第2話 超上から目線の恋文……?
ソフィアのもとに、テオ・ブラスト侯爵子息から手紙が届いたのは、舞踏会から数日後のことだった。
『拝啓 ソフィア・クレーベル様。
あの舞踏会でお会いした時から、あなたは他の
我がブラスト侯爵家の権力に取り入ろうとせず、かといって、相手の地位を推し量れず不敬を働く愚か者でもない。
見れば、平和の間の素晴らしさを理解する知性もおありの様子。
容姿、身分、立ち居振る舞い、教養――どれをとっても、このテオ・ブラストの妻になるに相応しい人物だとお見受けする。
そこで、私に生涯を捧げ、我が高貴なるブラスト侯爵家の一員となる栄誉をあなたに差し上げよう。
どうかな?光栄な話だろう?
返事を待っている。
私は、あまり気が長いほうではない。これを読んだらすぐさま手紙をしたためるが良いだろう』
最後まで読み終えたソフィアは顔を上げると、「えぇ……なにこれぇ……」と呟いた。
後ろから手紙をのぞき込んでいたソフィアの弟ルカも、片手で額を押さえてため息をつく。
「何だこの超絶上から目線の怪文書は。おいソフィア。お前、一体何やらかしたらこんな厄介な奴に目をつけられるんだ」
「いやいや、何もしてないよ! ほんとだよ! ちょっと、そんな疑うような目で見ないで。本当に何も身に覚えがないから怖いのよ……これ、どうしよう……」
頭を抱える姉を眺めながら、弟は「面倒なことになったな」と呟いた。
超絶上から目線の内容はどうであれ、手紙の差出人は侯爵子息。無視を決め込むことも出来ない。
両親に相談した結果、文章の専門家であるクレーベル家お抱えの代筆官を通し、正式な返信文書をしたためることになった。
当たり障りのない丁寧な文言で、『お気持ちだけ頂戴いたします』という趣旨のやんわりとしたお断りをする。
高位貴族からの恋文。本来なら女性として喜ぶべき場面なのだろうが、いかんせん今回は相手が悪かった。
ブラスト侯爵家はセヴィル帝国の貴族らしい貴族、つまり保守的な一族として有名だ。
新しい価値観や文化を良しとしない。世界各国が戦争をやめて平和的解決の道を模索する新時代になっても、武力による国土拡大と強さを追い求める――。
いわゆる『強硬派』という派閥に属する家系。
領民の生活を第一に考え、なるべく派閥争いを避けてきた中立派のソフィア一家とは方針が大きく違う。
たとえ玉の輿に乗って結婚しても、物の見方や価値観が大きく違えば色々と不都合が生じるのは明白だった。
――テオ様と結婚したい女性なんて沢山いるだろうし、きっと私のことなんてすぐに忘れるでしょう。だって、接点がなさすぎるもの。テオ様はきっと何か勘違いをしているに違いないわ。よし! もう忘れましょ。
しかし、気楽に考えていたソフィアの期待を裏切り、テオからの怪文書……もとい恋文が途切れることはなかった。
『拝啓 ソフィア・クレーベル様。
この私に、まさか断りの文章を送ってくるとは思わなかった。
少々驚いたが……あなたはどうやら女性特有の『恋の駆け引き』とやらをしているのだろう?
帝国令嬢の中で、この高貴なる私にそのような駆け引きを仕掛ける女性は初めてだ。実に面白い。
さすが、私の見そめた女性だ。ますます気に入った。
良いだろう。その遊び、乗ってやろうではないか。次はどのような駆け引きをするのか、返事を楽しみにしているぞ』
手紙を最後まで読み終えたソフィアは、両手で頭を抱えてその場にうずくまった。
「どうして……どうして好感度が上がっているの!? この方、前向き過ぎじゃない? どうしたらあの断りの文章をこんな風に解釈出来るのかしら? 分からない……。男性の考えることってよく分からないわ……」
混乱する姉を見下ろして、弟がクールな声音で告げた。
「これは相当惚れられてるな。ご愁傷様」
「そんな他人事みたいに言わないで! あぁ、返事どうしよう。断りの文章を書いてもきっと……」
「恋の駆け引きだと思われて好感度が上がるな」
「あぁぁ……なんてことかしらぁ……」
再び両親に相談して断りの返事を送るものの、案の定テオには理解してもらえず。
彼の中で、ソフィアへの興味と好意はぐんぐん増している様子だ。
これまでは週に一回だった手紙が、気がつけばここ最近は毎日のように届くようになっていた。
今も、ソフィアの部屋にやってきたルカの手には不幸の手紙……じゃなく、例の彼からの恋文が握られている。
「ソフィア。今日も元気にアイツからお手紙だ。毎日毎日よく飽きもせず……筆まめな奴だな」
感心する弟から恋文を受け取り開くと、真っ白い便せんがどす黒くなるほど膨大な文字が書かれていた。
『拝啓 ソフィア・クレーベル様。
今までは、あなたからの断りの手紙も女性特有の『恋の駆け引き』なのだろうと思い許してきたが、そろそろ私の我慢も限界だ。
我が帝国において女とは男に従属するもの。つまり女とは男の所有物である。
男が女を振り回すことはあれど、女が男の心を揺さぶり、ましてや求愛を断るなどあってはならないことだ。
高位貴族である私が望むお前は、すでに私の物である。無駄なやりとりはやめて、いい加減大人しく素直になりたまえ。
お前だって子供ではないのだから分かっているだろう?
帝国貴族の女は、いつか決められた相手と結婚しなければならない。
そして、男子を産み、家を守り、全身全霊で夫に尽くす――それ以外は認められない。
行き遅れた貴族女性の末路は悲惨だぞ。一生後ろ指を差され、社会から追放される。
そして、家族も周囲から好奇と
ソフィア・クレーベル。芸術を理解する賢い女よ。よく考えて行動せよ。
私もお前も、代々受け継がれる宿命と敷かれたレールから外れることは出来ないのだ。
――――だから、諦めろ。そして必ず、俺の手をとれ』
気がつけばソフィアは両手で手紙をぐしゃりと握りつぶしていた。
うつむいたまま一言も喋らない姉を心配して、隣にいたルカが気遣わしげにソフィアの肩を叩く。
「あんまり深刻に考えるな。大丈夫、また無駄に丁寧な断りの返事を送れば良いだけの話だ。何度手紙が来たって相手にしなけりゃいい。筆まめ馬鹿のペースに乗せられんな」
「……テオ様は傲慢な人だけど、馬鹿ではないわ。むしろ、とても頭が良い方だと思う」
テオは手紙に『行き遅れた女性の末路』と書いていた。
つまり、自分を選ばないなら、お前を一生結婚させないようにしてやるぞ――と言外に脅しているのだ。
現に彼と出会ってから、舞踏会や晩餐会で自分に話しかける貴族男性はいなくなった。
ソフィアがもともと恋愛にあまり興味がない性格だからすぐに気付かなかったが、彼が何かしら裏で手を回しているのだろう。
テオは本気だ。ソフィアが自分の手を取る以外の選択肢を排除し、着実に外堀を埋めている。
ひた、ひたと……目に見えない恐怖が後ろから近づいてきている気がして、ソフィアは身を守るように自分の体を抱きしめた。
怖い。怖くてたまらない。
テオはどうしてこんなに自分に執着するのか。
両親が帰ってきたら相談しなきゃ、と思っていると、下の階から何やら騒がしい声が聞こえてきた。
そして、すぐさま部屋にやって来た使用人が血相を変えて、こう言った。
テオ・ブラスト様がいらっしゃいました――――と。
次話『テオ・ブラスト侯爵子息【side:テオ】』
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