知りのようだ。


 ソフィアは彼女の持っている大量の本や資料を指さすと「デイジーさんも図書室に行くの?」と尋ねた。


 デイジーがこくりと頷く。


「私もこれから自習しに行くところなの。もし嫌じゃなければ一緒に行きましょう?」


 デイジーは一瞬困った顔をしたものの、ほがらかに笑うソフィアに悪意がないのを察したのか「うん」と頷いた。


 図書室に向かう途中、好きな本を尋ねると、デイジーは饒舌じょうぜつに語り出した。


 自然な流れでおすすめの小説を紹介し合ったり、授業で分からない所を教え合ったりするうちに、その日が終わる頃には、気付けば二人はすっかり打ち解けていた。

 

 特に何かを約束したわけでもないのに、お互い放課後には図書室へ行き、他愛ない話をしたり、一緒に勉強をしたり――いつの間にか、それが日常になっていた。



 異国の地で初めて出来た『親友』と呼べる人。

 デイジーとの出会いは、ソフィアの孤独な毎日に温かな光を灯した。




 次話『夢に向かって!』


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