第9話 テオの末路【side:テオ】

  一方、完全に置いてきぼりを食らった事をまだ知らないテオは、いつも通り書斎で代筆官と向かい合い、すっかり日課になったソフィアへの手紙をしたためていた。


 しかし、今しがた届いたクレーベル家からの手紙を読んだ途端、驚きに目を見開き、勢いよく立ち上がった。


 ビクッと肩を跳ねさせる代筆官になど目もくれず、文章を何度も読み返す。

 


 決して長くない文面を何周かした頃、テオはおもむろに顔を上げると、クレーベル家からの手紙を代筆官に突きつけて「これはどういうことか説明しろ」と命じた。


「俺にはソフィアが『留学した』という文字に見えるのだが、これは何かの書き間違いか? 未婚の貴族女性が何の理由もなく留学するなど、前代未聞だぞ。きっと何かの間違いに違いない。そうだ。そうに違いない。だろ!!代筆屋!」


 手紙を受け取った気弱な代筆官の男性は、テオの剣幕に「ひぃ」と怯えながら、おずおずと文面に目を通す。


 そして、内心頭を抱えて『ここから逃げたい』と思いながら、恐る恐る口を開いた。


「これは……その……たいへん……大変……申し上げにくいのですが……」


「何だ、声が小さくて聞き取れんぞ!もっと大きな声で言え!」


「はいぃぃ!!たいっへん申し上げにくいのですが!内容を見た限り間違いなく、ソフィア様は外国に留学された模様です!!なので今後は手紙を控えて頂きたいと、クレーベル家からやんわり拒絶されております!!!」


「なっ……そっ、そんなわけないだろう!!!もう一度クレーベル家に手紙を出すぞ。あと、念のため貴族女学院にも問い合わせなければ……。おい、ぼさっとするな!さっさと文章を考えろ!」


「はいぃぃ!かしこまりましたッ!」


 代筆官はペンを走らせながら、心の中で思った。


『あぁ、最悪の結末だ……。ソフィア様、よっぽどテオ様が嫌だったんだなぁ……そりゃそうだよなぁ。この人、悪い人ではないんだけど、怖いし、暑苦しいし、無駄に声大きいし……逃げたくなる気持ち分かるー。それにしても、クレーベル家は思い切ったことをしたな』

 

 そして、知りたくもなかった侯爵子息の失恋現場にうっかり居合わせてしまった不幸に、こっそり溜息をついたのだった。


 


 

 各所からの情報収集を終えたテオが、ソフィアの留学という事実を受け入れたのは、それからしばらく経った後のことだった。



 詳細を知るため、クレーベル家と貴族女学院に問い合わせをしたが、返事は『個人情報のためお答えできません』の一点張り。

  

 人を雇って各国を調査させた結果、隣国に行ったとの情報を掴んだ。


 すぐさま留学先の貴族女学院を全て当たらせたが……ついに彼女を見つけることは出来なかった。


「まさか……貴族ではなく平民も行くような女学院に編入したというのか?どうしてそこまで……なぜだ……何故なんだ!!」


 まるで身を隠すかのように居なくなった彼女。



 テオは書斎で一人叫ぶと、花のように微笑んでいたソフィアの顔を思い浮かべ、天を仰いだ。



「何故だ! お前はあんなに……俺の話を黙って聞いていたではないか!俺のものになったんじゃなかったのか!答えろ……答えろ、ソフィアァァァァア――!!!!」



 空気を震わせるほどの大声で名を呼ぶが、応える者はもうこの国には居ない。



 テオは後ろの椅子に倒れ込むように座るとギラついた目で虚空を睨んだ。


「どこに居ようとも、必ず見つけ出してやる。……俺は、強い人間なんだ。欲しいものは絶対に手に入れる。ブラスト侯爵家の男として、女に逃げられるなどあってなるものか。ソフィア・クレーベル。お前は――」



 【俺の物だ】



 最後の一言は、愛の告白にしてはあまりに仄暗く、怨嗟えんさの呪言にしてはあまりに甘美。


 それはまさに、愛憎という言葉が最も相応しい響きだった。





 1章:『鳥かごから羽ばたく令嬢ソフィア・クレーベル』 完


 次章:『芸術と文化のリベルタ王国』





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