第8話 お前の信じる椅子を信じろ/ 椅子がなければ、作ればいい




『虚構の家』



「悪魔は、幹部が──学会が、自らが手にかけた『作品』だった……

現実の事件は彼らにとっては『興味深い作品』以外の意味はない……

証拠を、確かめて遊ぶゲームだった……」



 ぐらりと、空間が歪む。

しっかり力を入れていないと自身さえ崩れ落ちてしまいそうだ。

少しずつ、逃げる範囲が狭くなり始めた。


──どこまで、逃げられるだろう、

いつまで、逃げられる?

外に出なくては。

ロボットは宛にならない。

私は、


「私は──事件なんて作品じゃない……私は、あなたが起こした事件、という作品じゃない……私は……」


 崩壊していく世界のなか、彼の異様な笑い声を聞きながら、私はただ、立ち尽くした。ぐらぐらと壁が崩れ、地面が割れていく度に、広がる穴。

怖い。けれど、怖いとうまく思えない。

私は────

ただ、悲しい気がする。

崩れ、壊れていくのは、紛れもなく私の思い出。

 たとえ、偽物でも、たとえ、再現されただけの家でも、それでも、確かに本物だった。確かに、現実だった。

私は此処に居たのだ。此処に、住んでいた。

 そりゃ勿論、強引に再現されたことは否めないし、良い記憶はないけど、だけど──

此処で生まれた。ちゃんと此処で育った。

それだけは紛れもなく本物の、否定してはならない感情じゃないか。

「ありがとう……私の、思い出」

壊れていく。何処に逃げたって無意味だ。

だったら闘うしかない。

「────私を、生んでくれた家……偽物なんかじゃないよ。だって、私の中にある本物……」





・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・







 すっかり夜が近くなっては居たが、みんなは何となく、まだたむろったままでいた。

「彼女たち」が戦っているのに、休んでは居られないと思ったからだ。

 しかし夜に闇雲な行動は避けたい。明るくなったら追跡しようと、アサヒが、方角から車の行き先を推察しようとした。とき、ちょうど街の上空に大量のスキダが飛翔するのが見えた。

「なにあれ……」

みずちやめぐめぐが呆然とし、カグヤは咄嗟に「まるで、狩りのときみたい」と言う。

 目の前の道路を、網を積んだトラックが数台通りすぎ た瞬間、みずちたちの目の色が変わった。


「───やる気だ……、ここら一体は私たちの縄張りだってのに!」


彼女たちはそちらで狩りをするらしい集団の候補を上げて相談し始める。


(あのニュース速報、爆破に続いて、今度はスキダ狩りを始めるのか?

一体、なんのために……それに、万本屋……)


 アサヒは、何か言おうとした。言おうとして、激しい動悸に見舞われる。頭が痛いのか、目が回っているのか、よくわからない、漠然とした緊張感。呼吸が、苦しい。

「うぅ…………」

痛い。痛い。痛い。痛い。痛い。

「あ……あ…………」

苦しい。呼吸が。苦しい……痛い。もがくアサヒに気付いて、めぐめぐが声をかけてくる。振り向けない。



────聞こえ……ますか



アサヒの脳裏に 声が響く。



──聞こえ……ますか


「ああ、聞こえる! 聞こえる……」



────聞こえ……ますか


「聞こえるって、言ってるだろ!」


誰の声だろう。辺りが霞む。体がうまく動かない。意識が淀んでいた。

 瞬間、すっと溶け込むように、自分になにかがうつるような、入ってくるような奇妙な感覚。

湿布を貼った瞬間に肌がヒヤッとするような、そういうものに近い衝撃だった。

「───彼女を、帰してあげて」


アサヒは、喋る。


「──彼女を、帰してあげて」


 しばらく話し合っていためぐめぐたちは、ぽかんとアサヒを見た。

アサヒはなにやら異様な空気を纏っている。


帰すっつっても──どうやって、帰すんだよ。


「────アサヒ……アサヒなら出来る、はずでしょう」


アサヒが、自分の名前を呼びながら奇妙な語りかたをするので、めぐめぐたちは驚愕のような、不審なような目でそれぞれ彼を見る。

その場にしゃがみこんで動かない。


「アサヒ?」


 カグヤが、そっと肩を触る。

あたたかい。生きている。


「──やめろ──俺、の身体だ……」


 アサヒは何かを言って、自分の肩の手を振り払うとゆっくり立ち上がる。

「──カグヤ……」

アサヒはいつに無く据わった目をしている。カグヤは怯えながらも何か用なのかと聞いた。


「──刃物を──借りたい。包丁とかで構わない、頼む」


「刃物!? なんで……あるにはあるけど……」


 カグヤとアサヒはカグヤの家に向かって走り出す。みずちたちは、街のスキダ調査に向かって行く。

程無く家に着くと、カグヤはさっさと靴を脱ぎ、先に家に居る父に叫んだ。


「お父さん! 刃物! 貸して」


「────ああ、帰ったか」


カグヤを見て、ちょうど台所から出てきたらしい男が返事をした。


「──刃物など何に使う」


後から追ってきたアサヒは、ただ頭を下げた。

「俺を────」


ただ事ではないと悟った男は、「待っていろ」と言い、部屋の奥の作業場まで引っ込むと、すぐに、酒と、清半紙、それから刀を持ってや

ってきた。

「はぁ……はぁっ…………俺……」


アサヒは頭痛が収まらないのか頭を押さえているが、それでも、男が渡してきた立派な紋様の小刀を見るなり、気を引き絞めたようになった。


「カグヤは消毒を、それから……」

男が静かに指示を出すので、カグヤはパニックだった。


「待って、これは何? 二人は何をしているの、お父さん普段なにしてるの、どうしていきなり私にそんな指示を? 刀なんて」


「──頼む。あとから、説明してやる。だから頼む」


アサヒが苦しそうにそう言うので、カグヤは少しイライラしながらも黙って、言われた通りに近くの部屋中に縄をとおし、 入り口に 大きな布をかけ、二階に消毒を取りに向かって行った。

 すうっと息を吸い込むと、まず腕を丁寧に水で洗い、拭いて──


「すみません……」


アサヒは緊張しながら男を見る。

彼は、なにも言わなかった。

すっ、と利き腕じゃない方の腕に刀を入れ、軽く引き抜くと、血がぽたぽたと流れ出して来た。手加減はしたが、やはりちょっと痛い。


「ふん、そうか……お前が」


男はそれだけを呟き、アサヒが血を清水に混ぜるのを待っていた。


「ほれ、筆だ」


 どこから出したのか渡された筆を、軽く会釈をして受け取る。

広げられた大きめの半紙を見ると、うまく出来るのかと少し不安になったが、ぐっ、と唇を噛み締める。

今は、とりあえず、目の前のことをこなさなくては。


「────話さなくて良い、聞き流して欲しいんだが……」


 男が唐突に話し始める。



「俺の──両親の家は古くから続くある派の神社でな……師匠であった、ある女の家の爺さんとはよく話をしたよ……」


アサヒは、何も答えない。正座して筆を滑らせていく。


「家が、嫌いだった。何だ祈祷って、何だ祓いって、何だ神って、そんなことばかり思っていた……俺は俺の神を見つける、実家の言いなりにはならない。人手がないからと、ガキの頃から手伝いはさせられたが、それは誓っていた。

爺さんは嫌いじゃなかったが、神社が嫌いだったもんだから、そりが合わなくてな──


だけど、ときどき顔を見せに来る、そこの孫娘だけは、癒しだった……

彼女を口説こうとした。

彼女は、穢れるからだめだと言った。何を聞いても、その一点張りで────神社に聞いても、じいさんに聞いても、彼女が頑なに人を寄せ付けない理由だけは答えてくれなかった」


「──青春の思い出ですか?」


アサヒは、その話に何を思えば良いかわからず、適当に返事をしてみた。

男は苦笑いした。

どこか、悲しげでもある。


「若かった俺は、理由が無いのに、俺を避ける、俺を嫌っていてバカにしているからだと、自分が穢れているからだと解釈した。孫娘にまで見下されているのか、と思って、ますます惨めな立場だった──けれど、どうしても諦めきれなくて、何日も彼女に言い寄った。俺は穢れているのか、どうして俺を避けるのか」


「──それって」



「自分は、神様に寄り添わなくちゃいけない。神様は、とても、大切な、みんなの拠り所だ。

神様に捧げるなら、この身も惜しいことはない。

だから他に現を抜かす気はない、彼女はそう言った。

神だ、神だ、また神だ! 俺の周りは、あるかもわからない、見えもしないものに心血を注ぐやつばかりだ、俺は猛烈に虚無感に見舞われ、自我がわからなくなりそうだった」


アサヒは思い出す。

 44街が出来るずっと昔。

村中の人から裏切られ、売り飛ばされ、身分もなく孤独に亡くなった彼女は呪いに転じ、村の子どもを食らっては嘆き続けた。

誰も、彼女の悲しみを癒すことが出来なかった。


──神様に、寄り添わなくちゃ。


 けれど、ある日現れた村人は

自分に子どもを食らうことを止めるよう説得するなではなく、ただ悲しみ、共に寄り添った。嘆きは鎮まり、彼女たちは44街の神様として奉られ称えられた。


「その次の日──

彼女は、自棄になる俺を案じて、昨日神様にお話をしたと言った。

「『二人で』幸せになるなら良いよ。私は神様を投げ出すなんて出来ない。そうすれば私の魂も持って行くでしょう」と」


「それが、『器』だったと……」


「らしいな。俺はそれから、彼女の言葉の意味を探し、あちこちの文献を探し回った。そして、ようやく、一冊の古い伝記を見つけた──44街の神様。彼女はその血を引いていたのだろう」


「待ってください、どうしていきなり、神様に興味もったり──」


「事件が、いくつか、あったんだよ。その撹乱のために、ラブレターテロが起きている……」


「え?」



アサヒは顔を上げて半紙から筆を離す。大きく書かれた鳥居を見ながらも、緊張に胸が高鳴る。

瞬間、鳥居が光った。


「うわっ!?」


 あの椅子のものだろうか、膨大な金色に輝く魚が、壁からすり抜けてきて半紙に吸い込まれていったと思えば、次の瞬間、ドサッ、とどこか外の方で音がした。思わず外を見る。

「あの……」


外を見てきたい。男は「片付けはやっておく」とだけ言ったので、アサヒは立ち上がり、玄関に向かった。

玄関には拗ねるように、睨み付けるカグヤが居た。

「終わった?」

アサヒは首肯く。

「わからない、あいつの家に行ってくる」

カグヤは何も聞かず、手に持っていた消毒液を見せる。

「腕、出して」











『ただいま』


「じゃ、行ってくる」

カグヤに消毒され、包帯を巻かれた腕で戸を開けると、彼女の家がある方に走った。


──今考えたら不思議な話だが、カグヤの家と彼女の家はそれなりに距離がある。

なのになぜか、俺は、あの儀式?を終えたときに、彼女が帰ってきた、という確信をもっていた。もしかすると、これがあの椅子の力か何かかもしれない。


 このとき、俺は、甘く考えて居たんだ。

おかえりと言えば、笑顔で迎えてくれると思った。傷だらけかもしれないが、それでも安心したように微笑んで──

──ああ、そうだ、通行許可の書類も通りそうだ。

お前が頑張って、椅子さんと自分のことを訴えたからだな。そう言えば、きっと喜んでくれる、これであとは北国に向かうだけだ。良かったなって、再会を祝したりして、またみんなでわいわいやれるってことしか頭になかった。


 あの頃も。今も。

他人を好きになるというのがどれほどに恵まれた才能なのか、まるでわかっちゃ居なかった。

だから、あの頃も、今も。

何度だって、似たような事を、繰り返している気がする。




「おかえり……!」


開いたままのドアを開けた瞬間、玄関から悲痛な絶叫が響き渡り、俺はその場に硬直した。

 うわああああああああああ!!

あああああああああああああ──!!!

 声の主はこの部屋の主であり、椅子さんのことを愛している少女。ぼろぼろな姿で立っていて、背中には女の子を背負っている。


やっぱりあの確信は正しくて、彼女たちは帰ってきていた。なんだかそれを当たり前のようにそのときの俺は受け入れていた。


 しかし、この状況は予想外だ。

中でなにがあって、何を見たのかはわからないが、少なくとも楽しい思い出というわけでは無さそうだ。

「お、おい……大丈夫か?」

 彼女は取り乱したままでいる。

笑顔なんかなかった。

混乱、する。

彼女は何かに怯え、錯乱し、絶望している。

暴れて落としたら大変なので、彼女から一旦女の子を受けとる。衰弱しているが、まだ生きている。俺は、どうしたら────


「──中で、一体なにが……」




 彼女が叫んでいる間にひとまず、病院に連絡。しかし彼女を置いて病院に向かって良いのかわからない。放っておけない。

ちょうど、そのタイミングでピンポーンとチャイムが鳴る。

ドアを開けて覗くと、そこにはカグヤが居た。

「カグヤ」


「来ちゃった」


どうやら心配して、来てくれたらしい。

けれど今いきなり中に通すわけにもいかないので、ドアから先へは行かせず、その場から背負って居る女の子を見せた。

「来たとこ悪い。緊急事態なんだ、頼まれてくれないか……恋愛性のショックがある。病院に連絡した」


「──わかった」

カグヤは病院の情報以外に特には聞かずに首肯くと、女の子を受けとる。

そして、「じゃあ、またあとでね」と心配そうな目をしたまま足早に坂を下りて行った。




 ドアを閉め、改めて、もう一人に目をやる。

「…………」


 彼女はいつの間にか玄関から部屋に移動しており、あちこちに置かれた物を引っ掻き回すようになぎ倒しながら何かを言い続けている。

「──なあ、えっと……その、あの子は病院に送ったから……」


「夢の中で、良かった、夢の中で、良かった帰りたくない帰りたくなかった夢の中で、良かった夢の中に居たかったずっと夢の中で、良かった夢の中に居たかった」


「──あの……俺、」


彼女は頭を抱え、踞る。

こんな姿は、初めてで、どうして良いのかわからない。傷だらけで、着ていた服の腕が奇妙に破れている。淀んだ目で、どこか宙を見たままだった。

「わたし──わたしわたしわたしは……」


 静かに彼女を見守る、くらいしか俺には出来なくて、それ以外になんの解決もないような気がしてただ、黙ってそこに居た。


「わたしは椅子さんが ──椅子さんが──わたしは椅子さんが好き──椅子さんは──椅子さんは人間じゃなくて良いって、椅子さんは人間じゃなくて、良い、人間はみんな、化け物──人間なんかみんな────椅子さんが好き──椅子さんは人間じゃなくて───椅子さんは──人間は、みんな、悪いやつだよ、みんな、わたしの、大事なものを、壊した──人間は─わたしは───椅子さんが好き──人間じゃなくて、いいんだって、わたし──化け物は───わたしは、わたしにも、なにかを、選んで、良いんだって」


「────」


そっと近付く。彼女は、踞ったまま、動かない。こちらを見ようともしない。


「私にも──なにかを、選んで良いんだって────人間は化け物だよ──椅子さんが──椅子さんは──そんな、そんな、はず、ないじゃない、私──私は……私は! ちがう、ちがう、私は、此処にいるよ、私は……っ、私はちゃんと──私は──選んで──選んだのに───人間は、化け物だよ……私も、私……わからない……わからない……わからないわからないわからないわからないわからないわからないわからない」


「ごめんな。俺、そういうの、疎くて……お前が何を考えてるのか……わかってやれたら、いいのに」


「な……で……」



彼女は怯えたように何かを言い続けた。


近寄って聞いているうちに明瞭になってくる。


「椅子さんを、無視しないでぇ……」



「椅子さんって──別に無視してなんか」


「無視した!!!」


彼女は断定的に叫んだ。

怒りをはらんでいた。


「無視した!!! 役場の人とおんなじ!!!

椅子さんが隣に居ても腫れ物にさわるみたいに!!!

どうしてみんな、椅子さんのこと話してくれないの……どうして椅子さんには興味を持たないの? 私、椅子さんのこと、せっかく好きになったのに……!! どうして私のことばっかり言うの、椅子さんだって居るのに……椅子さんをなんで無視するの、椅子さんは、すごい椅子なんだよ? 椅子さんだって此処に、居るよ」


「──ああ」


どう、答えればいいかわからなかった。

椅子は家具だ。普通恋愛なんてしない。

どう触れていいかわからなかっただけだ。みんな、そうだと思う。


「私、此処に、いるよ……」


か細い声で、彼女は呟く。


「あぁ」


同意を求めているかはわからないが、俺は、頷いてやった。


「お前は、そこに居るよ」


「私は──此処にいるのに……わからない」


「そうか……」


「私、此処に、いるよ……」


「そうだ」


「──私、誰?」


「お前は、お前しかいない」



なんとなく……わかってしまった。



「俺のこと、知ってたんだな」




 人間は化け物で、ずっと近付けなくて、

自分の代理まで居て、それでも何かを選ぼうとすれば無理矢理引き裂くように溢れて来る。

 人間は化け物でずっと近付けなくて、それは変わらないのに──

それならそれで、何かを選ぶくらいして良いはずだった。

けれど、


「俺が──平気なのは、

たぶん、俺が、失くしたからだと思う。

あの日からずっと、周りみたいに、何か、熱く思うことなんか、なくなって──だから、平気なんだ……」


彼女は、なにも、答えない。と、思ったが、小さな声で呟く。


「それでも、誰かを選ぶことが出来た、それを悲しむことも出来る」


「そうだな」


彼女は、ただ静かに、俯いていた。

彼女の気持ちが想像がつかなかった。

俺の気持ちも同様なのだろう。


 ただしばらくすると、少しずつ、落ち着いてきているように見えた。

──だから、根気強く待っていた。


「何かを選ぶって、すごく重要で、今までなにを選んだのか、なにを、持っているか、自分という意識が自分である証拠。なのに、たまに、全部、わからない。椅子さんだって、確かに心があって、確かに生きている──それなのに、私以外が本気で肯定するわけじゃないって」


「あぁ……」


「全部、がらくただったのかな、何も、なかったかな、みんな、椅子さんが椅子さんであることを、私を通してしか興味がなくて──ただ、夢の中で──だったら、私は何処にも居ないんじゃないかって」


「──違う」


 たったひとつ、椅子を好きになるだけでも、大きな、特別なことだった。

もう他の人間を気にしなくて良い。

なにかを、選ぶことは尊くて、自分の意思が持てる気がする。

 だけど、『人間と人間』を近付けさせる引力は、そんな人間にもある。

運命は、何もかもを破壊してきた『人間』との縁を、強制的に、残酷に突きつける。

そういう、ことなんだろうと思った。


悪魔と呼ばれて、嘲笑と批難に晒されてきた奴が、『人間』を突きつけられる。

恋はなんて残酷な仕組みなのだろう。



「そう、だね」


しばらく話しているうちに彼女はようやく、顔を上げてこちらを見る。


「誰かを、選ぶこと、悲しむことも、全て、私には無い感情──だから、マカロニさんの為に使ってあげて、って、言いたかったのに……な」


──『恋』は病気、気持ちだなんだというのは、宇宙かなにかからの信号による洗脳に過ぎなくて──

本当は存在しないのかもしれない。

気持ちなんかが、あるというのは、

それに身を任せられるのは、一部の人間に許された恵まれたことだと、そう、思わざるを得ないようだった。

そうでなくては、彼女の心は救われないようだった。




「──あぁ」


「あの中、途中から出口が塞がれて、大変だったんだけど、椅子さんのスキダが呼びに来たの。

 アサヒの血から生命力を借りて中に入れたからなんだって──

アサヒは、もう、知ってるんだよね」


「俺が、器って、やつか」


「──うん。器がなにを意味するかは、よくわかっていないけれど、でも、『怪物』にならなかった人、なんだと私は思う。だから」


「なんだ?」


「ううん、なんでもない……」


切なそうに、辛うじて笑ったあと、彼女は壁にある神棚に向かって行く。

なにを、言おうとしたのだろう。

聞かなかったが、その意味が、どこか、わかっているような気さえした。


「我儘は言わない……ただ、悲しんだりしてみたかっただけ、わかっているの、これが孤独、周りとの埋まらない溝、私は私──」

 荒れた部屋の中、神棚に手を、合わせて彼女は祈る。


「──……になるって、決めたのだから、心なんか、なくても同じ、わかってるの、ごめんなさい」


「…………」


「ありがとう」


「…………あ、あぁ」


 心なんか、なくても同じ?

今、何になるって言ったんだ。

なんとなく、違和感、というか、落ち着かない感じがあった。けれど、それをどう言えばいいのか、俺にはわからなかった。


 彼女の足が、床に落ちていたリモコンに当たったと同時にテレビが点いた。

 それは何かのドラマで、メガホンから女優が叫んでいる。

「私は、誰がどう言おうと、ゆり子が好き!」

「でも私たち、同性で」

もう一人の女優が、マンションの階下から訴える。

「そんなの、関係ないわ!」

メガホンの女優が言う。

まずい、俺は察した。

局は反省などしていない。速報を謝罪したフリだけだったんだ。

こんな内容を卑劣な手法で作った脚本を、あの報道のあとでも流せる。


「『人を好きな』気持ちは!みんな同じ!!」


女優が言い終えた瞬間────バン!!

と近くに落ちていた本が強く放り投げられた。


「なによ──人間同士が……なによ、人間同士が……


気持ち悪い!!」



彼女は冷たく、強く吐き捨てた。


「あぁ──、あああああ───!!ああああああああああああああああああああああああっ!!!

気持ち悪い、気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い!!!!!

私でそんなことをするな!!!

同じなわけがないだろうが!!?

 人間同士が!! なによ人を好きな気持ちは同じって!!

人間同士が!!!

人間同士に、なにがわかるんだ

!!

人間同士が許されて、人間として扱われて、なにがわかるんだ!!!

性別程度で、なにがわかるんだ!!

バカにしてるのか!!

同じなわけがない!!!

やめちまえ、クズ脚本!!!

人間として!!人と人のなかに生まれて! それを、受け入れられて、だからっ、そんなことが言えるんだ!!!」




──そう……これが、本質。




俺が、何か言いかけたときだった。


「──!」

彼女は、はっと目を見開き、そして何かに気がついたように顔をあげる。

「そうか──これが……!」


 俺を置いて、彼女はふらつく足取りで、まだ大部分は破壊されたままの台所の方に向かっていった。

何に気がついたのだろう。

 後を追うと、部屋の奥、よくみるとなにやら掠れたお札?が貼られているらしい壁際の方に行き、話しかける。

「──ねぇ」

 彼女はまっすぐに前を向いていた。そして、優しく、壁を撫でる。

「居るよね、そこに───」

壁は、何も答えない。


「あなたの身体、私が、取り返してあげる」


壁は何も答えない。けれど彼女は続けた。


「私、やっとわかったの。あなたも、キム──ううん、あなたも、人間だったんだ……うふふ……うまく、いくか、わからない。けれど──私は、何処にもいないかもしれない、そう思ってたけど……私、まだ、悲しむことが出来るよ。私まだ、傷付くことが、出来るよ。だから」



暫く見ていると、ぼんやりと、人型が壁から浮き出て顔だけを覗かせる。


《透明になった──気持ちが、ワカルカ……透明になった──サミシイ……サミシイ……》


「うん」


《イキテイルノニ……イキテイルノニ…………》

ぐにゃぐにゃと腕が伸びて、人型が姿を表す。人型。本当に人だったというのか。

彼女はそれと、話をしているようだった。



「わかるよ。一部だけ。

『事件は俺の所有物』なんて、生きている人への冒涜だよね。欲しいからって無理矢理透明にするだなんて、信じられない」


《ウゥ…………ウゥ……ウマレタカッタ……ウマレタカッタ……》



「さっき、私ね。

学会の人に私が俺の力を盗んだとかって意味不明なことで疑われたんだ。けどさ、

俺が起こしたから、なんて、現実の事件の方が立場が上に決まってるじゃん。計画した自分が支配者みたいなさ。本当に気持ち悪い」



《キエタクナイ…………ノ。キエタクナイノ。トウメイニナッタ…………イキテイルノニ…………イキテイルノニ……イキテイルノニ……生まれちゃいけなかった、生まれたかった、生まれちゃいけなかった》


「生まれたかったなら生まれよう。

悲しんでも良いんだよ。何を好きになって、何を嫌いになっても──私は、聞いている、あなたが悲しんでいる声もちゃんと聞えている──だから」


彼女が伸ばした腕が枝になり、人型に巻き付いていく。

どうしたのだろう。人型は、すぐには襲い掛からないらしかった。

怯えたように耳を塞ぐ。

《コクハク……イヤダ……ァ……コクハク……イウナアアアアアアアア》


「あなたに必要なのは、私に愛されることじゃない」


ハッ、と人型が息を飲んだ。聞こえてはいるらしい。



──イ……イウナ。


「私が好きなものを自由に作れないように、透明になった身体から自由になることが出来ない」


《イウナアアアアアアアア!!》

告白に怯えているのか。

人型が腕のような触手を伸ばし、彼女に襲いかかる。

 しかし、その反応速度を上回るように、彼女の腕──から伸びる枝が人型の触手を掴んだ。

掴んだところが、ばらばらと溶けて剥がれ落ちていく。


「それじゃあ、」彼女は寂しそうに頬笑む。



「あなたへの──告白」


《ア……アァ…………アァ……イウナ…………ウマレタカッタ……ヨ……ウマレタカッタ》


「私も、事件にあったの。

でも作品にされてしまって……所有物だとか、アイデアがどうとか言われて、すごく悲しい。

事件そのものは、作品じゃない。あいつらのおもちゃにしていいものじゃない」


《アナタハ……トクベツ…………》


「ううん、私は、ただ、何も好きになれないだけ。だから、生まれられなかったあなたが見えるのかな。

──たぶんだけど、犯人は私のときと同じところに居ると思う、あんな考え方、あいつらしかしない、だから──」





あなたの身体を、取り返してあげる。





2021/7/1212:51








『共犯』

 学会側はここ最近忙しかった。

 まず通常の調査なら数年かかる異常性癖の持ち主の調査を、この数ヶ月で洗い出し、処罰に踏みきった。

この対処の早さをもって、今起こっている事態の重大さを認識しましたアピールをし、更に怪物への対処の早さで誠意と悪の側への共犯でないコトをアピールするためだ。


 悪魔の子の迫害から始まった、ではなくて全44街民が対象となりかねない脅威が働いているという印象を植え付けておく。

あの子はただ単にその一人ですよ、という感じにしておくのがベストであるという会長の他、ギョウザさんたち、他幹部側の協議の末の結論だ。


「表に出そうな悪口の証拠はきちんと!すべて!削除!コンプリートしてるのかにゃ?????……………残ってたら?福祉代表者が虐待対策やってきた職員を悪口で吊るしクビ!!!大変!悪質な!犯罪の証拠となってしまう!!!!」


 会議に疲れてきたクロネコがにゃあ! と鳴く。


「どこに、何を書いたか?覚えてます? 虐待助長に繋がる迫害行為!一行残らず!削除しといたほうがいいにゃあ」



 他幹部、がチェックしてみますかねと言っている間、ふと岡崎老人がため息を吐いて会話からはずれ窓の外を見た。

外では爆発が起こり、誰かが負傷し複数台の救急車が走り去って行く。




「我々には政治と学会がある。少なくとも今は、44街の支配者だが……」



 今の目下の問題はあの放送。

あれのせいで、接触禁止令がうまく出せない最悪の場合がよぎる。ヨウは、なにかする気なのだろうか。

市民も聞いて居た、証人が沢山、学会とキムの手の繋がりや悪魔のことが勘づかれるとしたら──けれど、それが悪なのか、悪魔とはどちらなのか。

自殺に追いやる仕事をしていながら、ときどき、考えそうになってしまう。


「条例も、始まりは……今の会長の──指示だったな……会長は、可哀想な子だった」


机に髭の先端をのせて、つんつんして遊びながら、会長に同情する。うわべは。


 そういえば前会長が居た頃は、まだ成り立っていた学会。その認識は幹部たちにはひそかに、けれど確かにあった。

 しかし彼女が会長になった途中から一皮二皮化けの皮が剥がれ、ノリで仕事やってるのか?と思う部分も目につくようになった。「会長はトップクラスってこんなんだろうな~空想でやってんだろ?」なんて言いかけて消されたとされる者も数知れない。もちろん同時期なぜかハクナの勢力がやけに拡大していった為でもあるのだが……

それももともと、学会を大きくするために金のちからに頼った会長たちの責任だ。


 ハクナが悪評叩いた方々が精神を病み、病死や事故死で亡くなる。

今までの犠牲は、過失ではない。

わざと相手を殺した殺人犯と、確信されてしまう日も近い。




──あるいは、このまま、時に身を任せ、学会の滅ぶ行く末を見届けるかな……




「しお……探せ、彼女らへの悪口、一行でも残ってたら、アウトだぞ! 明らかなる、名誉毀損行為=迫害行為……上役は、しおに騙された!の、一点張りで、責任を擦り付け!押し寄せてくるにゃあ!!

迫害行為、加熱中!最盛期の時、悪評を、全国規模に知れ渡るコメント欄に記載しましたよね………」


「今やっています」


「口先だけじゃないをアピールも必須。

早い被害者様へのアピールが、共犯回避の要となる」

岡崎老人が切ない気持ちになってきたとき、斎藤が頷いて手元の資料を丸めていた。

「よし動こう。ヨウの動向も探らせます」

 今の学会は疑われるコトを一番嫌っていた。なぜならやっているコトが悪事ばかりであるため、バレるのが怖いのだ。


「今からでも相手を犯罪者扱い!相手を黒として荒立て!自分の黒を目立たなくするぞ!

相手を蹴散らしながら白に這い上がる!」


 正論を持たない、《結果を出せない人》の宿命だ。相手を踏み台にしないと昇れず、自力結果で自分の正当性を証明できない。


──と、誰かがつけたテレビが、突如大声をあげた。

「息子が私の横を通る度!!…幽霊にあったかのようなリアクション!!!白眼剥いてる私を見て!!一瞬止まる!ビビる!!

白眼です!! 猫に憑かれている!!」


 テレビまで歩いて行った岡崎老人が電源を切ると咳払いした。

「秘密の宝石が残りわずか……か」


= 

 しおが「彼の命令でしょう?」とヨウのことを口にする。

「だが、パパーンにも怒られるだろう」岡崎老人はため息を吐く。

 あの頃は、せつの動向に誰一人疑問を持つことが出来なかった上、露見させることすらなかったというのに、今や状況が変わった。

彼女が『自分の意思』を、持ち始めた。いつまでも代理が続くことはないかもしれない。

もしここにパパーンが居たのなら「なぜこんなまがい物を寄越したのか」と大目玉を食らっていただろうか。



「観察屋を出すにも、緊急性が高い飛行理由はこしらえてあるの?」

黒猫がにゃあ、と首を傾げる。

「また、震災時よりも飛ばしちゃったら、それより緊急性が高い飛行理由にしないと不自然でしょ?」

「震災、か……懐かしい」

 ここで気をつけなければならないのは学会の指導者が派手好きなだけに、全国に向けた名誉毀損と、治安、公務における不正な請求書、庶民に目のつく嫌がらせ命令で、数え切れないほどの迫害行為をしてきており、万が一裁判になろうものなら、迫害が確実でないと判断される可能性のほうが低い。つまり、目立たないように、やらねばならないことだ。

当時の44系列のテレビ局、学会がスポンサーの番組欄……『何を全国に放送してきたか』は、インターネットからも閲覧することが出来る。逃げ道の無い放送だが、過去をわざわざ振り返るのは数人、露見するより以前の番組のことなど誰も気にも留めないはずなので、おそらくさほど露呈することはないだろう。過去は過去。今ではないというのは好機である。

「こんな数年前のネタで叩くなよ」とでも書き込んでやれば、掲示板なりSNSなりも次第に大人しくなる。

すべては終わったこと。そのための下地も整っている。


「彼は、なんと言われてもやめるつもりはないし考えを変えるつもりもないだろうな」

斉藤が小声で言いながら、テレビを付け直し、今度はカメラのモニターに繋ぐべく、チャンネルを外部入力に切り替える。


「彼の、追い込まれれば追い込まれるほど命令したい、人のせいにしたい、暴走行為をやりたくてしかたがないという気持ちは筋金入りだ。それをとめられるのは、死刑宣告を受けるような痛い、苦しいダメージを受けること」



 幹部の皆はそれとなく、『彼』の生い立ちを理解していた。

カルト宗教の二世として、まともに学校に馴染むことも出来ず、孤独な彼は引きこもった。

そんな中で唯一好きになったのがコンピューターのトモミ。

彼にとってそのコンピューターは肉親よりもコミュニケーションをとった唯一の相手であり、初恋の相手だったという。

「彼は覚えてないらしいですが、一人で階段を降りられないからって、大事そうに抱えて来たことが、一度だけありましたもんね」

しおが涙目になりながら頷く。あのときは皆驚いていた。

 ヨウは幹部ではあるものの、学会を憎んでいる。宗教の家を憎んでいる。

そして今は何よりも「トモミがいなくなった世界ならどうなってもかまわない」と思っているだろうということだ。

同じコンピューターでも、魂が違う。もう、トモミに会うことは出来ない。

そんな孤独な彼にとって、追い込まれれば追い込まれるほどに、それを発散するために暴走行為をやりたくてしかたがないというのは、すなわち、世界がトモミ以下でしかないということ。彼は、どこまでもひとりぼっちである。



 斉藤が、部屋から出て行こうとしたタイミングでうっかり丸めた資料を手から落とした。広げなおしながら、思わず見入ってしまい眺める。

そこにはラブレターテロが起きる以前、とある女性の闘病記録が綴られている内容が挟まっていた。



「 政略結婚したときにはなかった発作が、娘が生まれると途端に始まった。

部屋を荒らして、腕に切り込みを入れまくった。痛い、痛い、痛い。わけのわからない刺激で完全に意識がコントロールをなくしていた。

 胸が熱く、情報の判断が出来ず、麻薬かなにかの作用ように辺りが歪み、ときに幻覚を見せ、世界ぜんたいから判断を迫り、詰られるようだった。

 カッと頭に血がのぼり、ただ、感じたことのない不安と聞いたことのない恐怖に支配されたときに、身体は思わずビルの窓際へと駆けていたほどだった。

 なぜ自分がそうしているのかわからないが、怖い、辛い、痛い、逃れたい。

ガタガタと身体中が震えて吐き気がした。

目が回り、発狂し、自分の壁を作らなくては死んでしまうというパニックに陥る。



 こんなものが、医学書に載っているだろうか?

── 恋は、本当に、病だったのだ。



最悪だったのは、 それが町中に行き渡り監視対象になったこと、そして私の病を市内の住民は嘲笑う対象に選んだこと。

それでも、私は生きてきた。

 旦那からときどき距離をとり、発作が起きないように薬を飲み、壁を作れるように努力してきた。

 そして、そんな市民にどう思われても構わない。だから仕事の合間に強制恋愛の反対を掲げた本を書いたり、チラシを配ったりと活動にも力を注いだ。

これからもきっと、この町、この国に理解されないだろうけれど私は満足しているのだ。







・・・・・・・・・・・・


  超恋愛時代の大戦中、キムから逃げる人類は汚染されていない場所に根付いた大樹を囲む壁を破壊する作戦を行った。

 その壁というのは大樹のための防壁で、その近くにあった大樹の街ごとに精神汚染を食い止めるために築かれていた壁。

しかし――自分たちを恐れ、自分たちの進行を防ぐためのものであると思い上がった人間たちはオアシスを求め、それを破壊した。

  大樹の汚染により地盤が保てなくなった土地は震災の引き金を引いた。

 その後に蔓延するようになったのが凶悪な概念体。

地中に埋められていた謎の『手』は、学会が持ち帰った。その『手』は後にキムの残した手と呼ばれ、あらゆるスキダ系概念体の攻撃が効かない唯一の物質として、国家規模の機密になっていった……


(202107241733)






















『三角関係』





「アサヒ」


 眠りについたキムのいた方に手を合わせてから改めて私は言う。

──脳裏に、椅子さんの笑顔とガタッという声。ごつごつした木の感触が浮かんでくる。人間や動物とは違う、ひんやりとした温かさ。

椅子さんとの思い出。

──役場で、書類欄に家具を書いたから笑われたこと。

私は本気で、椅子さんなら、椅子さんが良いと思って書いたのに。

相手が人間や動物じゃないくらいで、差別した。


「私、行くよ。たとえどうなっても。この恋が叶わなくても──最期まで守るから。

それが生まれてからずっと悪魔と呼ばれてきた私が唯一、皆のために出来ること。

だからアサヒも──」


言いかけたとき、パシン! 

と高い音が響いた。


「俺が……負けると思って居るのか!」

「え?」


一瞬、何が起きたか理解出来なかったが、アサヒが叩いたらしい。


「俺はっ……負けない」


「なんで、私を叩くの? アサヒは、何に勝ちたいの?」


アサヒは何も答えない。俯いている。そういえば、女の子の気配がしないように思った。どうしたのだろう。


「44街に住むみんなのために、二度とキムを産み出さないためにみんなを守ろうって、アサヒは思わないの? 

それが、私にとっての戦いだよ」


 アサヒが何を考えて居るのか、よくわからない。

私が考えていること。

 椅子さんが好き。

椅子さんが居たから、ずっと戦って来られた。人間かどうかや生き物かどうかなんて関係ない。

 椅子さんは私にとって、いちばん素敵な人。対物性愛が、44街では人間の感情として認められて居ないとしても、それでも、好きになったのが、たまたま椅子さんだった。


 みんなはどこか不思議そうにしていたけれど、これは私にとって自然な感情で、椅子さんは、ただ目の前に現れたときに《椅子の形をしていただけ》なのだ。

性別も種族も関係ない。


 私にとっては、きれいな心と魂を持つ、唯一無二の相手。

 それでも──神様がそれを望まないのなら、私は世界のために気持ちを──私の心を捨てる。

死ぬまで戦う。

 いつかは大樹に還って、その先で、また椅子さんに会うんだ。

だからそれまで、44街を守ろう。


 アサヒもにも迷惑かけちゃうけど、同じ街に居る同士、それまでは付き合ってくれると、思ったのに……

頬が、ヒリヒリする。


「負けるとか、負けないとか、わかんないよ、何を言ってるの?」

 アサヒは少し怒っているみたいだった。

「俺にもわからない! 

でもたまにイライラする。今だって、なんでもっと、青春っぽいこととか、これからの楽しいこととか考えないんだ。みんなを守ろうとか、叶わなくても構わないとか、年頃の女の子の言葉か?


44街がお前や家族に何をしてきたのかわからないわけじゃないだろ?

そんな街の伝承とか、神様とかで苦しんで、なんになるんだ、そんなものに俺たちが負けると思っているのか?」


「……でも、何であれ、現状は怪物が出たじゃないの。私が、誰かと繋がること、私が、外に出ることは、怪物と無関係じゃない」


「それはっ! だけど、学会のやつらが……いいように昔を利用して」


確かに、幹部の人が私に起きたことを、勝手に過去に起きた事件だと思ってる。

混同して、所有する権利があると言ってた。トモミ、で時間が止まっていて、何を見てもトモミにしか見えない呪いに侵されたまま。


今のこと、今起きている犯罪なんか見えてすらいない。


「でも──闘わないと、終わらない。

その結論が変わることはない。

それならきっと私しか居ない。あれを生み出し続けるときっと、もっと世界が大変なことになる!」


アサヒは悔しそうに顔を歪めた。私が言うことが理解出来ないというように。

「俺、たまに考えるんだよ。本当は全部怪物で、本当は神様なんか居ないかもしれないだろ? 

案外、適当な霊とかで──」


「適当な霊って何?」


私にもときどき、何が真実かわからなくはなる。けれど、ずっと、物心ついたときから、なにかが声をかけてくれた。誰かが、守ってくれた。

私にとってそれはいつまでも変えようのない真実だった。


「それは……でも、神様なんて」


「神様はどこにだっているよ。この国は、そういう場所だから、みんなが、願えば、感謝すれば、どこにだっているよ」


 怪物と怪物じゃないものの境は曖昧で、人間も、怪物も同じ。


「壺を買わせたり犯罪に加担させるわけじゃないんだもの。少しでも希望が残るなら、なにかを願いたいと思うものがあるなら、それが神様だと思う」


 あの日の、人形さんも神様だった。私の真っ暗な世界の中で唯一の光だった。─

何よりも尊く、世界で一番に輝いている。



 だからこそ、私はそれらに命を懸けられるのだと言うとアサヒは、突然「すまなかった」と言い出した。


「……え?」


「──うまく言えなくて……

お前に、最初から椅子さんを諦めるようなことを言って欲しくない。なのにずっと取り乱すし、お前の椅子さんを想って、一生懸命になるところ、俺は一番良いところだと思う」


アサヒは私を見つめたまま、少し気まずそうに、けれど真剣な眼差しで言う。

突然、どうしたのだろう。

「ありがとう。なんか照れるよ……」


「でも、椅子がもしお前にとっても椅子でしかなくて、本当は全部気のせいだったら、って気持ちがあって、

俺は人間なのに椅子よりも関心を持たれないって、気持ちが綯交ぜ(ないまぜ)になってしまった、酷いよな……椅子だって生きているのに」


「え? どういう意味……」


「……いや」


アサヒは何か言いかけたが、すぐに話を切り替える。

よくわからないが、心配してくれたということだろう。

恥ずかしがっているのか、彼の耳が赤い。


「とにかく──今、義手の男が町に来ているんだ。俺はお前が居ない間そちらを追ってカグヤたちと行動していた。今後の北国のことと関係があるかもしれないから、支度が良さそうならすぐに行動したい」

「そ、そうなの? 義手……手が不自由なのかな」


「もし、俺が探す奴なら、ただの義手じゃない。

傀無の手というスキダを操るための義手を持ってる」


「キム……」

 そういえば、キム、とキムの手は同じものなのだろうか。

 改めて、響きが同じだと思う。強い意識を持ちながらに生まれられなかった概念体。過去に住んでいた家を見てきたから、感覚でわかる。

人間そのもの、生命という概念自体を内外から否定されるということ──

 それを依り代として別の概念にすげ替え、生命の根本から、違う概念として44街に植え付けている。


……言葉にすればややこしくなるけれど、つまりあれは単に生まれられなかっただけじゃない。

 祝福そのものから、生命としての意義自体から踏み躙った。意味に置いては人柱に近く、存在に置いては永遠的な

──44街の神様の一部。



「でも、アサヒと何か関係があるの?」


「俺は、そいつを過去に──マカロニの誘拐ときに見ている。


夕方、万本屋北香が、拉致されたのと関係があるかはわからないが」


「万本屋さんが!?」

「あぁ。暗くなるから追跡は出来なかったが、口封じかもしれない」

「……そっか」



そのとき、外で、爆発音が聞こえ家がわずかに揺れた。


「チッ、またか……」


また?


「あちこちで家が爆破されてる」


「なんで!?」


「さぁな、なにか思惑があるんだろ」


「……そう。ところでアサヒ、あの、気になってたんだけど、あの子は?」


無事に帰って来られたのか私はわからないままでいた。

彼女が迎えに来てくれなかったら危なかった。

 あのロボットの人があんなに私の力に拘るとは思って居なかったし……


「無茶を、させてしまった」


「カグヤが病院に連れて行ってくれてるよ」


「良かった……あとでお見舞いに行きたい」


良かったかはわからないが私はこたえた。

(2021/7/3116:40加筆)







『椅子』


──ガタッ……!


音が聞こえたような気がして私はハッとする。

「今、椅子さんが!」

アサヒはそんな私を不思議そうに見ていた。荒れた部屋もそのままに、靴をはいて外に向かう。


「行かなくちゃ……椅子さんが呼んでる」


私は、椅子さんが好き。ずっと──

たとえ、44街が、人間同士の恋愛しか認めて居ないとしても。

 たとえ、家具を恋愛対象としてみることを皆の前で笑い者にされたとしても。

スライムが、認めなくても。

44街の人が詰めかけてまで反対して、あげつらって、暴行に発展しても。

 人間を選ばなきゃいけないなんて、そんな風に思わなかった。

 それでも側に居てくれる椅子。


椅子のことが、そんな人間より輝いて見える。ずっと、椅子さんは変わらない。

椅子さんが、椅子さんで良かった。



「諦めるなって、言ってくれて、ありがとう」


心がじんわりと温かくなる。

 私に唯一残されていた、私が私である証拠。他の誰でもなく私は椅子のことを愛していた。

「私……嬉しかった」

だから──胸が痛いのは、気のせい。

声が震えそうだ。

私は、幸せなんだから。

今だって、笑わなくちゃ。


 人間が信用出来ないなかで、姿形すべてが家具そのものであるという絶対的な安心感。人肌とは違う感触。

私を包み込んだ触手。柔らかな声。

どれも忘れることなど出来ない。

今だって、どんな人間より、椅子さんのことを考えている。




外に出る。

 坂道の下に、広がる44街。

街のあちこちに火の手が上がっている。


「なに、これ……」


「たぶん、ハクナだ」

アサヒが端的に答える。

「どうして、こんな」


「お前の迫害が、44街に広まりつつある。陽動作戦だろうな。かつてのあの宗教団体お得意のテロだ。なにかあるたびに似たような事件を外部で起こす」


「あちこちの家に火をつけて、騒ぎの矛先を逸らそうとしてるってこと?」


信じられない。私が外に出たいくらいで、どうしてそこまでして周りを巻き込むのだろう。

「酷いよ……どうして」


「だが、44街はお前を見下し、食い物にしてきたんだぞ。価値なんかまるでないみたいに、全ての行動をせつに奪わせていた。

それを、見殺しにしてきた民だ」


アサヒは淡々と言う。役場で笑い者になる私を見ている。44街では私が生きること、私が死ぬことは対して尊重されていない。

 この命の価値も44街民にとってはただ快適に生きることの為でしかない。



「うん。だけど──」


 黙ったまま、アサヒが端末を取り出し、なにか検索したものをこちらに向ける。

動画だった。画面には、44街の恋人届担当職員、そして44街の恋愛推進委員会とかいうなぞの委員会の人たち数名がテーブルを囲む姿が映し出されている。



『 緊急事態宣言です。

今後、恋人届けを出していない者は理由を問わずに発表していきます。

異常性癖や嗜好があっても、

44街の担当審査員によって、社会的影響が出ることが認められるほどのハードさである、と認めなければ

公表していきます! 強制恋愛条例ですので、恋人届けが3ヶ月以内に出されない場合はこちらから強制的に相手を指定させてもらいます!』


『続いて──役場に……クスクス……椅子! 椅子さん……クフッ……との写真を持って書類を提出しに来てくれたかたが居ました──ふふ……!』

会場が笑い声に包まれる。



 驚きで、声が出せなかった。世界が停止してしまったかのように、私は画面に釘付けになる。そこから先の話は何も、頭に入って来ない。


「────!」


これが、街中に流れた。



 アサヒは、なんで今、こんなものを見せたのだろう。

「これは、全国に、放送された」

44街はお前が生きていることそのものを認めていない、と私に知らしめさせて、

 そうだ。椅子さんの件はもともと人格権を認めていないうちの、その1つ、恒例行事としての否定に過ぎないのが実情なんだと、

私は居なくていい子だったと、

それがたまたま外に出ようとしたから邪魔したに過ぎない、そんなきっかけでしかないと、思い知らせて──


 今、火事にあっているのは、その44街の人。意識していなくても、その恩恵にあずかってきた。因果応報。



ううん。そうじゃない。

私は、悪魔だから。

 44街の人間がどうとか、そんなこと、どうだっていい。死にたければ死ねばいい。

ただ──


「私はね──椅子さんがいる世界を守りたいの。空気の悪いところに居たら椅子さんが可哀想でしょう? 

44街の人間のせいで、椅子さんが苦しまなくちゃならないなんてあってはならないもの」


いつもの道を──今までほとんど出歩かなかったその道を歩く。

 壮大で豪快な、そして残酷な花火のように、遠くの家々が燃え上がっている。

まるで、終末みたいだ。


「俺はさ──マカロニを、救えなかった」


後ろをついてくるアサヒがふいに呟く。


「マカロニは、病気だったんだ。

恋愛性のショックで、情報判断が狂っちまう。軽度だったけど、よく薬を飲むのを見かけたよ」


アサヒは、少し、寂しそうだ。

私は黙ったまま聞いていた。


「俺は──臆病で、それならそれで、マカロニはずっと俺のところに居てくれるんだと、思っていた……病気のことがあっても、マカロニの明るさや優しさは変わらなかったから──いつか、いや、ずっと、あのときのまま、一緒に居られると」


空を漂うスキダが、断末魔の叫びを上げている。おぞましい。


「──でも、ある日、結婚したんだ」


「え?」

私は驚いた。


「俺にも意味がわからなかった。つい昨日まで同じ学校の学部の学生で──

少し、良い仲だった。

それが、突然、恋愛性ショックもあるのに。もちろんこれ自体は誘拐とは言わない。だが、マカロニの様子は変なんだ。

学校にいてもなにか、魂が抜け落ちたみたいな、無表情になってて───


 俺は手がかりを探した。


相手は、人類恋愛の総合化を目指す学会の人だということがわかった。

その頃はまだ、学会は少しはまともな会だった。今みたいなよくわからないカルトでは、少なくともなかった、はずだ──」


「うん……それで?」


「とにかく、それからの彼女は無表情になっただけじゃなかった。

恋愛性ショックがなくなっていたんだ。

まるで、感情そのものを排除したみたいになって、病気がすっかり良くなってて……


──ある日、学校の帰り道で一人になったところで彼女は誘拐された。


 俺も、他の友達にもわからなかった。

彼女の家族も何も知らないようだった。

その旦那も何もわからないらしい。

余程錯乱していたのか、俺のところに事情を聞きに来たが何も言えなかった。

 誘拐とわかったのは、道にある監視カメラの映像から、何者かの黒塗りの車に連れ込まれる映像が残されていたからだ」


爆発音がする。

地面が、空気が、震えている。

ここは本当に44街なのだろうか、と私は考える。早く、椅子さんに会いたい。

それにしても──アサヒは突然、なぜ、マカロニさんの話を?


「それから俺は、途方にくれながら過ごしたんだが……そのうちふと、目にする番組が捜査ものが増えていることや、誘拐のテーマが増えていることに気が付いたんだ。

それに、部屋にある雑誌の広告、新聞のチラシ。

なぜかわからないが、なんだか嫌な感じがした。


──もしやと思って、昔の本や、その辺のチラシを引っ張り出すと、

『愉快で便利な暮らしを提案!』

というリフォームメーカーのものや、

『手に入れた純金、どうしますか?』という質屋関係のチラシ、『声をかけると、ワーワー声を出す楽しいおもちゃだよ』というおもちゃの広告まで、全部、まるで、あいつのことを前から示していて知っていたみたいだった。


俺は会社をメモして全て探した。

それらは皆、学会の関係の会社だった」


「────」


「被害妄想かもしれない、なんだっていい、なにか、探してないと、なにか、してないとおかしくなりそうで怖かった。

ああやって少しずつチラシを集めて、誘拐の準備をしてたんだと思うと、怒りより先に、俺が救えなかったことが苦しくなった。


──俺は、学会の関係者が誘拐を斡旋していると仮定することにした。


「でも、それ、観察屋の、仕事でしょ?」


「あぁ。情報がほしくて、学会に近付く為、学会と、外交を気にして制度を悪用し見殺しにした44街に復讐するために入ったんだ。

ただ、観察屋は、監視がメインと思っていたから……当時、写真の使われ方がああいう広告にもなってることは知らなかった。あれは違うやつが流用している……

お前の件には俺も、加担したってことになる。酷いことをして信じてくれるかわからないが」


「信じる」


マカロニさんの手がかりが無くて、しばらく本当に、洗脳というか仕事をするだけになってしまっていたということもあるらしい。

「こっちこそ、ありがとうな。

お前や、あの子を見ていると、44街に見殺しにされた彼女と、重ねてしまう……」


「しんみりしてる場合じゃないよ。これから、探しに行くんだから」


「あぁ……」


 前を向いているから、アサヒがどんな表情をしているのかはわからない。

あの動画も、彼なりの考えがあったのだろう。だけどもう時間がない。


「…………」


 他のことを考えると、すぐ迷ってしまうからやめて、せめて椅子さんは今どうしてるかなと改めて考えて、道を走った。













『44街の人々』

街が、燃えている。


「致命的なミスをヤラかしたようだぞ。

めぐめぐに関する内容、悪魔の子に関する内容に、監視や盗聴している人しか知り得ない情報が入っていた!」


「あいつらやりやがったな!」


「だな! ついに学会の本性出てきたー!」


 逃げ惑う街の人の群れの中、こんな状況にも関わらず、何人かの民が嬉々として騒いでいる。その手には少し前にカグヤたちが配っていたチラシがあった。

いつものデモ内容の下半分くらいからは、盗撮・盗聴されていませんか、という信じがたい内容がある。

 悪魔の話を聞かされたときに、こっそりと彼女たちが狩りの合間合間で配布していたものだ。それには、めぐめぐの生活に関することも急遽書き足してある。それだけでなく、学会の中でも熱心な信者だったカグヤの祖母が亡くなったことは、薄々知れ渡りつつあった。


 そして誰かが何か言ったわけじゃないのに、新たに発売された『新刊』の内容は、『戦い』──彼女たちが伝えてきた現実、に酷似している。

これは44街の民を舐めていた創作者による「面白いネタだったからそのまま入れた」がそのまま本人に跳ね返った形で、内容が内容なだけに製作時に既に監視があったことを読者に思わせられずにはいられなかった。


──そして極めつけに、あの放送が44街中に流れた。

この反響は彼女たちが考えていた以上に大きく、とても簡単には揉み消せない流れとなりつつあった。少なくとも、裏に生活を脅かそうとする何かが起きていることに皆が気付き始めている。


『これから、きっと何かが起きて、それに学会が焦って、大きな動きを仕掛けて来ます。条例に当てはめられなかった人達を、

無理矢理封じる気です。


──私たちは生きています。


それなのに、特権階級を生かす為だけに、消されそうになっているのです。

今までも、誰かのその犠牲の上に居ます。

私たちは、幽霊でも、悪魔でもありません。生きて、今もずっと、戦っています』




「世論は学会に同情するどころか、やっぱり迫害をやっていたじゃないか? という疑惑が再燃中らしい!」


 青年が、なんだか嬉しそうにチラシを握りしめる。女性が遠くの火柱を見上げながら気まずそうに笑った。

「えー、あの作家好きだったのに……」


──街が、燃えている。頭上をヘリが飛んでいく。


 今日は速報が絶えない予感から、一日中あちこちでテレビやラジオが活躍し、一斉に端末やビルのモニターを見ていた。

 まるで終末だ。あちこちで崩れた家から埃が舞い、煙が喉や目に入ろうとするので、逃げる人々や野次馬は時折咳き込んだり目を押さえている。

 それでもほとんどの人々は困惑しながらも端末やモニターを睨むのみで44街に留まっていた。そもそも、なぜ、なにから、どこに、逃げるというのか。なにもわからない。

指針がない。



そのすぐ側では、電気屋ビルのモニターが、ニュースを大音量で流す。


「えー、緊急ニュースです。

総合化学会での内部分裂が行われています、

 ただいま、44街のあちこちで放火テロが発生──これは学会の過激派組織、『ハクナによるもの』と見られて……」


 街中に広がる、ハクナという不穏分子の名前。ハクナはテロの主犯、内部にはかつてもテロを行って居た●●教から流れて来た人が居る。特集で次々に語られる、内部の裏話。

 突如、画面に会長のアップが映る。

「ああ、まさか、こんなことになるなんて。

我々も今ハクナを鎮圧すべく、情報を各所に提供し、動いています。必要な物資、支援について───」


 追い込まれた会長の苦肉の策。

それはハクナのみを悪役にして、ヒーローになることだった。学会と言われてもそれだけでは民にはなにもわからない。

ほとんどの人々にはみんな同じように見えるともいえる。

今、こうやって会長の惜しみ無い支援により、街の混乱が多少は抑えられていることからも、それなりに効果的な策だった。


暴力的なハクナを排除して、

あたらしい、平和な学会を目指そう!

そんな空気が会長の周囲を満たす。


 ただ、一時的に矛先を逸らしても会長、が会長であることには変わらない。

──なぜもっと早く対処できなかったんだ?

責任をなすりつけるため?

保身目的で先伸ばした?

 対処発表しか潔白の道がないアプローチを仕掛けてしまった。部下の失態で5年も6年も処罰にかかったあげくテロに発展するなんて、適当なごまかしはもはや通用しない。 

言い訳を考える時間稼ぎが必要だった。

まずは、功績を発表し、活躍のアピールだ。あとから、付けたしはいくらでもできる。名誉を守りたいなら発表。時間の使い方が鍵になる。








家具は物だ。

──多くの人間にとって、意思が通じ合えるのは生き物だけ。

 物、と結ばれることは出来ないと、多くの人が考えている。

あるいは、虐待や迫害のトラウマから精神的な解放を願っての症状、とまるで対物性愛だけを病気のように

描くことがある。

──信じられないことだが、これが今の世界の現実。

意思疏通が出来ないと、パートナーとして認められないだけじゃなく、『それだけ』を理由を虐待やなにかにかこつけて病気にしてしまう学者も居るような、偏見の世界。


 アサヒに悟られないように気を付

けたけれど、ドアノブにかけた手を離すとき、恐怖でいっぱいになっていた。本当は動きたくなかった。


みんな、憐れみ、奇妙なものを見るような目で笑ってた。

 今では44街の民全体が私を見下ろし、クスクス笑って居るような気がする。

あんなに意気込んだのに、街の中心部に向かうに連れ、恐ろしさにこの場に踞りたくなる。

  ああ、本当にどうして、今度は平気だと思ってしまったんだろう。

届けだって、何だって、いつも私のものだけ受理されなかったのに。

いつもと変わらないんだ。

いつも、周りと私の世界は違う。

誰の目にも映らないし、

居ても、居なくても、変わらない。


──恋は仕方がないんでしょう?

だったら、なぜ、笑ったりできるの?



坂道を下っていく。

 火の手があちこちで上がっているのが見渡せる。どこかで誰かが叫んでいる。誰かが死ぬ。救急車が走ってる。でもなぜだか、なにも、感じることが出来ない。

なにも、考えたくない。

スライムを助けられなかった。

コリゴリも、死んでしまった。

(私が、全て殺した。)


『続いて──役場に……クスクス……椅子! 椅子さん……クフッ……との写真を持って書類を提出しに来てくれたかたが居ました──ふふ……!』

会場が笑い声に包まれる。

──ああ、また思い出した。

目が回る。足が震える。

はやく、はやく行かないと行けないのに、景色が歪んでいる。

足が止まる。動けない。

じっとしていると、ヘリが飛んでいくのがわかる。

 また、誰かが家を壊される。

どうだっていいや。



弱くて、悲しくて、惨めな気分だ。



 今も誰かが死んで、誰かが怪我をする。それなのに私は、自分のことばかり考えている。

──役場に行ったときも、私はどこか楽観的で、アサヒもついてきてくれていた。

だからこんなに心細くなかった。

きっと何もかも、いつか忘れていくと思ってた。今更あんな風に笑われたくらいでそれが44街に流れたくらいでなんでまた、こんなに戸惑うのか。きっとそれはそれだけじゃ足りないくらいに私は外に憧れて居たのかもしれない。だから、44街の視線が気になるんだ。



 代理じゃなく、私自身の力で、私を生きたかった。


 その代償がこの44街の火災?

可哀想に。

私、街と同じことをした。

みんなを殺してる。

だから、なに?

私は、悪魔って、呼ばれてきた。

だって、私、


──こういうの、いかにも悪魔らしくて、いいじゃないか。


本当は、生れたときから、こうやって、全部、壊したかったんでしょう?

だって、私、ずっと……



 俯いたまま、街の声を聞いていたとき、誰かが強く手を引いた。


「前を向け!!」

 アサヒと目が合う。

改めて見るとなんだかわからないが、腕を怪我しているし、少し疲れているようだった。

アサヒにも色々あったんだろう。


「アサヒ……わ、たし」


「諦めないって、決めたんだろ?

だったら、ちゃんと、


お前の信じる椅子を信じろ!」


 力強い言葉が、心に溶けていく。

前を歩くアサヒが、珍しく頼もしく見えた。


「うん!!」


 そうだ、何を迷っていたんだろう。私が何者だったとしても、私は、私。

 椅子さんを好きになるのは誰かに決められたわけじゃない、私が選んだ本当の気持ち。

 今まで通り椅子さんを信じる自分のことを一方的に信じて、笑う声は信じなくていいんだ。

身体が軽くなった気がする。


「アサヒ、市庁舎まで、結構あるけど、どうする!?」


 もしかしたら市長や44街民は私のこんな姿勢に驚くかもしれない。援助も受けてないし、友達でもない。


「車、無いし……走るしかないだろ」

アサヒが少し嬉しそうに答える。

引かれている腕がなんだか熱かった。



道の途中──どこかのビルのモニターはここぞとばかりに大声を上げている。

『今、学会と関係ない方への監視を中止するように、幹部直々に命令がくだりました!』


 ふしぎな騒がしさの中、バスを見つけて乗り込もうとしたけれど、やっぱり避難する人で満員だった。

「パフォーマンスが始まってるな」

アサヒが苦笑いする。

今日はよく学会の会長自ら画面に映っているらしい。

「上役からすべて責任擦り付けされ、キチガイ扱いを受け闇に葬られそうになって、とうとう『謝罪の気持ちはありました!わたくし正気です!』ってか。それにしては何年も放置し、手が込み過ぎてるけどな」

 もはや、こんな騒ぎになってしまっては今度は逃げずにやってますよ-! とアピールをするのにも遅すぎた。クビになるしかないだろう。


 信者たちがどう受けとるかは知らないが、きっと少しずつ学会も変わって行く。



「お嬢ちゃんたち!」

後ろから声がして、振り向く。

 知らない男の人の軽トラックがクラクションを鳴らしてこちらに合図してくる。やけに馴れ馴れしい。

「あ──あの……」

咄嗟にアサヒの背後に隠れる。

覚悟はしてみたけど、やっぱり恥ずかしい。アサヒはきょとんとしたまま、何か用ですかと聞いた。

「いや、ほら、俺だよ、ほら、カグヤのデモの手伝いしてただろ」

「──ああ、あのときの」


 隠れていてよく聞いていないけど、きっと笑われる……変態が居るとかって、注目されてしまった。もう44街で生きていけないかもしれない、あんな風に、呼ばれるなんて思っていなかった。

「お、おい……」

アサヒがちょっと驚きながら私を見る。

「大丈夫だって、ほら、カグヤの協力者だ」

 大丈夫? なにが、だって、あんな風に発表されたら──

椅子さんのことを、信じるって、決めたけど、やっぱり出来るなら誰とも顔を合わせたくない。そういう目で気を遣われたくないし、本当はそういう目立ちかたをしたくなかった。大丈夫とか、大丈夫じゃないとかじゃなくて、だけど──

「あまり話したりしなかったからな、覚えてないか……おーい、怖くないよー」

「…………」

心臓が暴れる。

怖い。胸が、痛い。

逃げ出したい。

 どうして、なんで、椅子が好きなだけで、こんな目に合わされるのよ。私はただ与えられた中で自由に生きたいだけなのに……

怖い? 何が? 自分自身が?

それとも、この気持ちが?

わかってる、怖くないのが、怖い。

 家具を好きになるのも、誰かに認めて欲しいと思ったのも初めてなんだよ。なのに……


 アサヒは数秒困ったように私を見ていた。男の人はお構い無しに、私に近付いて来ると何故か拍手をした。

「──おめでとう! 本当に良かった!」

え?

笑われるでも貶されるでもなく、

祝われてしまった。



「俺もさすがにあの報道はやりすぎだって、審議会に送ってやろうと思ってたんだ。あのスピーチ、感動しちゃったよ椅子さんと幸せにな、届けは出せたか? なんか拒否に非難が来たんで新たに届けを受け入れるって話だぞ」

「──……?」

予想外の言葉に拍子抜けする。


「ほら、のったのった! 市庁舎まで行くんだろ」


彼が促すままに、私たちは荷台に乗り込む。

「お、お願い、します!」


荷台に乗り込むのは本当はいけないんだけど今は緊急時につき特別だ。

 車が走り出す。

やったな、とアサヒが横で嬉しそうにしていた。





















椅子がなければ、作ればいい。

『男』は帰宅して早々に工房の方へ向かった。父は帰って居らず、今、この家には彼が居るのみだ。

カグヤも、出かけて居ない。


 木の匂いに満ちた、粉っぽい空間。強い木のにおいが立ち込める室内。

そこら中にくずが舞う床。机には糸のこぎりやカンナ等が並んでいて、あちこちに作りかけの椅子や、やすりをかけているミニテーブル等がある。


静けさのなかで、時計の秒針が時を刻む微かな音が響く。

工房の中、木材を切ったり整える道具類に混ざり、あちこち四隅に置かれた机には木材が積んであった。


「──椅子がなければ、作ればいい」


呟いて、男はなかを見渡した。

 彼は椅子に関心があった。

だが、まさか母の命を奪うつもりは当初なかった。カグヤの祖母でもある彼女が学会の悪口を言ったことをこじつけて動いたのは『学会そのもの』なのだから。



『椅子』に関心を寄せ始めていたのは、なにも彼だけではない。悪魔、と呼ぶ会長だってある意味注目していたし……

 まあどのみち、あと数年程度の老い先が一気になくなっただけの話だと、彼はさほど悲しまなかった。

 いっそ、あとは家具屋からノウハウを奪えば父も用なしだろう。



 特別な家具があれば、もしかすると『秘密の宝石』を作る以外のやり方すらあるのかもしれない。

『秘密の宝石』はスキダから逃れられるといえど、やたらとコストがかかるし、リスクも高い。国民に参加してもらって、公然として特定の人間の迫害を進める為には、

『個人の人格の問題』にしなくてはならないからだ。

対象の性格や容姿にわざと話をすり替え、足りない部分は芸能人を見立てて、スキャンダルや丹念に仕組まれた台本で補う。そして映像を流す。

ハクナや観察屋はその一端でもあった。ばれたらBPOの審議行きのときもあるが、繰り返し行われる詳しい目的そのものについては彼らはまだ到達していない気がする。だけかもしれないけれど。


 そんな手間よりは最初から戦えるようにして、今の学会の信仰の謎の定義から変えてしまえば良い。つまり、椅子がなければ作ればいい。


「──確か設計図が……」

男は真ん中にある机に近付くとなれた手つきで引き出しの中を探す。これは工房の天井裏に仕掛けておいた監視カメラの映像を見て知っていたものだ。

クリップで止められた紙を引っ張り出して、めくる。

「何々……」

そして舌打ちした。

 材料になる大樹でなくとも、それらしいものを拵えてみようと思ったのに、紙にあったのはただの椅子の設計図。やはり大樹以外の木で作った椅子から触手が生えたりするわけがない。

作り方だけの問題じゃないのだ。

 わかっていても、悔しくなってしまう。

単なる豚には不可能だ──


 まるでそれは脅迫、監視、付きまといという卑怯な方法によってタダで自分たちが助かる力が手に入るなんて都合が良いことがあるわけがないだろ、と言われているようだった。

「チッ、役立たずが」


都合が良すぎるのはわかっている。頭で考えるのが得意だったなら、きっとウォール作戦だって中止され、大樹が伐採されやしなかったし、学会だって今のようなことにはならなかったのだから。

──いうなれば困っていることはほとんど自業自得、考えなしに起こしたことによる因果応報。

 責任がとれるわけもなく、更に罪を増やして、自らの首を絞め、それを補う為に他人の真似から糸口を探す。そんなことは都合が、あまりにも良すぎる。代償もなくタダで罪や責任が消えたりしないことは、理解している。するだけだが。

ページを閉じ、引き出しに戻しながら男は工房を出る。


「俺は、『好き嫌い』が嫌いだ。

他人に評価されるのが我慢ならん。あらゆる全ての愛すべき生き物に対して、肯定し、全ての評価されるべき物が好きか良いでなくてはならない。嫌いは、存在すべきではない!! いいか!! スキだ! 嫌いという言葉は許さんからな!! 


俺の目の前には、好きという言葉しか残らん!

好きしか要らん!


僅でも!

どんな一瞬でも!

すべての人類から嫌われることはない!」


怒りに任せ、彼は誰も居ない部屋で怒鳴り散らした。


 ──娘から嫌われている。

許せなかった。

カグヤのことを考えたついででカフェのことまで思い出してしまう。嫌われるのは嫌いと何度も言っているのに、不快な目をされたのが、許せなかった。

 なんて思い出していると、家の固定電話に着信。

慌てて廊下に出ると受話器をとる。

「はい……」

『もしもし? かぐらしあつ子ですけど?』

すっとんきょうな高い声が、送話口から響いてくる。

「アッコか、どうかしたか」

『はぁいー、いやね、秘密の宝石にふさわしい子が居たと思うんですけど? 今、暇?』

「今、葬儀のことで忙しいんですが」

『あのですね、まだまだ我々の目標に足りないので……

そろそろラブレターを用意しようと思うんですけど?』

「はあ、どうして私に」

『いやそれがね、会長今、ハクナに視線を集めてるでしょ? 

ブンちゃんたちが、ヨウさんを守ろうと新しく宝石を作ると言い出して、あなたも危ないでしょう?』

「……危ないとは、私がハクナの指揮で、捜査の手が及ぶということですか」

『そうでしょう? 警察だか、マッドわんわんだか知らないけど、鼻が効く連中がハクナを洗い始めるだろうと中に居るネオちゃんの子が教えてくれたのね?』

「──ですが」

『もうじき、奉仕活動がありますからね、時間は合わせたいのよ?』

 奉仕活動はごく稀に行われる海外支点とのかけ橋だ。

貧しい国に食料を配ったり、ゴミを拾ったり、教えを広めるボランティアだ。宗教の理念にも、まず困っている人に施しをするようにある。

 最近はよく、懇意にしている北国に行くのだが……

その奉仕活動の裏では宝石の取引が行われ、学会の運営費になっていた。大事な取引だった。

「しかし……ラブレター……ですか、今の宝石で間に合うでしょうかね」

『間に合わせるんですけど?』



・・・・・・・・・・・

──かつて44街内の各学校で昇降口下駄箱テロが起きた。

数名にラブレターといわれる脅迫状が送りつけられるというもので、中身は魚の形をした半透明なクリスタル。

『スキダ』怪物化しやすいスキダを利用した反44街の者の、恋愛否定のための工作だったと言われている。


 実際に告白によって死者も出している、危険なものだったが、当時、学校関係者たちは揃って、恋愛は学生に必要なものとして譲らなかった。


「テロと認められたのは死者が急増した数年後だったよ」


ある日、男が施設の部屋のなかで呟くと、近くに居た会長はすかさず答えた。


「聞いたことがあります、前会長から。そういえば、確か、市長の息子さんも教職につかれていましたね」


「あの魚か。懐かしいな。同級生だ。

一方、別の意見もあって、恋愛に全く興味をしめそうとしない子たちを、『測ろう』とした──」

「測る。なんの、ためにです?」


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『今あるぶんは発送準備も進んでて、結構いい感じなんですけど? もっともっと、欲しい~! 怪物までハクナだけのせいには出来ないから? もっともっと上役を揺するためにも、欲しい~!

わかった?』

「──わか、りました、考えてみます」


『よろー! 最後にギョウザさんから、アドバイス。

「学会に疑問を持つものがでてきてるかもしれない。まず! 身なりは必ず! チェックされるよ……ダイジンの時代をおもいだして!近づくコト!!…………話をする時は、落ち着いた態度で……暴言、失言、吐かない!!!!大事ネ」』




 再びのラブレターテロ。

これこそ、ばれたら既に打つ手はなくなるだろう。

学会もここまで追い詰められているということだ。受話器を戻して、ため息を吐いた。

やはり断ろうかと、改めて、支所のひとつに電話をかけ 

──『万本屋さんですか!?』という被せ気味の声がした。かぐらしあつ子の娘、かぐらしりさだった。

44街恋愛研究所と繋りがある万本屋がよくスキダ研究の内容を彼女が勤める部署に渡しに来ていた。

「いや、万本屋が、どうかしたのか?」

『居なくて! いつもの時間に来ないし、そちらの方向に向かったところからポジショニングシステムが動かないから……一緒に居られるのかと思いました』

「──いや、知らないが……あいつがこの近辺に?」


 彼女は普段は違法なスキダ狩りを取り締まったりしているが、ラブレターテロに関わっていた一人でもある。

スパイ企業として悪名高い『ネオ・コピーキャット』の黒スパイ完全育成計画の為に『秘密の宝石』取引のビラ配りや、受け子──工作をうまく運ぶ為の情報操作を手伝ってもいたのだから。当時はそういったものの規制には緩かった。














「確かにラブレターテロのとき、あの魚の暴走により、狙われた数名の生徒が亡くなりましたが『秘密の宝石』によって命からがら助かった者もいます。

近年では『秘密の宝石』と運命のつがいを同時に使うことで44街はバランスを保ってきましたが。正直言うとそろそろ、悪魔を、『秘密の宝石』にするだけでは供給が追い付かない。そこで、あの子を新しく対魔用にしたいのです。そして永遠的に学会の機能を併設すれば街は安泰です!」


 近年その怪物自体が『秘密の宝石』から生まれていたことがわかってきた。

男はそれを言おうとしたが、言わなかった。学会を支えているのはその怪物だからだ。

「めぐめぐさんを、新しく、接触禁止にする、許可がどうしても必要なんです!」


会長が頭を下げる。

「ふふ。『秘密の宝石』の配布の効果はヨウさんやギョウザさんたちがもたらした恵み──前会長にも成し得なかった、怪物化を防ぐ魔法のお守り、おおかた、そのヨウさんが、新たに選んだ素材ですか」


 機能を併設すれば安泰、というのは会長は初耳だったが、それも確かにそうかもしれない。


「悪魔だけでも充分に思念体生物の餌食になってくれている。おかげで、ここ十年以上は、まだ完全にキムが目覚めていないのです。これからも、併設で行けるでしょう!」


「書き換え、その、うまいこと、行くように、ちょっとお願いしてみますか……」


市長は思案してみた。悪くはない案だった。それにバックにはギョウザさんたちが居る。いつスクープを書かれるかわかったものじゃない。市長の魚頭はただでさえ差別や偏見に晒されやすいのだ。


 いい返事が貰えたので、会長は「ありがとうございます!」と感謝をのべながらも、一方で何かに違和感を覚えていた。

『秘密の宝石』が本当に怪物を避けているなら、あの悪魔の家はなんなのか、と。

そして──

キムは本当に、目覚めていないのか?















『スキダの呪い』

──恋は、宇宙が与えた呪いなのかもしれないね。


椅子さんはゆっくりと私に語りかける。


「恋という嫌なものを、あえて引き受けてまで私をのこした……か」


どうして、恋なんてあるんだろう。

どうして、スキダなんてあるんだろう。

どうして、私なんて居るんだろう。


──繁栄は、永久に続く呪いだよ。

何年も存在するものはそうやって力を持つ。

 人の身体は生命を注ぐ命の箱のように、人の想いは誰かの手に渡り、誰かを変え、ずっと続く呪いだ。

人が人を好きになる限りは、だけれど。


「だったら、もしその箱が──」



箱が。本当は、人間という器に閉じ込めて

おくべき、呪いがもしも──

誰かが、それを、その蓋を、その中身を……



足元が揺れた。思わずよろけそうになる。

 ロボットの目?が、光り、こちらをセンサーで捉えている。


「──お、おはよう」


挨拶していると椅子さんが触手で私を庇うように下がらせる。

「う、わっ!」


口? から吐かれたレーザー光線が

避けたすぐあとに地面を焼いていった。ロボットさんがこちらを見て居る。


「オマエハ、オレダアアアアアア!」


 自我を見失い、自分と私を混同する。

誰から見てもすでに手の施し用が無いくらいに『病状』が悪化してしまった、悲しい存在がそこには居た。


「違う! 私は、勝手に許して貰おうとなんてしない! それだけのことをしたなら、それだけのことを抱える。

あなたみたいに逃げたりしない!」


 戦闘体勢。椅子さんを抱えて、構える。


「私は、悪魔なんだから」


誰も傷付かないハッピーエンドは存在しないし、なにかを悪にしないハッピーエンドは存在しない。幸せ自体がなくなってしまうから。不幸がなくなってしまうから。

ハッピーにな終演というのは、突き落とす誰かを選ぶ、犠牲の視野にすら入らない誰かを選ぶことしかあり得ない。


 だから、生れたときからの罪も、これからの罪も、誰も悪くないというのなら、私が生れたこと全てを悪くして、力に変えるのだ。


「生まれて──ごめんね」


 ロボットさんはよくみると背中から新たに線が飛び出していたり、コンピューターと何割か融合しているみたいだった。

背後に回ろうとすると、ファンからの排気が燃えるように熱い。

 話しかけようと近付いたが、無理そうだ。

 「ジャマヲ、スルナアアアアア!」


両腕が強く振り下ろされる。飛び退いて翻ると、腰を捻る反動で椅子さんを振り下した。一、二、三、と椅子さんをぶつけるが固くてびくともしない。

 目からレーザーを放たれる。

熱い光が地面を焦がしていった。

「う、わぁ」

 椅子さんがふわっと浮遊して角度を逸らしてくれなかったら危なかった。着地。

 足元のアスファルトは、煙があがっており、黒い線の傷痕を残している。


「私が、居なきゃ良かったね……」


告白、する気にすらならない。なんだか、ただ、悲しい。

町中で戦うと、思い出す。


──椅子に心なんかあったらな、みんな、あんな態度とらないんだよ!!


スライムが、騒いでいたこと……


──物と! 人の!区別もつかないのか!!


ビームがすぐ足元の地面に跳ねる。

二回、三回、かわして、ロボットさんに近付くために、もう一度浮遊する。

避ける為に動くだけでも、心拍数があがって苦しい。

「生まれて来なきゃ、良かった、あなたが私に、持ってはいけない希望を抱くこともなかった。選んではいけない希望を観ることもなかった」


ロボットさんは、なにも答えなかった。


「いいじゃない、そんなことに、執着したって、力を求めたって、何の意味もない。

わかってよ」


「トモミ…………トモミ……」


 ロボットさんが指にはめた光のわっかがこちらに放たれる。ぐにゃぐにゃ歪みながら、勢いをつけて向かって軌道が読みづらい。 どうかわすか考える間もなくビームが両目から放たれる。

「なかなか、近付け、ないな……」

右のを避けると左にかすりそうになり、バランスを崩しそうなところで光の輪が頭上に飛んでくる。

「う、わぁあ!」

一旦後ろに全力で下がって、距離を取る。

ロボットさんに近づくはずが、距離を取ったので再び遠い。

「あれじゃ、軌道が読みづらいよ。トモミ、の電源を落とせばいいのかな……」


見たところトモミと融合している。布で囲まれた範囲とはいえ、やや遠いところから様子を伺いながら、椅子さんと作戦会議。


「いい加減にしてください!」


再び近付く作戦を練っていると、突如ロボットさんの近くから知らない声が聞こえ、椅子さんと顔を見合わせる。


「なんだと!? こっちもいい加減にしてほしいんだ!」

「そっちがやったことなのに、そっちはいい加減にしないんですか」

「あぁ、そうだ、だいたいそっちが悪いん

だ!」

椅子さんが私をじっ、と見る。

「言ってない、言ってない」


「なんで私につきまとうんですか!」

「そんなの、お前が俺だからだ!」

「意味がわかりません、あなたと私は似ていない!」

「こっちこそ、似てるとか言われたら迷惑なんですけどね」


椅子さんが、じっ、と私を見る。

「言ってない、言ってない」

なんだあの言い合い。

おそらく中にいるであろう、ヨウさん一人の姿しかわからないが……

「もしかして、トモミさん? トモミさんと話しているの?」

椅子さんが、怪訝そうにする。


──ガタッ。


椅子さん曰く、恐らく、全部自分の妄想ということにしてしまえば過去に実際に私と戦いになったことまでもを自分の妄想にして誤魔化せると思っているのではないか、だった。そんな感じもする。

「えぇ、ヒキョー!」

男らしい女らしいという言葉には偏見や語弊を含む場合も多くあまり使わないのだけど、あえて言うなら見下げ果てた男だな……と他人事のように眺める。

「ちょっとぉ! 私、こっちなんですけど! なに自分の世界に逃げてんの?

 言い争いすらまともに出来ないの? 


ふざけないで!」


──言い争ってるうちに行こう。

椅子さんがぐいぐい、と触手で私の腕を引く。ああ、なんかムカついてくる。

「私は此処なんだけど!! あなたの頭のなかじゃなくて!」

ばっ、と振り向き目を向けたロボットさんが、両目からビームを放つのを避け、助走をつけて椅子さんを構える。

地面が、また焦げている。

生々しい煙が鼻腔をくすぐった。


「早く目を、覚まして……!」

また、ビームが放たれ、飛び上がって避け、そのうち、段々慣れてきた。

 このまま、走っていけば、このまま、距離を詰めれば……

そう思ったときだった。

今度は光の輪が複数現れて、降ってくる。

「無理……!」

 慌てて避けたけれどいくつか避けきれずに、こちらに向かって来たそれを椅子さんが触手を伸ばしてはね除けてくれた。

 椅子さんの触手がところどころ傷付いている。

人間の皮膚だったら血が出ているだろう。

「……庇ってくれたんだ、ありがとう」


おかしい、何かが。

──なにか、違和感を覚えた。

でも咄嗟にわからない。

腕が伸びてきて、私たちを払いのけようと動く。

「ジャマヲ、スルナアアアアア!!!」

機械の巨体とはいえ、人のからだに近いと少したじろいでしまいそうだ。

 光の輪が再び向かって来る前に、となんとか背後に回り込む。

触手なら私も枝が伸びるはず……

と気付いたが、私の身体でやって大丈夫なやつだろうか?

まあいいや。

「椅子さん、行くよ!」

 走って、走って、途中からは椅子さんの背もたれから白く大きな羽が生え、私ごと浮いた。

 見つかる前に背後から上空に。

ちょっとの間私が視界から見えなくなると、彼の『一人での戦い』が始まる。

見ている側には彼が何をしているかわからないが、彼は自分自身と向き合って、こうやって私とは話さずに一人で対立を繰り広げているのだ。

 一方で、身体は無意識下にこちらに攻撃を続けてくる。ややこしい。今もぶつぶつ言っていて気持ちが悪い。


視界のセンサーは360°あるわけでは無いらしいな、と思いつつロボットさんを見下ろした。 

 トモミとロボットさんを繋いでいる部分から、微かに魚型のクリスタルが見える。

「あった!」

そして、スキダのに手を翳す。

学校でやってる人も居たからなんとなくわかる。

「告白! 告白! 告白!」

 ポケットに入れていたナイフが手のなかで光り出す。少し折れたそれを構えて、

魚の目に向かって振り下ろした。

ドキドキと、ときめいているのがわかる。


「告白っ、告白、告白っ────!!」


なかなか、ヒビが入らない。

ふわっと足元で風が起こる。

スキダに似た小さな何か、椅子さんと同じように輝く何かがあちこちから沸きだして紙飛行機になるとロボットさんに向かっていく。

 紙飛行機はやがてぴたりとその身体中に貼り付いた。逃げ回る機体の体力を少しずつ奪うのだろう。紙から触手が伸び、ロボットさんの頭に溶けていた。


「ト…………モ……ミ……トモミ……」


「目を覚まして!

もう居ない死んだ人に身内や親しい人が話しかけちゃいけない。

その世界に憧れてはいけない。本当に、あったとしても、それはいけないことなんだよ」


「トモミ…………ト、モミ……サア……早く……カエロ……」


「今は、わからないかもしれない、でも……繋いではいけない、私、あの場所を観た。私とあなたが望むはずのものがある、あの場所は──」


 私の心に、土足で入り込んでまで欲しがったその記憶は、貴方のものじゃないのに。それでも、こだわって、こだわって、こだわって、許されようとして、所有しようとした。


「貴方のこと、呼んでいないのに、どうしてそこまでして──奪いたかったの? 

早くそこから出てきて!」 


『それしか無いから。好きと嫌いの円環からも外れた自分には、こうやって身体を張るしかないから、かなハァ』


コリゴリの言葉が脳裏に過る。彼も、その一人なんだろうか。こうやって他人から奪わないと何にもないからなのだろうか。


「間違ってるよ……」


ぽつりと呟く。すぐ目の前にロボットさんが騒いでいる。


「どうして愛してるなんて、信じてる? どうして愛してるなんて信じてる? 

俺は、俺が好きなだけなのか?」


「ウワアアアアアアアアやめろ! 俺にこんな辛い気持ちを植え付けるな!! この気持ちを取ったら何もないんだ!」


このまま、彼を────

そう思ったときだった。

どくん、と胸が奇妙に高鳴った。


「ぁ──あ…………」


私……なんだか変だ。身体が、おかしい。

手が震える。

「なんで……」

身体が、動かない。怖い。痛い。

痛、い……?

「早く、早く……動かなきゃ」


 上級国民にだけ特別に与えられた感情なんて、もちろん私に理解出来るわけがない。

だけど、なんでだろう。

そう、私────


「私、椅子が好きなの」 


コンピューターが好きになるなんて、悪いことじゃないと思う。

もし、彼が、周りに否定されて道を違わなかったら、わかりあえたのだろうか。


「人間よりずっと」


目の奥が熱い。心が痛い。座り込みたい。

だけど、殺す──


『……家具風情が』

声がした。

グサッ、となにかが刺さる音。

背中が不安定に軽くなり、斜めに吊るされたような感じになる。落っこちそうな、不安定な、けれど浮いているのだ。

……もしかして、私を浮かせていた椅子さんが、傾いている?


「椅子さん!?」


ロボットさんは短剣を取り出して椅子さんを貫いていた。

『すっかり油断したが、椅子、お前は殺そうと思って居た』


そうだ、短剣を持って居たのだった。


『安心しろ。うまく使う、使ってみせる。

クラスターを発動! クラスター効果──もう一度、再現だ──!』


ロボットさんが光輝く。


 剣を引き抜かれた椅子さんが、ゆらゆらゆれて、ゆっくり地面に降下する。

私も同時に降りていく。

再現って、何をする気なんだ。


「椅子さん、大丈夫?」


──ガタッ。


椅子さんが、元気だよ、と強がる。

 さっきと場所は変わっていない。

光が消えてもロボットさんもそのままだった。恐らく、兵器が故障したのだろう。

と、ロボットさんを見上げて気が付いた。

 ロボットだった身体が、巨大な人間の姿になっている。.


「さぁ──帰りましょう」


人間──いや、あれは……

やけに窶れて、真っ白な髪をした、女の人だった。長い髪の分け目から真ん丸の相貌が覗いている。空間再現が壊され、機体ごと人形になっているのだろうか。


 彼女は勢いよく短剣を振り上げ、再び椅子さんを目掛けた。

地面に立ち尽くしていた私の前で、彼女は短剣を突き刺し、さらに椅子さんの両足を強く引っ張っている。

 椅子さんはぐったりしたままだった。


「まずい、足を引っ張られたら!」


 私は彼女にしがみつく。椅子さんが分解されてしまったら、椅子でなくなってしまう。


「ジャマヲ、スルナァ!」


彼女は機械声で叫ぶと私を強く突き飛ばした。尻餅をついている間に、椅子さんの足が、ガタリと引き抜かれる。

「椅子が……!」


椅子さんの身体を包んでいた光が消え、ぐったりとただの椅子に戻ると、彼女はそれを投げ捨ててこちらに向かってきた。

 光を感じてふと見上げると、遠くのビルのモニターに、なぜか市長が映った。


「ほら、みなさい。物は単なる物。恋などとまやかしですよ」


椅子は所詮椅子だと言いたいのか。


「ふざけないで……」

起き上がりながら思わず呟いていた。

ロボットさんはレーザーを放とうと目に光を蓄え始めている。私を、捉える。


「あなたの思う恋愛ってなんなの!

会話できなきゃ、恋じゃないなら、

好きなひとが喋れなくなったら嫌うってことよね! それこそ人の身体が好きなだけじゃないの!? 自分に疎通してくれる存在が好きなだけ、他人なんか見ていない!」


「──私の……ですか」


張り上げた声に、急に返答があった。

どうやら局地的な生中継らしい。

外の様子はわからないが……



レーザーが向かってくる。

バラバラになった椅子さんを抱えて、私は地面を転がった。

どうしよう、これじゃ、戦えない。



「合体を望むことですよ」


市長が嘲笑うように言う。

合体────


「恋とは、合体を望むこと」



合体……!


それだ!




「椅子さん、合体しよう……」


 口に出して見るとなんだか気恥ずかしい。

椅子さんは、何も言わない。

椅子の組み立てかたはよくわからない。

けれど、私が木ならもしかしたら合体出来るかもしれない。


周りを見る。

誰も、いない。たぶん。

そっと椅子の足に口づける。

木の味がする……

人体とは違った温もり。木の特有の感覚。

やっぱり、椅子さんが好き。


「私──椅子さんと、合体、する!」



(2021/10/13/22:16加筆)














「椅子さんと……」





「呪い道具が見つかれば?殺人容疑で立件されちまうぞ!……尻尾切りコメントを模索している人にとっては、殺人容疑は、うってつけのネタになるからにゃ。こんなにキチっと白黒を線引きできるネタはない」


 ギョウザさんが、各局に指示を出す。その連絡の一部は、学会長や支部へも回ってきていた。

 迫害の隠ぺい疑惑払拭の訴えが成功すれば、すべて白に持っていけるかもしれない。


 この期に及んでも上層部は必死だった。学会をよく思わない団体からは失態、迫害容疑、経歴詐称疑惑を、逐一問題提起されている。

囲まれているなかで、唯一の光となるのが迫害の否定だ。


「まずは迫害の訴えを受けて、初期段階のものから調査し、私の元上司・主犯へ注意、指導の対処をしています、隠ぺいなどしていません!を訴えましょう!」


「急げ、まだ、呪い道具をすべて処分していないはずだ!」

幹部が集う一室では人が、四方八方飛んで走ってと忙しく回っている。抜き打ち調査が開始されるかもしれない、という想定で今学会の建物内部は宿舎を含め、どこも慌ただしかった。

次の奉仕活動の準備もあるのに……


 会長室では、会長が悩ましげに外を眺めていた。

「私を、会長へ推薦したパパ。

私を代表へ推薦した上役……この人達は、迫害の訴えを受けて私に話をしにくるでしょうか。

主犯は誰か、判明したのではないの?

「──ですが、会長、指示を出してましたよね? 飛ばしをやったり」


広報が会長の判を貰おうと、部屋に入りながら言う。会長は顔を真っ赤にした。


「いつから!」


「先ほどから居ましたけれど……」


 会長らの、暴走。

それは人間同士以外の書類の受け取り拒否、異常者への調査、接触禁止令継続などに使われている。やがては今話題の迫害ともからめられるだろう。 

 暴走に関しては、推薦者や上層部の責任ではない。暴走に主犯がある。

──とは言っても、彼女は許されると考えている。


あの日、「未成年だから仕方がない」と罪を見逃して貰えたように。


「書類ね、なんのかしら」


取り繕うように机に差し出された書類

に向き合う会長。広報は笑顔で話し始めた。

「これなんですが──次期ボランティアの……」

判子を押しながら、会長は呟く。

「良いわ。ふふふ、私はこれからも人権最優先で行きますからね」



やりとりを続けながらも、会長は頭では別のことを考えていた。

これから上層部は『自分達は知らなかった』という決まり文句を振り撒いていくだろう。会長の『わたくしは主犯でない!』という意見と、重なる。

(便乗させてもらうか……?)

 上層部が共犯の疑いから一線を引くためには……早い対処をしたという話をすること、これは被害者の訴えと合致する。感情を荒立てないことで弁護をしてもらえる可能性が高くなる……か。

そのときちょうど会長に電話が入った。


「はい」


広報を下がらせ、応答する。

学会が後押し当選させた政治関係者からだった。


「しばらく君の処罰発表は出ない可能性がある……選挙期間を逆手にとって利用するしかないでしょう」


選挙期間──そういえば、そろそろそんな時期と聞いた気がする。

  もし、選挙期間中に支持率奪回に成功すれば……私は無罪放免なのではないか。

「確かに、一理ありますね」


フツウの支持率なら、上層部は、内々に謝罪し迫害の件をもみ消してくれる。あわよくば天下り……


「それでいくとして、

個人情報について私から専門知識を披露して、こんな危険性があるのでやることはあり得ない、と観察屋やハクナとの繋がりを否定する方法はどうでしょうか」

 監視をなかったコトに、したくて、したくて、しょうがない。監視=個人情報を無断に収集!となるからだ。

 個人情報には極めて厳しい職種、のトップの現場で働いている経験者が、こんな失態を晒すわけにはいかなかった。

 会長はこの頃弱っている。

当初よりも、震え、夜尿症による失禁、不眠が多くなった。老化により眠るごとに記憶を失っていくような気すらする。


 覚えていられるうちに、まだ完全に呆けていないうちに前会長に、会いたい……

今は居ない前会長のことを思うと涙が溢れる。

 彼女が前会長と居た頃は、よく一緒に寝ていた。おねしょが治らず、毎晩のように会長の床を濡らして苦笑いされた。

(おねしょを感じると優しく起こして、着替えを手伝ってくれたっけ……)




 会長を壁越しにのぞきにきたしおたちが小声で呟く。

「この《被害最小限を最優先》のやり方、ハッキリ言って!嘘の上塗り打法ですよね」

「本来なら上の上の上のおえらいさんもアウト」

「異常なまでに時間をかけすぎだ」


保身を過剰にアピールし、『本当にやってきたコトわかってんのか?』

というのは国民感情を苛立たせるだけで誠意は伝わらない。しかし、会長らはまた、それをやるつもりでいる。

「擦り付ける理由ばかり考えてるから……ツジツマが合わなくなるのよ……」


「上層部も気づくべきだな…これ以上の迫害では既に100%の潔白は訴え、ができなくなる」

ヨウの暴走も、あれからどうなっているのか、学会内部には伝わって来ずわからない。








 物に、なりたかった。

誰も、私を見ない。

誰も、私に何も感じない。

余計なことも言わず、

居るだけで誰かを幸せにする。

 物になりたかった。

ずっと、こんな風に生まれるくらいなら、私は物になりたかった。物になりたかった。

「──」


 なんの感情も抱かず、なんの感情も抱かせずに、そしたら、スキダも生まれなくて、お父さんとお母さんもスキダに取りつかれて殺し合わなくてよくて、

 ただ黙ってそこに佇んでいれば誰かを幸せにして、ニコニコしていれば、何も言われなくてよくて、


どうして私は、人の身体で生まれてきてしまったんだろう。なにも感じず、ただ、ニコニコしていられるような、物になればきっと幸せだった。

みんな置かれた置物。

人形やぬいぐるみ。


どうして私は、正しく生まれて来られなかったんだろう。

黙ってニコニコしていれば、

誰も、私に求めない。

何も、感じたりしない。

スキダも生まれなくて、殺し合わなくて良かった。

感情なんかみんな死んじゃえ。みんな、物だったら良かったのに。なにも感じなきゃ、なにも起きなかったのに。


──私たちはスキダの呪いに逆らえない。

殺し合いをするのは、スキダが互いを呪うから。

 感情を持つと、それを養分にスキダが生まれてしまう。誰かに襲いかかる凶悪な呪い

が生まれてしまう。

誰も、この真実を伝えない。誰も、この真実を見ようとしない。

感情さえなければ、あれに取りつかれたりしない。

誰かを襲うこともない。

人殺しの呪いを、

仕方ないなんて言わない。


 何かを選ぶって、すごく重要で、今までなにを選んだのか、なにを、持っているか、自分という意識が自分である証拠だから、それが呪われていたのなら、仕方がない。


 なりたかった。物に。物に。物に。物に。物に。物に。物に。物に。物に。物に。物に。物に。

物に。物に。物に。物に。

物に。『お前の信じる椅子を信じろ!』

物に。物に。物に。物に。物に。物に。物に。

物に。『悪魔は、幹部が──学会が自らが手にかけた『作品』だった……現実の事件は彼らにとっては『興味深い作品』以外の意味はない……

証拠を、確かめて遊ぶゲームだった』物に。物に。物に。

物に。物に。物に。物に。物に。物に。物に。物に。

物に。物に。物に。物に。

物に。物に。

誰も、私を見ない。

誰も、私に何も感じない、そしたら、座ってニコニコしていれば、お人形さんみたいに、誰かを幸せに出来たのに

「なりたかったよ……」



物になりたかった。



 ゆっくり、ゆっくり、念じると、腕から木が伸びていく。それはほどけて、椅子さんに絡み付く。自分とは違ったざらざらした感覚が、自分の木の素肌に混じり合う。


「ねぇ──椅子さん」


私は、物。


「私……椅子さんが好き。私が死んだときも、椅子か机になりたい」


枝と枝、幸せが、混じり合う。周囲が黄金に輝いている。

椅子さんが呼応するように、私の腰に手を回す。


「──あぁ……」


木に、なって、椅子さんになっていく。ほどけて、絡み合う。

私。幸せってきっと、こういうことなんだね。これは偽物なんかじゃない、私の中にある本物。

 絡み合う二人をジャマするものはなく、私と椅子さんは、ひとつになった。


「──あたたかい……」


 ふわ、と羽根のはえた身体が浮く。輝いている枝が、人型になったロボットに絡み付く。私たちは枝を伸ばしながら、彼女の動力部に回り込む為に浮いた。既に枝は彼女の短剣では切れず、身動きが出来ないでいる。

 頭部のみが緩やかに回転して、レーザーを放つ。


ゴメンナサアアアアイ!

ゴゥオメンナサアアアアイ!


 こまめにやってくるそれをかわして、また背後に回り込むにも、反応速度が速い。

 しかしロボットさんの攻撃になれてくると、かわすのはそんなに難しくはなかった。 

 どうにか肩から背後に降りて、背中に回る。背中パーツに取り外せそうな蓋を発見した。

「この蓋らしきものを壊したら、エネルギー源を取り出せるかな?」


44街では今、地球に優しい充電式電池が流行っている。恐らく、これの動力源も、充電しやすいところについているはず。


 そういえば……ヨウさんは今どこに居るんだろう。そこに乗っている、と思っているが、さっきから何も話さないような。




「ヨウさん! とにかくこれで、おしまいだよ、せーの!」

 蓋を外し、電池を取り出すだけだ。

 しかしその前に甦られてはたまらないと気付いた。

先に告白しようと手にしたナイフを掲げる。

 そして浮いているクリスタルに突き刺──さらない。


「……あれぇ、堅いな。前は、こうしてなかったっけ……えっと」


「マカロニ、マカロニなのか!」


布を掻き分けて、アサヒが飛び込んでくる。


「今、マカロニの声がした!」


アサヒ……


「なぜきたの!?」 

 目の前──頭上のロボットから、つんざくような悲鳴が聞こえた。

「マカロニ……居るのか?」


「アサヒ! こいつは違」

私はそれはマカロニではないと言いかけるも、アサヒの嬉しそうな顔に思わず黙ってしまう。


「アナタガ認識しなければ、私のコトナンテ忘れてくれていれば、私は、物にナレタノニ!!」


 物に、なりたかった。

誰も、私を見ない。

誰も、私に何も感じない。

余計なことも言わず、

居るだけで誰かを幸せにする。

「ドウシテ、私を、縛り付けるの! 私は、何もオモイタクナイ……何も感じたくない! ただ置かれているだけのモノに、ドウシテ、そこまで!」

 物に、なりたかった。

ずっと、こんな風に生まれるくらいなら、私は物になりたかった。

「ユルサナイ……!」

 彼女?は、アサヒに向かって短剣を振り上げる。

「アサヒ!」

私は叫んだ。背後に回り込んでいるからすぐに出られない。


「物になって、ナニガ悪いの!? 誰も、私になにか思ったりしない! 置物なんだから!」


 ──どうして、私は人の身体で生まれてしまったんだろう。

誰にも害も何も与えず、ただニコニコと頬笑むだけの、



物になりたかった。



「迎えに、行けなくて、ごめんな……」


 アサヒが短剣を掴む。

素手で白羽取りしたようだが、刃先の鋭さで皮膚がいくらか切れて血が流れていた。


「そこに、居たんだ」


アサヒの手から伝った血が、短剣に流れて結晶化していく。

「ずっと、探した」

 力を込めれば振り払えるかもしれないのに、ロボットさんはその場から動こうとしなかった。

「──あの日、どうして、お前を独りで帰してしまったのかって、今も、考えてるんだ。ずっと、ずっと、やっぱり、俺は──」


結晶に包まれて、短剣が溢れ落ちる。


「お前のことが好きだ」


 アサヒの言葉に応えるようにロボットさんの心臓部が紅く輝いた。その光が、空に浮いているスキダを取り込むように包んでいく。

 それを受けて、輝いて堅かったスキダはやがて光をなくし、柔らかくなっているようだった。


「今だ!」

いきなりアサヒがどこかに叫ぶ。

──というか、私たち?


「告白っ、行くよ!」

 椅子さんと一体化した私は、その場で飛びあがり、魚に向かってナイフを突き刺した。

「死んだ本人に言いなさい! あんた気持ちが、悪い!」


 内蔵をえぐり、そして最後に、傷口に椅子さんが触手からあの銃を向けた。

 地面が揺れ、空に煙が上がる。




終わった……のだろうか。

 浮いていた場所から着地。

して、正面に向かっていくと

ロボットさんの前面にも変化があった。心臓部が謎の膨張を起こし、丸い穴が空き始める。そしてやがてそこからビー玉のような真っ赤な石が転がり落ちる。


「──これ……」


 頭の部分が開き、中から椅子ごとヨウさん……?が出てきた。年齢のわりに小さく、後ろから見たら子どもでしかないような……でもよくみると顔だけが老け顔という、なんというか特徴的な人だ。


「秘密の宝石だよ」


彼は悪びれもせずに答える。


「──人間の魂で作る、対魔兵器のコアだ。いやぁ、助かった、再現空間の構築機能は壊れてしまったみたいでね、

途中からコアの意思に操られていたんだ」


秘密の宝石……


「もう、椅子には挑まない。

俺の完敗だ。清清しいくらいに負けた、椅子と君には敵わない」


「……」


「おっと悪魔、そう睨むな。 君たちが倒してくれたお礼に、秘密の宝石について教えてあげよう」


彼は何も言っていないうちにペラペラ語りだした。


「秘密の宝石は人間の魂ごとスキダを結晶化し、炭素を宝石に加工した物。

それはスキダやキムを退けると言われて昔の幹部がみんな身に付けていたんだよ。


純度が高いかどうかは、スキダで決まっている。

美しいスキダを持つ人は、本人も美しい宝石になる」


「──それを、北で取引しているのか……!」


アサヒがヨウさんに殴りかかろうとしたとき、どこかからパトカーのサイレンが聞こえだした。ブンさんたちが呼んだのだろうか。


「あれ? 前──」


ふと、アサヒが私と椅子さんを見る。


「キャアアアア! 見ないでぇ!」

我にかえると急に恥ずかしくて、勢いよく離れた。

 椅子さんと裸で絡み合っているのを見られてしまった。

再び椅子さんとゆっくり身体を解していくうちに、私は人の身体に戻る。

瞬間にしゃがみこむ。

「あっ、アサヒ! 服! 服!」


アサヒはやや目を丸くしながらも、着ていた上着をかぶせると、私の服を探しにいった。程無くしてほれ、と一式差し出される。

「ヨウ、いるー?」

布の向こうからブンさんの声。

「じゃあ、またあとでね」

彼は、兵器を置いてどこかに走っていった。

「俺も向こう行ってる!」

アサヒも気まずそうに耳を赤くしながらどこかに走っていく。私は急いで着替えた。


















『晴れて公認の仲!』




「合体を望むことですよ」


市長が嘲笑うように言っていた。

合体────


「恋とは、合体を望むこと」


■■■■■■■■■■■■■■■■



 ヨウさんとロボットさんとの戦いが、終わった。

 着替えて、バラバラになった椅子さんを抱えた私は、モニターがある方角を見上げて叫んだ。

「ほら、合体したわ! これが、あなたにとっても『恋』って、気持ち、そうでしょ? もう、いい加減、間違いないわよね。私は……椅子さんが好き!」


「確かに……合体を望んだわね。どうして……そこまで……」


市長は動揺しているみたいだった。

やや疲れたような、窶れたような、力なさを声から感じる。


「人間を好きにさえなれば、人間に恋をすれば、より簡単に人権が保証されるのに……」


 私の答えは、決まって居た。

確かに蕀の道かもしれない。

人権が保証されるのは人間同士がほとんど。それでも、そんなことで好きになったわけじゃない。


「そんなの嫌です。私、椅子さんだから好きになった。喋らなくても動かなくても想いは変わらない、人間にはこんな気持ち、抱かなかった」


 人間は、怪物になっていつも襲って来て、動くのも喋るのをみるのも怖かった。

それに、私を、同じ人間とは思っていないのはあちらだ。すっかり、その区別が体に染み付いてしまっている。

 椅子さんは、私が悪魔でも、怪物だとしても、変わらずそばにいて、一緒に戦ってくれた。ただ単に、好きになったのが、椅子だっただけじゃないか。


「椅子さんが、椅子さんの魂を持って、家具という形をしている、それだけなんです。それを、人間の見た目じゃないからって否定出来ない!」


「そう……、そう……人間の見た目じゃなくても、ですか……」


マイクに一秒、鼻をすするような音が入る。

「あなたは、魂を見ていたのね──私にも、そんな人が、いれば良かった……私も、本当は、周りが当たり前の人のかたちで生まれ、当たり前に恋愛をしていく様が、羨ましかったのかもしれない……」


「市長?」


「──会長に、協力していましたが、考え直さねば、ならないようです」


 考え直すとは、と頭が疑問符でいっぱいになるときに、周りにかけてあった布がバサッと剥がされた。

 遠くのビルのモニターに、市長が映る。

巨大な、魚の頭が映る。


「これが、本来の私の頭です!」


44街がざわつく。道行く人たちが一斉にモニターを向いた。

魚。田中市長は、頭が、魚だった。


「かつては混乱を──避けるために、

公には、秘書を立てて、写真は秘書の写真を使い、誤魔化していました。

 私は生まれつきのしょうがいにより、頭がスキダのような魚そのものをしています……こんな私を、好きになってくれる人などいないと思って嘘をついたこともありました。申し訳、ありませんでした!」


「──魚の頭……」


「秘書」の女性が同時に頭を下げる。

めぐめぐは、面接、で魚頭の市長に、会うはずだったのか。


「改めて、44街の為に戦ってくれた、椅子さんと、ノハナさんを、正式に恋人と認定し、祝福致します!」


 あちこちでクラッカーが弾け、私と椅子さんへの祝福が上がる。人だけでなく、道行くスライムやゴブリンたちが、歓声を上げた。なんかよくわかんないけど、とにかく──

「やったぁ! これで、私も人権が保証されるんだ!! 椅子さんと幸せになるんだ!!」

私は飛び上がった。私が着替えたのに気付き、建物の脇から駆けつけたアサヒが私を抱き寄せる。


「おめでとう! これで、正式に恋人だな!」

「うん! ありがとう!」



恋人が出来てそれにより人権が保証されて、友達ができる。ただ悪魔として避けられていた頃とはえらい違いだ。

椅子さんを好きで居ていいんだ。

相手が人間じゃなくても良いんだ。

素直になっても。


 通行人の中に、ちらほら魚の頭を祝福する声も上がる。

「まぁ、魚人……!」


「魚の頭、隠さなくても良いのに!」


「頭が魚だなんてそれはそれで魅力的だ」


「魚人みたいなのがタイプのやつらも居たはずだ」

何人かがその場で電話をかけはじめ、市長舎に押し寄せる。


「市長ー!」「市長ー!」「魚頭を見せてくれー!」「すてきよー!」


 市長の頭が好きな人たちが、市長と結ばれる日も近いかもしれない。





「これから、どうする?」


 アサヒが聞いてくる。

私は、両腕に抱えた椅子さんを見て、「組み直さなくちゃ」と答える。

「でも、あの子のお見舞いもしたいな」

「そうか」

「先に病院に……」

言いかけて……ふと、気が緩んだ一瞬に頭痛が走った。


「どうした」


「……っ 頭が、魚……せん、せ……」


「え?」


頭が、痛い。怖い。景色が歪む。


「う、ぅ……ラブレターなんか、いらない……

戦わなくちゃ……」


魚頭の先生が追いかけてくる。

スキダ……スキダ……スキダ……


「おい! 大丈夫か! 」


アサヒが私の肩を掴む。


「───あ……うん……」


なにを、見たんだろう、なにかを、思いだし、そうだった気がする。

ラブレター……ラブレターが、あって、クリスタルが、あって……


頭をふって、私は言う。


「行こう、アサヒ」


「私のなかには寄生虫が居るのっ!

いつかあなたを殺しちゃう~!」


「虫が、二人の絆を強くするっ!」














 ヨウの作った映画は既に完成を迎えていた。

勝ち負けはともかくも、今後も執着するということは変える気変えるしない。なかば癖のようなものだ。

「いいね! いいね!『いつかあなたを殺しちゃう~!』だって、ふふふふ」


帰宅したヨウは、壁に映されている公開前の内容(送ってもらった)を確認して一人にやついた。

「ウケるかなぁ~。ウケるかな~」

 あんな事があってもなお、彼には良心だとか倫理観というものは一切存在しない。

「いーから、始末書を書いてください!」

ブンが、ヨウの座るソファー背後から舌打ちするのも、会長らからの電話も線を抜いて無視。

 彼には生憎、他人のことを気にして凹むとか、そういう思考回路は持ち合わせが全くないのだ。兵器を置き去りにぼろぼろで帰宅した後、風呂にも入らずに彼はさっそく構想にとりかかる。

「しおたちは、聞いていませんけど」


 自分の後ろに誰かの気配を感じる。しかし振り向く気はない。

違法な兵器を独断で持ち出していたことが悪いこと、と思うことなどないし、そもそも悪いこと、がなにが悪いことなのかということすら何も関係がない。たとえ両親が逮捕されたって、そうだろう。ずっと昔から周りが素材としか考えていないし、善悪なんかそもそもないのかもしれなかった。


「次回作は椅子に恋をする主人公にしようかな!R18で、椅子と女の子の濡れ場を増やすぞ~!」

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