2章:芸術と文化のリベルタ王国
第11話 新世界へ
ソフィアを乗せた馬車は無事、両国を繋ぐ橋を渡り終えた。
リベルタ側の関門をくぐると、ついに本格的に隣国へ足を踏み入れる。
セヴィル帝国と陸続きで接する、リベルタ王国最北端の国境山岳地帯コンフィーネ地方――。
寒々とした平原が広がるセヴィル帝国と違い、車窓から見える景色は広大な山々。田畑や牧場。
また、街並みは、まるでおもちゃのように色とりどりの家が建ち並び、美しい。
街と街を繋ぐ道の両脇には桜の木が等間隔で植えられている。
満開に咲き誇った花々が風にさざめき、淡い花弁がひらひらと舞い落ちる。
途中の街で泊まり休憩を挟んで、馬車はひたすら南を目指し突き進んだ。
ソフィアの心の中を占めていた寂しさは、いつしか期待に変わっていた。
命の輝きに満ちた美しい春景に見とれているうちに、リベルタ王国の中心部――首都に無事到着した。
「ソフィア様。このまま女学院の寮まで行ってもよろしいですか」
「いいえ。少し街を散策して行きたいから、商業地区の入り口に下ろして。代わりに荷物を寮までお願い」
「かしこまりました。お荷物は、この私めが責任をもって運んでおきます」
「ここまで本当にお疲れさまでした。ありがとう、セルゲイ」
馬車を降りて、ここまで同行してくれた御者兼護衛役のセルゲイに丁寧にお礼を言うと、彼は目元のしわをさらに深くして、少し涙ぐんだ様子で目元を拭った。
「最近涙もろくなっていけませんね」と話す筋骨隆々な彼は、ソフィアが生まれた時から我が家に使えている使用人だった。
彼は姿勢を正すと、帽子を脱いで胸に抱え、深々と頭を下げた。
「使用人を代表し、このセルゲイ、ここまでお供出来たことを光栄に思います。ソフィアお嬢様。お気をつけて、いってらっしゃいませ」
「ありがとう。行ってきます!」
幼き日からずっと側に居た従者に見送られ、ソフィアはリベルタの地で一歩足を踏み出した。
ソフィアが降り立った新天地――芸術と文化、流行の発信源リベルタ王国。
世界各国から観光客が訪れる街並は、閉ざされたセヴィル帝国とは全く違う。
まるで異世界のようだった。
まず驚いたのが、行きかう人と物の多さ。
右を見ても人!左を見ても人!
車道では馬車や荷車が行き交い、歩道では様々な人が足早に通り過ぎていく。
庶民も貴族も関係なく同じ道を歩いていることがソフィアには衝撃的だった。
祖国では、貴族は馬車を使って移動し、庶民は貴族が利用する大通りを避けて裏道を歩く。
そのため街のメインストリートは常に静まりかえり、馬の
しかし、リベルタ王国の街は違う。
津波のように押し寄せる活気のある人々の話し声と熱気。胸を高鳴らせる軽快な馬車の音。
商業区画には飲食店や洋服店、カラフルな外観の色々なお店が建ち並んでいる。
どこからか漂ってくる食欲をそそられる香りにつられて歩いて行くと、カフェのテラス席では男性が大きなステーキを口いっぱいに頬張っていた。
その隣のテーブルでは、貴婦人が新聞紙片手にアフタヌーンティーを楽しんでいる。
花壇で彩られた大通りを歩いていると、遠くの方から優雅な音楽が聞こえてきた。
音色を辿って行き着いた白亜の大広場では、多くの人々で賑わっていた。
音楽家が弦楽器を奏で、大道芸人が曲芸を披露し、芸術家が似顔絵を描いている。
――みんな、すごく楽しそう。ふふっ、何だか私も楽しくなってきちゃう。
純白の広場を取り囲む木々の葉と桜の花弁が空を舞い、噴水のしずくが陽に照らされキラキラ輝く。
景色にうっとり見惚れていると、広場に建つ鐘楼の鐘がゴーンゴーンと鳴り響いた。
立ち止まっていたソフィアは、その音色で夢から目覚めたように『はっ――』として再び歩き出す。
―― 本で見た景色と全然違う……。もっと綺麗で、壮大で、明るい。世界って、こんなに美しかったんだ。
再び商業区画の大通りに戻る途中、細い裏路地をのぞき込むと、大通りとはまた違った
背の高い住宅が身を寄せ合い建ち並び、道が
集合住宅のベランダに並ぶのは、色とりどりの植木鉢。
家と家の間はロープで繋がっており、カラフルな洗濯物がゆらゆら揺れている。
ソフィアは期待と興奮に胸を高鳴らせた。
――私、ここで生きていきたい。多分、ここも美しいだけの世界じゃないかもしれないけど、私はこの国で自分の道を見つけるんだ。
いつの間にか、心の中を満たしていた不安の影は跡形もなく消えていた。
代わりに未来への希望と決意を胸いっぱいに抱いて、ソフィアは歩き出す。
こうして、自由に空飛ぶ鳥たちに憧れた令嬢は今まさに、翼を広げ籠の中から大空へ向かって羽ばたいた――。
次話『新たな出会い』
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