第13話 夢に向かって!

 橙色に染まる夕焼け空の下、初夏のぬるい風を感じながら二人で帰路につく。


 いつも通りおしゃべりしながら歩いていると、隣に居たデイジーがぽつりと呟いた。


「ソフィアには将来の夢ってある?」


「夢? うーん、私、迎賓館で働けたらいいなと思ってるんだ。デイジーは?」


「わたしは……政府の書記官になりたいんだ。おじいちゃんがね、書記官だったんだ!すっごく格好よかったんだよ!私もあんな風になりたくて一生懸命頑張ってて……でも最近、私には無理かなって思って……」


 デイジーは立ち止まると「諦めたんだ」とうつむいた。


 同じく立ち止まり、思わず「どうして?」と聞くソフィアに、彼女は苦く笑って吐き捨てるように言った。


「だって、わたしには何の取り柄もないから無理だよ。勉強は頑張れるけど他は何もかもダメ。人見知りだし、鈍くさいし。お父さんもお母さんも、みんな『お前には無理だ。頑張るだけ無駄だから、別の道を考えなさい』って言うんだ。昔はおじいちゃんが応援してくれたけど、もう……いなくなっちゃったから……」


 ソフィアは今のデイジーを見て、過去の自分を思い出した。

 

 好きなことを追い求めるのを無駄だと言われる辛さ。


 なりたい自分と、周囲から求められる自分との狭間で不安定に揺れ動く気持ち。


 頑張ろうと決めたのに、周りからの心ない言葉で自分自身を信じられなくなる瞬間。


 全部、ソフィアには痛いほど分かってしまった。


 だからこそ、『もっと頑張れ』『他人の言葉になんか負けるな!』なんて、簡単には言えない。


 だって、彼女は今も一生懸命頑張っているからこそ辛くて、誰より『負けたくない、諦めたくない』と思っているからこそ、悩み苦しんでいるんだから。


 ソフィアは俯いて考えを巡らせると、ぽつりぽつりと言葉をこぼした。


「私、デイジーのこと、ずっと凄いなって思っていたの。いつも学年一位で、それも毎回満点のダントツ一位!本当に凄いわ!」


「それは……頑張ればみんな出来ることだから、全然大したことないよ」


「そんなことないよ。勉強が出来るのは勿論すごいけど、そこまでずっと頑張り続けられる所が何よりすごいと思う。どんなに苦しくても、大変でも、毎日毎日コツコツ努力してきたんだなって。そんな頑張り屋なデイジーに、私、ずっと憧れてる」


 デイジーは頬を真っ赤に染めると、「そ、そんなに褒めないでよ!照れちゃうよ」と言って、両手で顔を覆ってしゃがみこんだ。


 ソフィアは、出会った時と同じくデイジーに手を差し伸べる。


 夏の蒸し暑さを跳ねのけるくらい晴れやかに、伸び伸びと。

 

 心からの想いを精一杯ぶつけるように、思いっきり笑って言った――。


「他の誰が何と言っても、私はデイジーの頑張りをずっと、ずーっと応援する! 本当だよ!」


 彼女は最初、ぽかんとしていた。


「応援なんてされたの、久しぶりだよ。ソフィア。私のおじいちゃんとおんなじこと言ってるから、びっくりしちゃった」


 彼女は一瞬顔を大きく歪めると、すぐさまうつむいて制服の袖で目元をゴシゴシと何度も拭った。


 そして、自分に言い聞かせるように呟き、勢いよく顔を上げる。


「こんなにまっすぐ応援してくれる友達がいるのに、諦めるなんて格好悪いよね」


 デイジーはもう泣いていなかった。


 笑顔でソフィアの手を取り、しっかりと地面を踏みしめて立ち上がる。


 丸眼鏡の奥にある瞳は夕日を受けて力強く輝き、茶色の三つ編みが踊るように跳ねる。


「わたし負けないよ。鈍くさくて人見知りなのはすぐに変えられないかもしれないけど、頑張り屋の底力、見せてやるんだからっ!」


 暗い顔をした少女はもうどこにも居なかった。


 代わりにそこにいたのは、地平線に沈む太陽にも負けないくらい明るく笑い、未来に向かって歩き始める一人の女性の姿だった。

 

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