第5話 兵器
ぴちゃ、ぴちゃ、粘着質な液体の上を素足で歩く。夏場に生肉を沢山切ったような、強烈な油のにおいと、すっぱくて苦くてだけどどこか奇妙に甘いような独特のにおいが辺りに立ち込めている。
息を吸い込むだけでふっと気が遠くなりそうなにおい。
開けたドアを閉めたくなった自分をいなすように無理やり前へと足を踏み出す。
「行ってきまーす……」
今から私は家のなかを進んで、『評価されるだけの何か』を見つけ、それを用いてロボットと分離しなくてはいけないらしい
。なぜに個人的な思い出を、ロボットに直々に評価されなければならないのか?
そしてそれをしなくては私をいたぶる権利が与えられるのか、という思いはあるものの、今やれることがその理不尽を耐える以外に見つからない。
……ここだけ見ると、全然メリットが無い。いったいなぜ到底人生に釣り合わない個人の評価ごときのためにと思いたいのは山々だが、ここはひとまず「さっさと出て、椅子さんやみんなに会うため」と考えた方がよさそうだ。
我ながらにホラー映画並みの恐ろしい空間だ。この先になにがあるかを察する身としては正直いってわざわざ進みたくない。
歩く度に、なにかが足元にまとわりつく
。誰の気配もしない。この空間の家にいたあの子たちはというと、レーザー光線によって先ほど、透明にされているため、この家に入ったところでとがめる人はいない。
にしても。
「──真っ暗」
家のなか。
電気はついていないので周囲は真っ暗。
恐らく此処は昼間のはずなのに、夕方みたいに暗い。自宅だから電気の場所は知っているけれど、だからこそ今は《目に映る余計な情報》を増やさない方が良い気がした。ここから逃げる選択肢は無い。ロボットのクラスターがしっかりと両脇を固定しているからだ。
手には、椅子さんのクラスターを握っている。
「…………椅子さん」
ただの紙飛行機や人形であっても、何も言わなくても、物はいつも温かく優しい。
意識を失わないように椅子さんのことを考える。
歩く度にぴちゃ、ぴちゃ、と足が何かで濡れる。
「う……ぅ────」
目眩がする。両脇のクラスターは嬉しそうに、家の中を物色するように眺めてははしゃいだ声をあげる。
「やバーイ! 幽霊とか出てきそう」
「タタラレタラどうするー?」
「やダー、コワイコトヲ言わないでよぉ」
ロボットのクラスターもまた、顔のない人型なのだが、スキダとかイヤダとか以外も話せるらしかった。
「心霊写真撮ってイコウ!」
「心霊写真撮ってク?」
「あの、君らさ、人ん家で心霊写真とか言わないでよ……」
クラスターが盛り上がるが、私は特に楽しいことはない。思わず突っ込んでしまったが、クラスターは特に気にしない様子だ。えーと、確か、死体と、髪飾り……
部屋を曲がり、階段の手すりに手をかける。体が硬直する。二階に行きたくない。
「──早く早く!」
クラスターがぐいぐい引っ張っている。
家の外のロボットのスピーカーから、時間をカウントするような声がする。
《20分経過ー! まだですかー!?》
「まだですね」
《私物化されたくなかったら急いでくださーい! 簡単ですよー!》
独り言のつもりだったが、どうやら筒抜けなようで、返事があった。
「なぜ、こんなことをするんですか? 殺したいなら、私も透明にしたいなら、回りくどいことをしなくてもいいのに」
《あなたを殺したいとは言っていないぞ?》
──え?
あれ。てっきり、わざわざこんな逃げ場を失くすようなことをして行きたくない家の中を探させるくらいだから、私によほど個人的な恨みがあるのかと思っていた。
すでに普通の神経ではない。
《確かに迫害の力がほしい。とは言ったけれど、どうもまだ必死にならないようだな
力がほしいのは確かだが──
私は個人的にも貴方が好きだ。
貴方に貴方の人生の続きを書いてほしくて協力しているのかもしれない。迫害の力が生れた場所を弄れば、貴方は嫌でも従わざるを得なくなる》
────???
さすがロボット。人間とは価値基準がちがうのか。
……いや、こいつだけなのかもしれない。
そもそもその台詞は意識し合う間がらでしか効果を発揮しない。今のいままで、視野に入って無かったのだけれど。
「あの。今、何語でしたか?──よく聞き取れなくて」
殴って帰宅した方が早いのではないか、と脳が短絡的な思考に走りかける。
いや、家だ。家だけど、そうじゃない。
早くいつもの44街に戻りたい。
あまりにそう思いすぎて、早く外に出ることを考えてしまう。
評価とかロボットに好かれるとかどうでもいい。勝手に私物化されても私はなにも、言ったわけじゃない。
ここまでして貰えるのがロボットからの評価、くらいだという、信じがたい理不尽。
お酒を一気に飲んで上司に好かれるような雑な好かれ方。いっそ嫌いになってくれればいいのに。
階段に足をかける。先ほど踏んで歩いたものによってぬるっとしている。
「────……」
階段の踊場には、まだなにも、ない。
わかっていても薄暗い壁が不気味に笑っているような、なにかが待っているような感じがして、背筋が寒くなる。
「…………」
クラスターは面白そうに笑い声をあげた。
「外部発信機能つかお!」
「いいよー!」
……心霊スポットに来た暇人みたいなことをしている。
「おわかりいただけるだろうかー?」
────────────────
クラスターが騒いでいると、ロボットが彼女ら? に呼び掛けた。
《どこかに行かないように、ちゃんと見張っているか?》
「はい!」
クラスターたちははきはきと返事をしている。私は横から割り込んだ。「こんなこと、やめて。
戦いたくない──
何か、他のことだったら」
ロボットが笑う。
《他なんてないんだよ! 他の人は
殺人事件に巻き込まれて居ないんだから!!
君からしか、奪えない!!
頼む、特別になるには必要な素材なんだ!!
抵抗しない、というのなら、
素材に許可を出す審議を進める。話し合いをしたということに》
「嫌──そんな話し合い、しない! そんな卑怯な素材で出来たものに、なんの意味があるの?」
むきになって叫んだ勢いで、階段に足を踏み出す。
心が張り裂けそうだった。
けれど心が張り裂けそうな気持ちをずっと抱えると、そのうちじわりと溶けてきて、なかなか溶けない角砂糖のように、どろどろとした重たいものに変わり、全身を循環しながら一部の感覚を遮断する。
遮断された感覚になるまで、数秒待つと、一瞬だけ、何も感じない時間が生まれる。
ゆっくりと階段をのぼっていき、もうじき踊り場に足がつくことがわかって、ほっとした瞬間に階段に座り込んだ。
「…………」
なんだか、歩く気がしない。
もう少し、したらまた数秒、だけ、何も感じない時間が生まれるはずだ。
「さすがに疲れたな……最近ずっと動き回っていたし」
素材にされるとか、殺されるとか、何を言われても今更あまり響かない。怖いとも感じることがない。
ずっと拘束を受けているのだから、今更脅しに使ったところでなれてしまって、ぴんと来ないのだ。
けれど、それを認めてしまえば、犯罪を許しているみたいになってしまう。
「……どうして、私に起こったことで、私が怒らなくちゃならないんだ、やだな、誰か、代わりに、怒っといてよ」
理不尽だな、私に何か起こったところで、私が何か思わなくちゃならないなんて、誰が決めたんだろう。
悔しがれとか、悲しい顔をしろとか
、感情豊かな人ほど、他人に同じ顔をさせたがる。
今更、いつものことに悔しがるなんて感情があるわけがない。
またか、としか思わないことばかりある。
役場に行ったときも、ほんの少しだけ、普通の人の権利が認められるかなと思っただけで────
「椅子さん……」
紙飛行機の形をしているそれを撫でる。木の感触が恋しい。
踊場を進んでゆっくり部屋に向かっていくにつれ、壁に刃物を突き立てたような引っ掻き傷が目立ち始める。
動悸が激しくなり、心臓が暴れた。
慣れて──居るのは、暴言とか軽い暴力とかであってさすがに、これじゃないんだけれど。
壁にある引っ掻き傷に、やがて何かの染みが混ざってくる。
後ろに手をついたような、指の形。
横にずれていく指の跡。
部屋の前、ドアの隙間から、何かの染みが点々と続いている。
回そうとしたドアノブに、かさついた何かの汚れがついている。
その感触を思い出して、意識がふわっと浮き上がる。
──他人を、好きになることはね。他人の命を、自分の一部にしてしまうから、だからね。
(…………)
誰か、の、何かを思い出しかけたきに外で轟音がした。ロボットが痺れを切らしたらしい。
《孤独感、は迫害の疎外感は高まったかな?》
「高まらない! 私、どうでもいい相手に悔しがれない、興味が全然ない」
どうでもいいと全面に出しながら返事をすると、外からそれこそ悔しがるように唸る声が聞こえた。どうやら、マウントをとっているつもりだったらしい。
《いい加減にしろ。
お前が、自分の力だというから! それならこの場所がお前のものか見せてみろ、と命・令してるんだ!
従え、拒否権はないと言っているんだが、わからないのか?》
…………???
さっぱりわからないが、自分のもの、という言葉から、それなら自分にも理解出来れば譲ってもらえるという解釈に至ったのだろうか。
(20213/1721:59)
《いい加減にしろ。
お前が、自分の力だというから! それならこの場所がお前のものか見せてみろ、と命・令してるんだ!
従え、拒否権はないと言っているんだが、わからないのか?》
あぁ、なんだ、これは、命令だったのか。
ドアにかけようてした手が、ぴたりと止まる。
──やめた。こんなこと。
見せてみる必要が感じられなくて、もっと先に、やるべきことがある気がした。
「あなた。本当は私のこと、嫌いなんじゃないの?」
《何を言ってる、わからない、君が好きだ》
「ふうん──」
ロボットじゃなくて私が好きなら、ロボットがスキダによる巨大化でこうなったわけでは無さそうだ。
つまりあの女の子の車とは違う。
となると、組織的なものだろう。
椅子さんとロボットに何があったかは知らないけど、こんな兵器を用意するなんて、大きな後ろ楯がないと不可能な気がするから。
だけど、兵器を渡すことは、同時に組織的に何かを裏でやっているということを意味する。無料の地方紙にある、44街スーパーシティ条例には主に自由な恋愛や保証のことがうたわれるくらいだったけど────
(裏で観察屋が動くのはわかる。ロボットなんて初めて聞いた……)
さすがに人間一人の暗殺には大袈裟だし不向きだ。
どういうことなんだろう?
「そんなこと言って、私に気を遣わないでいいのに。嫌い、なんでしょう? 私のこと、まるで見えてないもの」
《何を言う、嫌いなわけがあるか、嫌いな相手の力など欲しいとおもうはずがない》
「言葉を変えるね。
嫌いになってくれ、と言ってたんだよ。
しつこいから、邪魔だから、嫌いだと、素直にはっきり言ってって言うと騒がれそうだから、遠回しに聞いただけなのよ」
《────な……っ》
ドアに背を向けて階段を降りる。
部屋のなかは、見なかった。どうせいつか開ける日が来るドアだし。此処は、ロボットの空間で、本物の家自体ではない。
あのドアは自分の記憶、自分の力をもって開けるもので、今は、ここでは、なんとなく、その方が良いという気がしたから。
……外からまた、轟音。
さすがに気になって一旦振り向いて踊場の奥、窓際まで向かう。外では巨大な人型の影と、ロボットが対峙していた。
「なんだろ、あれ…………」
う……うぅ………………うぅうぅうぅ…………
風のような、唸るような声が響く。
人型の影が発しているらしい。
──ダ!
「え?」
唸ったかとおもえば、影は即座に頭を抱えて叫ぶ。
────キライダアアアアアッ!!
キライダ……モウヤダアアアア!!!
キライダー! キライダアアアアアッ!!キライダ!!
「何を、したの!?」
《私は、知らない!! まさかもうこちらに来るなんて》
轟音。影の怪物がロボットに何かを打ち込もうとする音のようだ。
触手?
「キライダ…………」
ロボットは近接用の武器しか所持して居ないらしいが、短剣はあまり当たって居ない。
指にはめたられ髪飾りからも触手が伸びて絡み付いてきていたから、あれはたぶんその辺りから生まれたのだろう。
《早く、早く力を手に入れなくては──!》
あせる声が聞こえる。理由はよくわからないけど、力を手に入れる、なんて理由は戦うためらしい。
私を羨む前に自分で孤独になってみたことはあるんだろうか。
まあいいか。あらためて、階段がわに背を向け一階に降りる私。
クラスターが睨み付けているが、とりあえず無視して廊下に向かう。
「面白くなっていたのに!」
「期待はずれだ!」
「謝れ!」
「謝れ!」
「面白くないだろうが!」
クラスターも、だんだん凶暴化しているらしい。
「降りたら面白くないだろうが! 聞いているのか!」
どこに居たって笑える場所なんて期待してはいけないしどこに居たって、逃げる場所なんて期待してはいけない。
「────うん」
「心霊写真を撮りたいんだこっちは! 聞いているのか!」
「────うん」
だからこそ、私は期待を裏切ることにした。クラスターは私を見張ることしか言われていない。その私が見張りがいがないので怒って当然だろう。
「──あのさ、巻き込まれたいなら、勝手に事件を起こせばいいんだよ。
孤独になりたいなら、なればいい。
他人なんか使わずに出来ることだよ。
一見凡人には珍しいかもしれないけど、こんなの別に大したことじゃないのよ。
私が、見せてやる意味が感じられない。
たかが人が死んで、たかが心が破壊されて、たかがそれだけの話なんだから。何事も結局、やらなかった人が勝手に言うだけ──いたたたたたたたたたたた!!」
両腕に力が入る。
見ると、クラスターが腕を強く握りしめている。どこか虚ろな顔をしていた。
「ま、待って聞いて、私───心が無くなったことがあるけど、それだけだった。
心なんか動かなくても、身体は動かせるんだから……今だってそう、心なんかろくに動かない状態じゃなきゃそもそもこんなところに入れるわけないじゃない」
液体の海を足でぱしゃぱしゃと跳ねさせると、クラスターは怯えたように私の影にかくれた。死のにおいがする。油の、ぎっとりした重たいにおいがする。少し乾いてきた液体の、錆び付いたにおいもある。
ずっといたら気がおかしくなりそうだ。
外からロボットが叫ぶ。
《────ああああああああ限界だ! お前ごと、透明化して力を身に付けてやる!!!》
二階は一旦置いておいて死体の場所くらいは拝んで行こうと一階の『あの場所』辺りに向かっていると、外から声がした。
背後に光が見える。横目で確かめるに、レーザー光線がさっきまで居た二階を透明にしているらしい。
階段に反射する光がキラキラと輝いて、まるで光の雪のようだ。
ちょっと、きれいかも……
「う、わぁ!」
見とれていると、髪飾りのようなわっかのような光が、壁をすり抜けて乱射される。
「────」
クラスターは、味方である彼女?らも含めて狙われることに驚いているようだったが、同時に重々しい空気を身に纏っていた。表情は虚ろなままだ。
「大丈夫? 私についてきたから大変だね」
クラスターたちは黙ったまま私を二階につれて行こうとしている。そりゃまだ完全に透明化してないけれど、渦中に行かなくても。
「あ、あのね。一瞬だけ、心が動くより先に身体が動くようにすると良いよ。余計なことを考えなきゃ大抵のことには傷付かないんだから、そしたら大体苦しむ前に行動が終わって────」
腕を振り解こうとしていると、クラスターが何か、しゃべった。
「──え?」
「う──頭が。……スキダ……スキダアアアアアアアア!!!!!」
クラスターがスキダの影響に当てられて、正気との境をさ迷っている……
虚ろなまま、私を捕まえようとより体を近付けてくる。
「ここにも、やっぱりあれは、居るんだ……!」
咄嗟に足払いをして転ばせた隙にリビングの方に走った。
もしかしたら。でも、どうしよう、あのロボットにとりあえず報告────
「キライダアアアアアアアアアア────!!────キライダアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア」
外で叫び声がした。耳を塞ぐ。
「うるさい! どうしてみんな、他人を好きになったり嫌いになったりするの!? それさえ無ければ、争いは起こらないのに!
心を持ちすぎだよ! 持たなきゃそんなことに惑わされないのに……」
走ってすぐに着いたリビングや辺り一体の有り様はひどかった。
強盗でも入ったのだろうか。
机のあらゆる引き出しが引き出され、絨毯がぐしゃぐしゃな状態で敷かれ、ローテーブルにグラスや水、置いてあった花の置物が散乱している。
そして無数の紙が散らばっている。
「市の情報誌……お買い物クーポン券……保険のお知らせ……うわっ!」
窓からわっかが飛んで来て、私を狙う。
やっぱりあれは、あの髪飾りだろうか。
薄暗い部屋のなか、デスクの小さな明かりだけをつけて周囲のものを確認する。
「悪魔セールを開催します……悪魔割引が適用できます…………新医療保険:devilは、もしものときのあなたの命綱に……
なにこれ、全部悪魔絡みだ」
新医療保険:devil♪
医療保険devil♪
悪魔に乗っ取られた!?
そんなとき、あなたを保証する♪
そういえば小さな頃に、ラジオからそんな曲が軽快なリズムで流れてきていたような。
──悪魔なのよ。
「お、かぁさ……」
また心臓が暴れ、動悸が激しくなる。
小さな頃に意味もわからずに歌っていた。
不安になり手にしている紙飛行機を見──てみると、なんだか黒ずんでいた。
「嘘……何か汚れることしちゃったかな」
──────
椅子さんのクラスターがこうなるなんて、椅子さんが、来られないことと、関係があるんだろうか。
「つかさっきの何? ホラーゲームで座りこんじゃいけないでしょ!」
「え?」
一瞬ぼんやりしていると、すぐに、クラスターが追い付いてきた。
しまった……
彼女たちは、外から飛んでくるわっかを手にするとそれを改めて私に投げつけてくる。そのときは驚いて咄嗟に顔を腕で覆うことしか出来なかったが、はずれたようで、壁にぶつかって消えていく。
「──なぜ私を拘束するの?」
じきに、次の攻撃が来るだろうと警戒しながらも、一応聞いておく。
クラスターはとても冷静だった。
「逃げるな、お前がやると思って実行したんだ──ス──スキダ…………スキダアアアアアアアア……なんだ、これは……スキが、溢れて…………」
脅されたら私が従う、そしてロボットに力が渡ると思っていたのに無視されたり座られたりで傷付いて居るらしい。
(……しかし、流暢な言語だなぁ)
クラスターがやけに、人間味を帯びてしまっているのは初めて見た。
これはこの空間の影響だろうか。
彼女たちは、私を面白がれないことや、ホラーゲームなのに座った、ことを口々に批難しながら迫ってくる。心霊現場に、ホラーゲーム。
彼女たちにとって他人のことは楽しいイベントに過ぎない。
「う、うわあああ!
スキダアアアアアアアアアアアアアッイクナアアアアアアッ!! スキダアアアアアアアア」
「──やっぱり、こうなるか……」
ちょっとは違うことを期待したのに。
アサヒが言うには、私に近付くと、スキダに侵食される速度が急激に速まるという。
この空間が私の精神の再現ともなれば怪物化から逃れるすべは無さそうだった。
202103/1917:02
「コリゴリが途切れる間際に遺した通信、
そしてカグヤの家の観察によると、
あの椅子がなにやら鍵を握っているかもしれません」
「しかし椅子を使うには、彼女の力を奪う必要があります」
「しかし、あの椅子に、我々がそのまま向かっても太刀打ち出来ないでしょうし……彼女を殺害するわけにもいかない」
「お前たち、なんのために、44街と学会が結んだ極秘プロジェクトがあると思ってる?」
男、がにやりと笑ってパソコンの向こうに話しかける。カグヤの家の邪魔者の排除や、めぐめぐの件、そして悪魔の子。
恋愛総合化学会特別部隊、ハクナは、朝から彼らのようにリモート会議をするものと、行動に移すものに別れて大忙しだった。『指揮をとる男』は可愛がっている観察屋たちと椅子と悪魔についてひそかに話し合っていた。
ハクナがこっそり政府や街と結んだのは、魔の者が現れたときの戦力として武器や兵器を学会の予算を注ぎ込み購入する、その補助だ。代わりに、44街をしっかり守ることを約束している。
「あのロボットを導入してみよう。
椅子が特殊な触手を使ったとしても早々にやられないだろう」
3/1917:34
アサヒの家は、そこそこな一軒家だった。木造の二階建て。
この外観を、コロニアルスタイルというらしい。コロニアルは植民地を意味する名前だ。
ドアを開け、ちょっと靴が脱ぎ散らかされほこりっぽい玄関を抜けて、中に入って
──驚いたのは、中は足の踏み場もないくらいに雑誌などが散乱していたこと。
彼曰く「ちょっと散らかってるが、気にしないでくれ!」
「……」
アサヒが奥の部屋に着替えをとりに行く間、リビングらしき場所のあちこちに置かれたさまざまな雑誌を眺めていた。
周囲を見渡す。ろくに帰ってなさそうな荒れ具合のわりに、この貯蔵量。買溜めだろうか。もはやもとがどんな部屋だったのかわからない。
書類が積み上げられた部屋は、別の嫌な記憶と重なり、心のなかに暗い影を落とす。
(本が、沢山ある部屋……やっぱりにがてだな)
本が、嫌いなわけではないけど、わたしの嫌な記憶といえば本が部屋に積み上げられた部屋は定番だった。まずパパがそうだった。本を沢山買い込み部屋に籠り何かあれば怒鳴りつける。あのイメージが消えないから、本に囲まれた部屋を見ると思いださずにはいられない。その後ママが、コラムや本を書くようになり、今も行方不明。
(…………)
ふと雑誌のなかに、ママの名前が入った雑誌を見つけた。
古い、噂などを面白おかしく描いた週刊誌。コラムにママも参加してるようだ。
特集には恋愛総合化学会の謎の動き、とあった。占い師もしている女の人が解説までしていて、いかにもあやしそうだったので、興味をひかれた。
《人間や生き物は好き、嫌いという強い感情を残して怪物になってしまう場合がある────嬉しかったこと、悲しかったことどちらも覚えているうちはまだ生きていられる。
怪物になってしまうと、一番強い感情にとらわれてしまう。強い苦しみを持っていて死ぬと苦しみの権化になってしまう場合がある。
そのものはその感情しか覚えていないんです。呪いに利用されるのはこういった魂です、我々が持つ、好きだ、嫌いだ、幸せだ、憎いといった感情はとてつもないエネルギーを秘めているんです。私たちが普段結晶として見ているもの──あれは私たちの希望にも絶望にもなりうるのです》
占い師の次に雑誌記者の南川さんの記事が始まる。「恋愛総合化学会は……『その呪いが出来上がる現象』を再現することに関心を持っており、実験の支援・協力者の証言や観察した映像をもとに現場再現をする装置を作っている噂がある……呪いの中に入り込んで、どうにか浄化するねらいと見られ──」
近いページにあるコラムの方を読むと、ママが無理矢理学会側が再現することに反対しているような内容だった。
(浄化、あの怪物を倒すこと……?)
運命のつがい、が魔のものを遠ざける、と学会のパンフレットにもあったように、そういった対象自体を意識して出来た団体であることは間違いなさそうだが、他人が装置で露骨に現場を再現してもよいのだろうか。
(そもそも装置を作るなら、つがいは要らなくない?)
怪物化、という文字からあの家に居た怪物と戦ったときを思い出す。わたしは共感出来なかった。
共感よりもむしろ、怖くて、気味が悪くて
(──そう、感じてしまったときに、再現された空間に居たらどうだろう?)
露骨に生々しく、否定されて、駆除されるなんて余計に惨めだ。お姉ちゃんは確かに戦っていたけど、呪いに入り込もうとしては居なかった。
「駆除される、か……まるで駆除だ……そんな風に気軽に関わっていいのかな」
それとも。
本当は──こんなのも、観察屋の建前でしかなくて、薄気味悪い奴を便利に使って何が悪いのかと、そう思っているのだろうか。
「何読んでるんだ?」
「わああああああっ!!」
驚いて咄嗟に、近くの雑誌をつかむ。
「ふーん……まだ小学生には早いな」
アサヒはニヤニヤしながら頷いている。
「え?」
何気なく手にしていた雑誌のページがめくれている。そこには『コートの下は裸!』という、 コートの前を広げた裸の女の人が横たわる写真特集があった。
《めちゃくちゃ変質者!》《いぇーい! マスター見てる?(^-^)v》などとふざけた文字がページに踊る。
「わ、わわわわわわ……違うの!」
「ほう、ホットな新人、チョコちゃんのホットチョコ……スパイシーな装いも魅力的」
わたしの手から雑誌を拾い上げると彼はニヤニヤしながら読み始めた。
「読み上げないで!」
「何をいう。これは立派なアート!
チョコちゃんもいいけど、シナモン、クローブ、サンショウ、チリペッパー、
みんな着こなしが違うんだ。
コートの下が裸と言ったって奥が深い!」
アサヒがやけに熱く解説している。
コートの下が裸がそんなに良いのか。
「そ、それより、もう準備出来たの?」
「あぁ。いつもあちこちを飛んでたからな、こういうのは慣れてるんだ」
「……そっか」
聞いてみる?
どうしよう、一瞬悩んだ。
「あの、アサヒ」
「ん?」
「観察屋が、盗撮した素材を、どうするかって知ってる?」
アサヒはなんてことないように肩をすくめた。
「────さぁな。俺はそれを聞こうとしてクビにされたんだ」
「だよ、ね」
装置が、装置が、脳裏に浮かぶ怪しい記事。ママのコラムもあるくらいだから、聞いても不自然じゃないかも。だけど、それとなく聞こうとしてもそんな胡散臭い記事は非現実的だって、笑われてしまうかもしれない。さっさと出るぞとせかされ、わたしはアサヒと家をあとにした。
「────?」
外気に肌が触れたとき、同時にぶわっと肌が波立ったような寒気がした。
わたしの車が何かを察知したらしい。
スキダの影響なのか気配というか、車が何をしているかはなんとなくだけど、想像がつく。走り出したわたしをアサヒが追いかける。
「どうしたんだよ!」
「市庁舎のほう……行かなくちゃ、車が、車がなんか変なの」
「車?」
ガードレールに囲まれた歩道を走り、すぐそこの停留所につく途端に、アサヒは「バスを待とう」と言う。ここまではバスで来たので、自然な流れだった。
「わかった……」
早く行きたいけれど、近いのはちょうどあと10分くらいで乗ることが出来る。
急いだって車のほうが早そうだし、体力は大事だ。頷いて停留所に足を止める。幸いほとんど並んでいなくて数人の先客がいたくらいなのもあって素直に従った。
ほとんどがお年寄り。
でもなんだか変。わたしたちの前にいるおばあさんたちが、アーチ、アーチじゃない? と噂しているのだ。
「アーチ?」
5、6人くらいの列の先頭に、赤いメガネをかけた少女が腕を組んで立っていた。
「アーチ」
「アーチよね……なんで此処に」
おばあさんたちは彼女のことを、アーチ、と呼んでいるらしい。
本当に、なんで此処に。
アーチ、はわたしたちの方をじろっとにらむように見つめた。
「……ふうん」と、何か面白がるような、見下しているようなリアクションをする。
「アーチ、ってやめてよ──ここでは、私は竹野せつ。せつって呼びなさい」
おばあさんたちがしんとする。
竹野せつ。アーチ、と呼ばれる彼女が、なんの用事だろう。と思ったら、先頭からあっさり後列まで駆け寄ってこちらに話しかけてきた。
「ねっ、悪魔は?」
「悪魔……?」
「あなたたちと一緒にいる。あのコよ」
「お前が、クロか?」
アサヒが突如割り入って来た。
彼女はなにも言わず、動き出した列に従いバスに乗り込む。わたしたちも続いた。
───
44街のいつもの景色が、視界の隅に流れていく。
アサヒとわたしが最後列の長い座席に座ると、なぜか彼女はわたしの前に座った。
「ねぇ」
景色を眺めるくらいしかすることないな、と思っていたのに、アーチ……竹野せつは話しかけてくる。
「さっきの、クロってどういう意味、アサヒ?」
「ははぁ、俺のことも、調査済み、か……」
アサヒが苦笑する。
せつはなんてことないように首肯く。
「親切な友達が居るから、大体の情報は手には入るの」
「なるほどな──まずは、アーチについて教えてくれよ、
さっき歩いてるときに思い出していた。
お前の顔、そういえばニュースで、見た気がするんだ……芸能人か何かか、アーチ、アーチ、って…………俺が集めてた雑誌とかにも確か……」
せつは少し嫌そうにしながらもすんなり答えた。
「有名人だから、当たり前じゃない」
やはりそうなんだ。彼女はどことなくインタビュー慣れしているような堂々とした雰囲気がある。
「アーチはちょっとした団体の、偉い地位の名前だから」
ちょっとした団体、で理解したのかアサヒは何か言いかけて口をつぐんだ。周りの目を気にしているらしい。
「あなたたちは、あの悪魔とどういう関係? クロと関係があるの?」
せつの方は、有名人でありながらも、周りを気にすることなく、むしろニヤニヤしながら質問攻めにする。テンションが高いらしい。
対してアサヒの目付きが鋭くなり、声音がやや悲痛なものになった。
「あいつは──悪魔なんかじゃない……」
「悪魔じゃないなら、何、祟り?」
「──人間だ」
わたしもすかさず口を挟んだ。
「そうだよ、勝手なことを言わないで」
同時に誰かがボタンを押したらしく、アナウンスがかかる。つぎ、とまります、がバスの液晶に表示された。
未だせつは降りる様子がない。
行き先が同じなのだろうか。
「なぜ、『お前たち』はその表現に拘る。悪魔だ祟りだって、まるで、貶めるみたいじゃないか」
「えー、そんなつもりは、ないんだけど」
お前たち、とアサヒは言う。
集団が背後にあって、全体で行われたことだという認識があるからだった。会話の間にも、バスが前へ進んでいく。乗る人が減っていき私たちくらいになった頃、アサヒはこっそりとわたしに囁いた。
「さっき思い出したよ。アーチは昔流行っていたカルト宗教団体の、娘の名前だ。後にテロリスト団体として名を馳せた後、主導者が逮捕された」
取り残された信者たちが今でも外国人や事件を知らない若者をターゲットに、ひっそりと続けている噂があったが、あまり深くは報道されていないという。
「国内で騒がれたとしても今も隣国で信者を集めているとしたら、いろいろと辻褄が合うんだ」
市庁舎の近くの景色が見えてきて、そろそろ降りる頃だ、と思って立ち上がると同時に、せつが料金を払ってバスから降りる。
わたしたちも降りた。
市庁舎の方に向かっているとせつもついてきた。
「ついてくるのか?」
「用事あるし。クロって何の話か気になるし、悪魔の──」
「企業などに潜んで個人情報を売り渡す奴だよ。お前たちが」
バスが共に去っていくのを横目に、アサヒはどこか、気まずそうに、けれどハッキリと聞いた。
「44街の、特定の個人の情報を、隣国に売り渡して居るんだろう。
乗っ取るために、お前もその協力をしてる」
「え? 私はただ──!」
「悪魔だとか祟りとかも本物を消す為に、皆を誘導してるんだ」
「い……」
せつは、突然ふらついた。
頭を抱えて目を見開く。
「なによ、悪魔じゃない、なんて……
なによ、いきなり現れておいて……な、なによ…………あんなに、みんなに、嫌うようにって、教えてるのに……なに、こいつら」
「お、おい……頭が痛いのか?」
「行かないで行かないで行かないで行かないで行かないで行かないで行かないで……愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる行かないで行かないで行かないで行かないで行かないで行かないで行かないで行かないで行かないで」
「な、なんだこいつ、気持ち悪」
アサヒとわたしは少し引いていた。
せつは取り乱しながらわたしたちを睨む。
「あ、悪魔は私のものっ! 私、悪魔が好きなのっ! アサヒには負けない」
「はぁ?」
「だって迫害なら私だって、アーチ、アーチ、ってみんなに噂されるから独りぼっちだし、いや、行かないで行かないで行かないで行かないで行かないで行かないで私をわかってくれるの、私をわかってくれるの、わかってくれるのは悪魔だけ悪魔悪魔悪魔行かないで行かないで行かないで行かないで行かないで!
悪魔が嫌われなくなったら私どうやって自分を励ましたらいいの…………」
迫害、とはいうがせつがやって居たのはその悪魔のフリだ。要は生活密着型のなりすまし。スパイで、迫害の要因そのものだった。生まれが選べないのはどうしようもないが、自分が嫌なことをさせて、喜んでるのかというのが素直な感覚だった。それをわかってくれるなんてさすがに傲慢過ぎるけれど、それほどせつの周りには誰もいないのだろう。
「許さない。私以外と会話するなんて、許さない」
「お前も特に話してないだろ……」
(20213/240:18)
「申し訳ございません、近辺は、現在通行止めとなっています」
通勤に使ういつもの道が看板でふさがっていたので女は一旦道に車を止めた。
誘導係の男が右折するようにと促している。思わず開いた窓から声をかけていた。
「何かあったんですか?」
辺りをうかがうように見渡した後、誘導の男がニヤニヤと答える。
「──秘密ですよ、強盗が現れまして、その関係なんですよ」
「強盗。この辺りで!?」
銀行とかならわかるが、市庁舎に、何かあるだろうか。彼女には見当もつかない。
「今世の中、恋愛で大変だっていうのに、陰気な野郎も居るもんですよ。人のものを盗むなんて、なにを考えて居るんだか」
「人のもの──誰のものなんですか?」
「いやぁ、私も、それは言えないんですけどね」
近道だったのに。通行止めは不便だなと思うものの、彼女は大人しく右折する。
なんて理不尽だろう。工事ならわかるが、人のものを盗む、人のせいで通行止めなのだ。とは考えてもしょうがないか。
「そういえば、恋愛も、人のものを盗む行為よね──」
あんな意地汚い醜い奪い合いを、わざわざ美化してみんなに強制するのだから、あれこそが犯罪者を生むと思うのだが──その本心を口にすることは許されていない。
「ったく、他人を好きになることの何が面白いのよ」
他人を好きな人って全員もれなく、何か偉そうで、気取っていて、気色悪い。
大学デビューして変なほうに性格が変わった友人のような、よく言えば初々しく、悪く言えば痛々しい。悪いものに憑かれたみたいに虚ろな目をして、ふらふらと彷徨う
姿が、人間が人間に洗脳されているみたいで不気味だ。
「強盗だなんだって言ったって、恋愛をすることだけは、犯罪者じゃないんだから、世の中って異常」
呟きながら、ミラーの隅を見る。
そこには猫の写真が貼られていて、思わずにやけた。
彼女は飼っている猫と恋人届けを提出した。別に好きな相手がいるわけではないが、強制されるとなれば、いちばん可愛がっているのは猫のナナだからだ。
「ナナは良い子で居るかな……」
右折した道を曲がっていると、その先では渋滞していた。
「ああ? 電柱の何が悪いんだコラ!」
「人間の形をしてないと、人・間・の・形を!」
前方、線を挟んで、道の左右でドライバーが言い争う。44街ではよくある風景。今ではどんな恋人かでマウントを取り合う人まで現れている。
広い車道に続く道で渋滞を待っていると、通学途中の異様に距離が近い女子高生二人組が歩道を歩いていった。端末を見ながら盛り上がる。スクールバッグと髪にお揃いのピンを付けていた。
「見て見て、炎上してる!」
「うわ、バカだ、恋愛を批判するようなこと書くから!」
「恋はみんなの幸せじゃんね? 幸せが嫌いな人は居ないのに」
イライラが収まらない。
だって、キモいじゃない。事実。
何がわるいのよ?
どうして、あの洗脳されたような不気味な目を、キモいって言ったらいけないの?
みんな内心は思ってない?
──不安にかられるのは、私だけなのだろうか、という不安にかられる。
「恋・愛☆最・高☆む~ねキューンキューン☆Foooo!」
「恋・愛☆最・高☆む~ねキューンキューン!!!」
争っていたドライバーたちがやがて歌い始めた。意気投合したんだろうか。
「姿形は違っても~!」
「みんな何かに恋してる~!」
うっせぇわ!
3/295:49
せつが悲痛な声で言う。
「悪魔が嫌われなくなったら私どうやって自分を励ましたらいいの…………」
救われた、と。
傲慢に、身勝手に、見下ろすように。
辺りに、パン、と軽い音が響いた。
わたしは思わずせつを叩いていた。
「さっきから聞いていれば、勝手過ぎる。孤独だからって他人にわかって貰えるなんて思わないで。
あなたと違って、悪魔と呼ばれても必死に受け止めて生きてる彼女への侮辱だよ」
せつは何が起きたかわからない、という感じで目を見開いている。市庁舎まではすぐそこだった。アサヒはなにも言わない。
イライラする。
わたしだってそう、自分をわかってくれる、なんて誰かに期待したりはしない。
するだけ無駄だからだ。
それこそ、何様なのか、と思う。他人の人生に自分をわからせてなんの意味がある。
気持ち悪い。いつだって自分をわかるのは自分しかいない。
────わたしの車は、市庁舎の近くで何か戸惑っているような感じがした。
走って向かっていくと、巨大なロボットが市庁舎の前に立っており、その横におねえちゃんが虚ろな目をして座っていて、両脇をクラスターが固定していて、車のおもちゃは彼女たちのそばを不安そうにくるくると回っていた。
「おねえちゃん!」
声をかけるが、わたしが見えていないらしい。通行人がちらほらいるものの、みんな遠巻きに見るだけで去っていく。
アサヒも唖然としている。
「なんだこれ──こんな兵器が……どこから……」
せつが泣き叫んだ。
「いやああああ! わだじを、わがっでぐれるのぉ……!!! ねぇ、私だよ……!! 行かないで……!!行かないでえええ!!
行かないで……私を観て……私を観てええ!!あなたのなかに、私が居ないのが、さみじい…………なんで、私を観てないの? 今、私、横に居るのになんで、私を今、観てないのおおおおお!!! あなたのなかに、私が居ないの!! 許せない!」
アサヒが冷静に「いや、あの状態でなんでお前を見てられるんだよ」と突っ込む。
見た限り、とてもそんなことに意識を使ってられないだろう。
「彼女のなかに、あんたは居ないよ」
せつが絶叫する。
「そんなの許せないいいいい!!!
私も、あの中に入る!!
私を、意識しなさい!!!
あなたのなかに、私が居なきゃ許せない!!!!」
アサヒが引いている。せつが強引に走り出して、彼女の首根っこを掴もうとするので
さらに引いていた。
「いやあああ! 離して!!痛みだけでも!!痛みだけでも刻んでやる!!彼女のなかに!!私を刻んでやる!!!
痛みだけでも!!!私を見なさい!!忌ま忌ましい悪魔!!」
なぜか、歩道に座っている彼女はやはり虚ろな目をしていて、見えるもの聞こえるもの全てに怯えているようだった。
(なにかを、見ている──?)
そこにせつが乱入し、わめきたてるが、それすら聞こえていないようだ。
自分が悪魔、のなかに居ないことがそれほどまでに許せない事だったらしい。顔を真っ赤にして、叫んでいたが、彼女自身が極力他人との関わりを避けて過ごしていたらしいし、彼女のなかにせつが居ないのは至極当然な気がする。
「運命で!繋がってるのお!私が見ているように、悪魔も私のこと見ていて二人は愛しあっ」
「──落ち着けよ、どうしたんだよ」
アサヒが引いている。
せつはじろ、とアサヒを睨んでいた。
そして、なにやらぶつぶつと愚痴を呟く。
「チッ、まさか、知り合いが出来るなんて……なんで間違えたかな、彼女が私以外の友人を作る前に殺しておくんだった、まさか観察屋が墜落するとか思わないし、そもそもまさか爆破した先の子が生きてるとか思わないし……そもそも椅子と届けを出すなんて予想外だったしあぁ! せっかくイメチェンしたのに、せっかく性格を合わせて、話題も私に似合うようにアレンジしてみんなに言い聞かせて、私に合わせて性格を変えて、悪魔に合わせて生活を変えたのになんでかな」
せつがぼそぼそうるさいが、しかし小声だし早口なので、わたしにはあまり聞こえなかった。
「車さん」
わたしは車さんに声をかける。
車さんはじっと、わたしを見ている。
彼女がなにを見ているかはわからないが、辺り一体には、凄く、嫌な空気がまとわりついている。
「痛みだけでも!!彼女のなかに私がいないと許せない!!」
彼女のもとに駆け寄ろうとするせつを、アサヒが引きぎみに止めている。
「お前が痛みだとか存在を刻んだところでアレにはなんの意味もないだろ!」
「いーやーー! 絶対やる、絶対やる、絶対や・る! 私だって可哀想だ! 私も姉たちに虐待されてたんだ!! 孤独だ! 絶対わかってくれる」
せつが謎の決意で我が儘を貫く一方、 おねえちゃんは座り込んだかと思えば立ち上がり、虚ろな目をしたままロボットに向かっていく。その目を見ていると今の完全に何かの世界に居る彼女にせつの存在が意味を為すわけがないことが実感出来る。
彼女がなにかを見ているのだとしてもこちらからはよくわからないが、それでも、出来ることが、ないだろうか。
「アーチ、虐待で検索して見たが、記事はせつの話は違うと語ってる」
アサヒが端末を見て言うと、せつはさらに叫んだ。
「そんな嘘の記事!! 名誉毀損!! やっぱり悪魔しか私をわかってくれない!!!姉たちの悪行が知られていないなんて!!」
……。おねえちゃんのほうを見る。
ロボットが何かしているのか、彼女は時折何かを避けるしぐさをする。しかし見えない意思で動いているので、一体なにをしているかはわからなかった。
「こんなに派手に暴れてるのに、周りはなんで気が付かないんだ?」
アサヒがぼそっと呟く。そのまま市庁舎の上の方を見ようとして、わたしを呼ぶ。指さされた市庁舎の屋根上には、あの椅子さんが居た。
「椅子さん……?」
そのとき、アサヒの周りの空気が突然変わり、私、と言い出した。
「え?」
「──今、私には、この次元からの嫌な気を、この場で食い止めることしか出来ない……」
「……あ、アサヒ?」
「こうして、奴が持ちだそうとしたそのものを抑え込んで居るのだが、そうすると、今度はその中に向かわされた彼女のもとに行くには些か……」
ロボットの周り、彼女の周り、そしてその周りを、椅子さんのクラスター効果で広く覆っているらしい。騒ぎにならないのと関係があるのだろうか。
「ねぇ、そこに、おねえちゃんが、居るの?」
アサヒを、いや、アサヒではない誰かを、わたしはじっと見つめる。
椅子さんが、僅かに微笑んだ、気がした。
「椅子さん?」
「そこの、でかいのが半端に再現した
空間、その中に、居るな。
連れていくくらいは造作もないのだが──」
「わたし、行きます、連れていって」
次元とか、再現した、とか、雑誌のことが頭をよぎる。
・・・・・・・・・・・・・・
昨晩はいろいろとあったが、万本屋北香は無事にあの三人を誘きだすことに成功した。
ずっと考えていたこと。
あの日、私を睨み付けて苦しそうに名前を呼んだ彼女が頭から離れない。
《彼女》に、ちゃんと会いたかった。
仲直りして今までの誤解を解いておきたかった。
恋愛総合化は素晴らしいことでもあって、私たちのためなんだよ、と早く伝えたかった。
仲直りしよう。会長は少し気になりはするけど、学会は世界の幸せをいつか必ず築いてくれるはず。
恋愛が嫌いな人こそ、恋愛総合化を目指す学会に、入信してもらいたい。
──そうすれば、わかるだろう。
一連のことは、本当は誰のせいでもないこと。
私たちは誰も悪くない。
確かに最近はちょっと、何か、間違えているけれど、ひとつ確かなこと、学会だって当初の志には悪気は無いだろう、と信じてもいる。
だから私は、彼女に会う口実を作った。恋愛総合化を一緒に目指したい。
ハクナの工作員として数日前から、ネットにめぐめぐのことを書いたり、彼女たちの恋愛狩り活動中、サポーターのふりをした工作員を街に忍ばせ、めぐめぐの盗撮写真入りチラシを手渡していた。
そしてあの日、良いタイミングで内部の人間である《ヨウさん》までもが、めぐめぐを笑い者にして作った『本』の発売発表をした。
何事もタイミングだ。
ネットの記事を慌てて拒否する彼女に、重ねてヨウさんが本を出す邪魔をすれば訴えるという連絡を入れ、リアルからもネットワークからもとどめをさせば、もう戦局はこっちのもの。
ハクナの一人、そして作家である『ヨウさん』が、メグメグの抗議や活動を快く思ってないのは知っている。めぐめぐとつるんでいる『彼女』たちも
やがて姿を見せるのは必然的な流れ。
うまくいったその翌日、和解のために彼女、と話していると、目の前で役場に向かっていく車を見た。
44街の中心部にある都市の市長が44街の権力を握っていることや恋愛総合化学会と深い繋がりを持ち、当選していることは北香も知っていた。
その市庁舎に呼ばれるのだから、『特別措置』に新たに《めぐめぐ》が追加されることは想像にかたくない。
それだけ、だったのに。
それだけ、なのに、どうして、だろう。彼女、のあまりに真剣な目のせい? それとも、私にあった疑念?
迷う間もなく、彼女を愛車に乗せ、めぐめぐたちの後を追っていた。
もしもあの装置が、まだ作られていたとしたら。
場所そのものを露骨なまでに再現してしまうとしたら。
わたしのなかに嫌な予感がした。
椅子さんが、食い止めているのはそのものを持って来ようとするのが愚かだからだ。
薄めない原液の猛毒ようなものなのだろう。
もしかして本当にママが反対していたあの装置に、利益に目がくらんで、手を出してしまったんだろうか。
アサヒが倒れてくる。わたしは慌てて抱き止めた。
「……アサヒ?」
アサヒは苦しそうにもがきながらゆっくりと身体を起こすと錯乱状態のようになり頭を振り乱した。
「アアアアアアアアー!! ウアアアアアアアアアアアー!! 孤独が悪か!!!
孤独が悪か!!!
孤独が、悪か!!!
アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!」
「アサヒ……」
アサヒなのだろうか。それとも、ちがう誰かだろうか。
「勝手に!! 勝手に結び付くな!! 勝手に孤独を否定するな!! ここには無がある!! 有を生む為の至上の極限がある!!! 至上の極限は個であり、個以外ではない!!!」
椅子さん、を見上げる。何も言わなかったが、なんとなく言っていることがわかるような気がした。何かの影響なのだろう。
「おーい!」
呆然とアサヒを見ていると、遠くの方から、めぐめぐが市庁舎の後ろの方から走って来る。代わりに気が付くと、せつは居なかった。
「アサヒ、どうしたの」
めぐめぐが眉を寄せながらたずねるが、わたしにもよくわからない。
「わからない。いきなり、こんな風になって……」
「実はさっき、向こうの方でも、似たように具合が悪そうな女の子を見たけど、知り合い?」
「……いえ、知らない。でも具合が悪そうなの?」
「うん。なんだか、無の極致は至上である、とか言ってたけど」
アサヒと同じだ。
「たぶん、無は何でも生み出せる。
唯一の個であるっていう教えみたいなのじゃないかな」
めぐめぐが考え込む。
どうして、それを叫びだしたんだろう。そう考えてみて思い当たるのはあの昔話だった。
どんな重要な理由かはわからないが、ロボットが強引に空間を再現すると同時に、
本来なら救えもしない孤独が生まれる。
わたしがそこに向かいたいと言うので、孤独を愛する神様に、心を痛める気持ちもあるのかもしれない。
「やっぱり障りのようなものなのかも」
孤独が悪か。
──と、道を走っていた車が停車する音がした。
「孤独は悪じゃないよ。
人間が生まれるときも、人間が旅立つときも」
金髪の子が中から降りて来て言う。
「めぐめぐが市庁舎につれてかれたと思ってたら、
なんか急に椅子が職員と揉み合う騒ぎになって、外出てみたら強盗で通行止めっていうじゃない……意味がわからない」
「みずち!」
めぐめぐが嬉しそうに声をあげる。
「盗撮の抗議はどう?」
「証拠がない、って何を言っても、何を聞いても、話を強引にごまかして進まないんだわ。なぜか市長と面談することになりそうだったところで、椅子さんが乱入して……もしかして助けに来てくれたのかな」
その椅子さんは、頭上に浮いたまま、こちらを静かに見下ろしていた。カグヤのおばあちゃんとカグヤも心配だけど、と話が続いていくところではあったが、わたしには時間がないため、二人に率直に聞いた。
「今、この辺りは強盗が出たっていうことになってるの!?」
「あぁ、通行止め。なにが盗られたか聞いてもなんも教えてくれない」
みずち、が首肯く。
わたしは手短に、理由は謎だが、すぐそこにいるロボット兵器が半端に強い空間を作り出してておねえちゃんがそこに向かってしまった話をした。二人は驚きつつ、改めて目の前のそれと、近くにいる虚ろなおねえちゃんに目を向ける。
「もしかして…………昔テレビでやってたあれのことかも」
めぐめぐが何か思い当たるように呟く。
「呪い、祟りを押し退けるために産み出された環境を再現するとかって……」
「バカじゃないの!? フツーに禁忌。ってか再現したらそれだけ強いじゃん」
みずちが呆れ返る。
「教祖さまはそれに匹敵する強さだから向かえば祓えるとか」
「…………わけわかんない」
みずちが、それよりなぜ強盗?
と疑問そうにする。
再現された空間に閉じ込められるおねえちゃんの話と、ロボット兵器の空間再現、それらが強盗というのはどんな理屈だ?
まるで何か盗ったみたいな言い草だ。
「それでアサヒも心配だけど、おねえちゃんを助けに行かなきゃいけないの」
わたしが言うと、めぐめぐが頷いた。
「りょ。なんか知らんがこの場はリア充撲滅隊に任せな! 行ってらっしゃい」
────
「椅子さん」
わたしは頭上を見上げて椅子さんに呼び掛ける。
椅子さんは静かにわたしの方に触手のひとつを伸ばしてきた。
身体が眩しい輝きに包まれると意識がゆっくりと闇に沈んでいき周りが見えなくなる。
瞼を閉じると、世界のあらゆるすべてを憎むような鋭い気持ちがわたしのなかに流れ込んできた。けど、不思議。
(心地良い……)
許せない、救われもしない、助からない、すべての感情が、同時に自分にある感情の一部のように溶けて心に染み込んでいく。
痛い、とか苦しい、見たくない、という気持ちはそもそも本人に近い者の、その通りの感情か、他人の勝手な推測で膨れ上がるずれた感情だ。
だからわたしはそのような推測はしなかった。理屈ではないけれど、ただ目の前だけを見つめなければ、空間に拒まれて二度と出られないような気がするから。
──あなたには、怒る権利がある。わたしにも。
目を開けたときに居たのは、いつもの44街だった。ただし、いくつかの家がまだ真新しく、爆破されたりしていないことを除いて。
「──ここ、は……」
近くにある一軒家の前に、ロボットがある。ロボットは指にはめた光のわっかを家に向かって飛ばして居た。わたしは、恐る恐る玄関から中へと向かう。倒されたプランターや植木、綿がはみ出た人形。
何より、肉と油の濃いにおいが立ち込めていて異様な空気だ。
「う……」
思わず口もとを押さえる。ここに、彼女は居るのだろうか。
なんとなく、アサヒが一緒に来なくて良かったと思う。自分のことのようにすぐ熱くなるだろうから。こっちまで感情がおかしくなって冷静に目の前の景色を見ていられないだろう。
そう考えると、神様が止めてくださったのかもしれない。
「……大丈夫、大丈夫」
自分に言い聞かせながら玄関から足を踏み出したと同時に、目の前に不思議な人型が現れた。顔はないけど、意思はあるようで、わたしを見た途端に騒ぎ出す。
「イクナアアアアア!!! イクナアアアアア!!イクナ警報発令!!」
2021.3/30.13:03
ふふ……ふふふ。
暗い闇のなか、ヨウはモニターを眺めながら笑っていた。
44街は今や彼らが支配している。
「44街の市民さんたちは皆、私の圧力によって私だけしか見る事が出来なくなったよ、キム」
相手の意識を強引に操ることで洗脳が効果を発揮する。 思考の強制停止。
圧力によって強制的に『姫』いや『悪魔』やその周囲を思考停止に陥らせる、言わば行動不能。
「私もね、あの大戦から、手段を選んで居られなかったんだよ」
街には手のひらの賄賂やらなんやらを見せる事で、すぐに手には入るものばかり。
いくらあの悪魔の血筋だって流石にひとたまりも無いだろう。
「キム…………」
ヨウは暗い部屋のなか、ドアに背を向け、何かに向かって語りかけるようにしてニヤニヤ笑っていた。
モニターには、先日の悪魔の家の様子が映されている。
「椅子さん起きて!!!』
クククッ。
彼にはどんな場面も娯楽に過ぎない。
楽しくて笑ってしまって大変だ。
盛大に脳内に小躍りする。
そうか椅子さんでも椅子で無くなれば寝るんだ!喜んでいると誰かが壁の向こうから怒鳴ってきた。
「ボリューム下げて見られないの?
人が折角悪魔の能力を把握しようと構えている時にぃ! ……ただ、勝手に能力を喋ってくれたのは助かるぅ!」
音をたてて彼の真っ暗な部屋のドアが開き、紫の髪と眼鏡をした男装女が現れた。
「あれ? ヨウ。この家に来てるやつ、キムじゃん……!!!
悪魔はよく生きてるね、普通ならこれで一撃なんだけど」
「ブン、うるさい、静かに観てて」
────────────
××年前。
映像、音声技術の発展によって、あらゆるメディア分野が不景気の侵攻を受けずに急激な発展を遂げると同時期、束の間の発展、経済成長を嘲笑うかのように44街の人類を怪物が脅かし、各地に鎮められていたキムが目覚める。
実はこの経済成長の裏では、日々激しくなるメディア間の争いに勝とうとあらゆる禁忌を恐れず侵した者が居た。
それを押し留めようとしている恋愛総合化学会がまさかその禁忌そのものを『吐くな』と、隠す役目も同時に担っているとは、誰も思わなかっただろう。
ブン、と言われた男装女子は頬を膨らませながらいーだ!
と挑発のしぐさをする。
「そういや、この映像、誰が観察担当したんだろう」
ヨウは気にも止めずに呟く。
「あぁー、まったく、映像だけではわからないよ。もどかしい。
このキムの生の状況が知りたい。話が聞きたい。ギョウザさんが、アサヒは辞めたって、言ってたな……そうだ、コリゴリを」
「コリゴリも辞めたらしいよっ」
「えっ、あのコリゴリが、私と境遇が近いお友達だったのにぃ……パパーン!」
(2021:2/271:46加筆)
「いよいよキチガイ扱いが加速する……!」
面談が中止になった午後、
学会の部下にその報告を受けた会長は蒼白の顔を自らの両手で覆っていた。
「市から『接触禁止令』の許可が、出なかったということは、めぐめぐから露呈する可能性がある……」
市長と繋がりがある恋愛総合化学会のことは、背景を洗えばすぐに出てくる。それに──『ヨウさん』が学会幹部の一人だという点から見ても。情報がどこから漏れだすかわからない。
訴えを揉み消したからと言っても、過去、これまでの数々の言動や歴史が消えるわけではないのだ。すぐに証拠は溢れるだろう。
まずい……まずいぞ……
どうにかして、圧力をかけなくては。会長が焦る理由はそこにある。
(私が指示した戸籍屋からの個人情報洗い出し、精神障害者への薬物許可などもそこに噛んでいる──!)
『私は異常ではありません!常識人です』アピールをしなくてはならない。頑張って正気を保たねば。
観察屋が起こしたことはいわば会長の起こしたこと。
苦悩を知ってか知らずか、
その悩ましいときを見計らうように、ガチャ、とドアが開き、突如会長の私室に長身の男がやって来た。
「ワシが命をかけてやってきたドライブ!何年間もルーティンを踏んでやっと得た!データ!やっとつかんだ!
場所選択、思案ポイント!!!……すべてなし崩し的にゴチャゴチャ~~なかったコトにぃ… ……また1からのルーティン作り! ドーヨーコレ?」
凛凛しい眉。くるんとカールしながら分けられた前髪。フリルをなぜか盛大にあしらったスーツに、パーティーにでも出掛けそうなスパンコールのネクタイ。
極めつけにどこかの国で食される芋虫みたいな、または巨人の指みたいに異様な太さの葉巻を口にくわえ──彼はニヤニヤ笑う。
「ギョウザさん……!」
「はぁーん、思い出せば、何年も前からこんなコト、コツコツコツコツやってきて………イカレタんだよなぁ…………血の滲むような努力の末やっとキタ民意訴えタイミング~♪……………持ってイカレタんだよなぁ……出口の見えない闘いの末にきた結果がコレ………ウフッ」
「はっ! 申し訳ありません」
「接触禁止令、ダメなんでしょう?
じゃー訴えられそうなときに、土日またぎ何度も迫害やってしまったら…アウトだっぺな……最低でも把握して初めての土日で結論だして解決してないと…………世間さまから、反感買うよね?」
怪しまれ、雲行きが怪しくなるであろうことは単に観察屋に視線が集まる……だけではない。
ゆくゆくは不正な請求隠ぺい目的の厳しい催促改定、会員の薬物の乱用、犯罪を把握しているのに何ら対処していない、共犯だ!……を国民に向けて発信する予定を立てられるかもしれない。
恋愛総合化学会が44街、いや国内全土に進出する妨げになる。
「ヨウさんの、本は」
「発売は決定事項だ。現実のほうに変わってもらうしかないネ~~」
ヨウさんは幼い頃から幹部候補。世界トップクラスを名乗る立場のために大変な不安も抱いている。
そんな彼を支えて来た一人が、ギョウザさん。
学会に出入りする観察屋の上司でありながら、ある組織の幹部の顔を持っている彼は、保険会社などのツテから戸籍屋のデータなどを牛耳って表向き用に企業の社長をしている。
ヨウさんたちとの仲もあり、会社に多額の支援をもらっている代わりに情報を引き渡したり幹部を匿うというギブアンドテイクが成り立っていた。
「──だって彼『あの薬物』を使えば、彼は世界一の能力を発揮できる天才!!!!!ナンダから」
ギョウザさんは薬物と、ヨウさん、どちらも肯定し、それらを何でも願いが叶う魔法のように扱っている。
同時に、ヨウさんたちのような『二世』に厚待遇となる世襲制度の見直し……には断固反対という立場も持っている。そのため政治家にはよく言って聞かせている。
再びドアが開き、今度は『あの男』がやって来た。
ハクナの指揮の彼。
「ハクナのことなので、ハクナが始末にあたっています」
「おぉ~、いつもご苦労」
「はっ、ありがたいお言葉です」
ギョウザさんがニヤッと笑いながら、観察屋の男を見る。
「ハクナはどうやって仲間を守る?」
「『悪魔』に何があるにしろ、またヘリ飛ばしちゃって……」
「コリゴリは私が始末しました」
「アサヒは、まだよね?」
「はい……申し訳ありません」
「長は支持率の低下で学会の存続の危機を招くことを一番怖がっている……民間が~、すご~~~~く嫌がるし、すご~~~くご立腹されるはずょ! そろそろ、公の飛びモノじゃないと、突破口は見出だせないんじゃない?」
「表向きは、『魔の者』が手を広げていく流れの拡大を懸念して人の動きを確認と言ってありますし、ある程度の人通りがある場所での監視は可能、道具も動かせます。観察屋が逐一見張っている間にいつもの手で押さえ込めば完璧かと」
「はぁん、健闘を祈るよ。お前たちにアドバイス。
学会に疑問を持つものがでてきてるかもしれない。まず! 身なりは必ず! チェックされるよ……ダイジンの時代をおもいだして!近づくコト!!…………話をする時は、落ち着いた態度で……暴言、失言、吐かない!!!!大事ネ」
「はい」
会長が頷き、男も「心得て居ます」と返事をする。ギョウザさんとの関係、直接の仲良しというわけではないが、戸籍屋を牛耳ることで『二世』が匿われ、信者も増えているので軽んじたりすることは出来なかった。
「最後に……カグヤの祖母は、栞にしておいた?」
栞にする、とは物語の間に挟まりそこで動かないという隠語だった。
男はぬかりないことを頷いて伝える。
やがて娘は進路を決め家を出るだろうから、これで実質、あの家具屋には、家具屋しか残らない。
あとは、じじいを脅すなりすれば良い駒になるだろう。
家具屋はなにやら椅子と関係がある様子だったので、これを足掛かりに
『あの椅子』のことも調べあげ、
魔の者を退散させる術を完成させたい。
ゆくゆくは、本当に世界の救世主になれば学会が存続する──
男は、そう考えていた。
一方で会長は悩む。
めぐめぐを揉み消したからといって、捜査の手が及ばないとは言い切れない。もしかしたら秘密裏に探りを入れられることも出てくるかも。
ならば今からしばらくクリーンなフリをする? いいや、不可能だ。
ヨウさんはかなり薬物に漬かっている。こんな依存の仕方をしているケースは、『二世』の真っ向否定案で村八分の危機→不安→薬物→言い訳→不安→薬物→言い訳 というループに陥ってしまうことが多い。ぐるぐると当てもなく尻尾を追い回す犬のように、ただそうするしかなくなってしまう。薬物がなくなっても薬物に依存し続けているだろうから、捜査の目を掻い潜るために、もうやめましょう、などと持ち出して一時的に場を凌ぐことすら不可能だろう。となれば、毎日、毎日、上役へ言い訳!
見捨てないでください!
自分の支持のお願いまわりに奔放するのも最悪、手段としては必要かもしれない。
ことの始まりは、椅子さんが苛められていたから追いかけたこと。
しかし──何故か気が付けば、私が空間に閉じ込められていた。
しばらくの攻防の末、自棄になり、もうとにかく帰りたいから出してほしいと、玄関に向かいながら言い出した私は、
『あなた、どうしてそんなに私に絡むの?
』
と聞いた。
すると彼は──ヨウは突然名乗り、自分のことを話し出した。
《俺──いや、私はヨウ。お前と同じ、過去に対物性愛者だったことがある!
しかしそれは恋愛総合化学会の存続の圧力でなかったことにされた!》
「ああ、やっぱり学会員なんだ?」
《──そうだよ》
「だったら、対物性愛者同士、学会に抗議を──」
ヨウは私の話は聞かずに続けた。
《そしてきみは、その私と同じ道を辿ろうとしている! だからこそ、力だけではない、君にも興味を持っていた》
「辿ろうとしてない! みんながあなたと同じ思考回路みたいに言わないで!
」
さすがにちょっとムッとする。
とにかく、彼はその後、なにかのきっかけで見かけた椅子さんがあれば対物性愛者の誇りを取り戻せると思って力を欲していた。らしい。
《だが、見物していてわかったよ、人間が嫌いなきみなら好きになれる! ここからちからを見せずに出ていくというのなら、付き合え! 物が、過去の恋人が無理なら、力が、手に入らないなら、せめて────》
家のなか。彼のクラスターが変異したスキダに追われ、一旦玄関から引き返したリビングに立ち竦む私に、外からの声は告げていた。外に出れば捕まえるという。
そういえばクラスターが追いかけて来なくなったなと思ってはいた。
どうやら、先回りして玄関に待機させているようだ。
どのみち、スキダの力が届かない空間で、椅子さんもいないから逃げるしかなかったところだ。
《お前は私の過去と同じ!
過去の私と同じものは、みんな、私と恋愛しなければならないんだよ!!》
外からロボットが告げる、あまりに身勝手な理由。
私は打ちのめされそうになる。
そもそも意味が、わからなかった。
それに、大事なのは現在と未来だ。
《いい加減にしろ。
お前が、自分の力だというから! それならこの場所がお前のものか見せてみろ、と命・令してるんだ!
従え、拒否権はないと言っているんだが、わからないのか?》
そう、言っていたことを思い出す。
──あぁ、命令出来るわけだ。
彼は、恋愛が当たり前、周りが従って当たり前、そんな立場なのだろう。
そして、私は私物と思っている。
彼の過去、そうとしか私を捉えてないから、自分をどうしたって勝手だというのだ。
「私……ずっと、人間と恋愛をしない生き方に憧れて生きてきた……
戦って、殺して、襲い掛かる恋愛の化け物にずっと苦しみ、逃げて、必死に……今がある」
「それが、どうしたんだ」
「あなたと付き合うことは、自分を殺し、貴方のために夢を──自分で、なにかを好きになったり嫌いになる、そのための夢を、捨てなくちゃならない」
「それでいい! 俺の恋愛感情の前では、お前の憧れはゴミも同然。さぁ、」
ブチッ。
堪忍袋の緒が切れる音がした。
私が恋愛と戦い、必死に生き抜いてきたことは、感情や化け物に縛られず自由に生きてみたいことと密接に関わる感情だ。
その、一番理想的な憧れが、一人で自由に出歩き、自分だけの感情を自分のために持って何日も生活することだ。
生まれてからずっとかなわないそれを、
その、あまりに大きな夢を。
自分の恋愛のために捨てれば良いと言った……?
生まれてからずっと、恋のせいで、犠牲が出て、恋のせいで、人生で大変なことがいろいろあった。
恋は、あるかもわからない妄想だ。
誰も存在を証明出来ない呪いそのもの。
それによって、いくつも大事な何かを失った。
ほとんど争い以外恋の思い出を持たないまま、今度はこいつの過去がどうのという我が儘に付き合わせるくだらない理由──彼からすれば彼の『ために』生きろと。
私が、ようやく少しだけ外に踏み出せたのも椅子さんが共にスキダと戦ってくれたから。
──人間の恋や怪物に苦しめられない、自由な未来を描いていいんだと、やっとそう信じられて来たところだった。
なのによりにもよって、それを否定するみたいに恋の話をした。陰湿過ぎる嫌味だ。
許せない。
「自由に誰でも好きになれて、適当に嫌いになれる、 それが認められている上級国民は、さすが。あまりにも傲慢ね!
勝手なその我が儘に、人間にすらなれない私が その自由さえない私が、ちょうどいいと!」
よりによって私が。
スライムが死んだのも、コリゴリが死んだのも、私が戦ったのも、椅子さんが壊れたのも、みんな、みんな──スキダの、私のせい──
「うわああああああああああああああ!!」
転がっていた包丁を握る。
きっと、ロボットに突き刺すには小さい。
けれど、私を殺すには充分。
「それなら、私の過去はなに!
あなたに好かれる過去なら要らない!
全部!
あなたに好かれるあなたの過去が私なら、私は、私を奪ってやる。
──あなたから、好きなものを奪ってやる!」
首に刃の先がゆっくり押しあてられる。
不思議と怖くはなかった。
憎しみが、悲しみが、痛みが、恐怖があれば、その先には解放があるだけだ。
《おい! 何をしているんだ!!》
血のにおいをかいでいると、その世界の一部になったみたいに、自分も、ここで血を流せば、溶けて、混ざって、そして、何もかも考えずに、幸せな場所に行けるような気がしないだろうか。
まやかし、なんだけど。
ふっ、と意識が揺らぎ、床に倒れる。
また、わっかが、壁をすり抜けては何度かこちらに通過した。
《やめろおおおおお!!》
彼は何かを言っているが、中は見えてないのか、狙いが外れているのか、私に当たる気配はない。
「………………」
リビングの床は、人の形をした真っ赤な……いや、もはや黒っぽい染みが広がり、まるで牛革の敷物のようだ。
首がヒリヒリする。
染みのある床のすぐ横に、じきに私も染みを作る。少し朦朧としてくる意識のなか、笑顔を見せる。
「……わ、たし、」
わたしね、ずっと、……が、…………って、おもってた。
でも、…………だよ。
生温く流れ落ちていく血が脈打つのを感じる。広がる染みが、微かに、床に散らばる光のわっかのひとつに触れる。
わっかは浮き上がり、ミルククラウンのような形を保つとくるくると回転しながら赤く染まって私の上に浮いている。
「きれい、だな……」
外で、何度か叫びと銃声が聞こえる。会話するくらいだからてっきり既に倒したと思っていたのだが、まだキライダと戦っていたようだ。
《お前が! お前がああああああ!! 魔を、遠ざけるんだぞ! スキダ、と! スキダさえあればああああああああああああ!!また、また起き上がってきやがっ……!!》
「私の、すき、は、椅子さんと、共にある……」
──風邪を引いた?
──うん。
──まったく、ちゃんと布団を着て寝ないからでしょ?
──だって、寒そうだったから。
──あのね、ベティちゃんたちは、
布団なんかなくても寒くないの。
何度言ったらわかる?
──そんなこと、ないよ。
嬉しそうだったもの。
──あなたは風邪を引くけど、
人形は引かない!
どうしてわかってくれないの。
──そんなこと、ないよ。
──毎日毎日、私が買ってやった人形に執着しています。
お土産を買う、とか、食べ物をあげるとか、そんなことばかり言うんです。
自分のものを買えばいいのに。
なんだか、怖くなってきて……あの子、ずっとぼーっとしているし。
私は、どうしたら良いのでしょうか。
先生。
もう疲れました。
ふっ、と意識が揺らぎ、床に倒れる。
また、わっかが、壁をすり抜けては何度かこちらに通過した。
《やめろおおおおお!!》
彼は何かを言っているが、中は見えてないのか、狙いが外れているのか、私に当たる気配はない。
「………………」
リビングの床は、人の形をした真っ赤な……いや、もはや黒っぽい染みが広がり、まるで牛革の敷物のようだ。
首がヒリヒリする。
染みのある床のすぐ横に、じきに私も染みを作る。少し朦朧としてくる意識のなか、笑顔を見せる。
「……わ、たし、」
わたしね、ずっと、……が、…………って、おもってた。
でも、…………だよ。
生温く流れ落ちていく血が脈打つのを感じた。
広がる染みが、微かに、床に散らばる光のわっかのひとつに触れるとわっかは浮き上がった。
ミルククラウンのような形を保つとくるくると回転しながら私の上に浮いている。
「きれい、だな……」
外で、何度か叫びと銃声が聞こえる。会話するくらいだからてっきり既に倒したと思っていたのだが、まだキライダと戦っていたようだ。
《お前が! お前がああああああ!! 魔を、遠ざけるんだぞ! スキダ、と! スキダさえあればああああああああああああ!!また、また起き上がってきやがっ……!!》
「私の、すき、は、椅子さんと、共にある……
だから、貴方と居たってきっと、魔を遠ざけるような幸せなんか作れない、一ミリも」
浮いているわっかに手を伸ばす。
なんとなく、掴めそうな気がした。
わっかはゆっくりと高度をさげて私の手のひらに乗る。
銃声が聞こえる。また、戦っているらしい。
「なんだ、この指輪っ! なんなんだよ! 機体が……機体がっ!!!」
透明な死体を食べ、指に髪飾りを嵌めているロボットの様子が、なんだかおかしい。気はするけれど、私に出来ることは無いわけで──戦うすべもないし、それに……力が……うまく……
「ねぇ、……わたし、……あなたは、
何を触っても、良いのよ」
かろうじて振り絞れる力で、自分自身をぎゅっと抱きしめる。
懐かしい、言葉。
大切な。
「あの人が、口にする食べ物だって、触れて体内に入っていく。私は、とがめたことがない……あなたは、何をさわってもいい、何かを、思うことは、孤独を否定することじゃない…………」
手のひらにあるわっかを強く握る。
微かに、熱を持っているのが伝わる。
「──応え、る……」
反対に私は、寒くて、呼吸が浅くなっていく。外で、叫び声がしている。
──ん? 銃声?──あれ?
風鈴みたいな軽やかな音。
突如ガラスが割れ、なかに何かが入ってくる。
着地と同時に、迷わず歩きだすそれは、倒れている私に構わず、叫んでいた。
キライダアアアアアアアアア!!
ウワアアアアアアア!!!
キライダアアアアアアアアア!!
(キライダ……なの?)
────指先の、熱を感じていると、そんなことすらどうだっていい。 ただ、触れていたい。
咎められずに、この熱を感じていたい。
私が生きるには、私が、笑うには、物が、必要だった。
恋を、疑われない。感情を、探されない。
会話を、咎められることがない。
家族以上に家族らしい、家族。
物が、なければ、きっと私は生きて居なかった。
──だから、ずっと、何よりも、物が、好き。
コッチヲミロヨオオオオ!!
コッチヲミロヨオオオオ!!
コッチヲミロヨオオオオ!!
ナンデミナインダー!!!
(キライダ……家に、入って来ちゃったんだ……)
私を探して居る。
私は、すぐそばに倒れているのに。
部屋が真っ暗だからか、気付かず歩いて行く。ぴちゃ、ぴちゃ、水音の混じる足音が、振動となり伝わる。
キライダアアアアアアアアア!!
キライダアアアアアアアアア!!
キライダアアアアアアアアア!!!
呻くような、不気味な声が、嫌いだ、を繰り返す。起き上がったら、キライダと戦うことになるのだろうか。
──オマエダッテソーダ!!ソージャン!!
ソージャン!!ソージャン!!
キライダが叫び散らす。
少し遅れて、ロボットが、私がいるにも関わらず、部屋に、レーザを向けてくる。キライダにも私にもあたっていない。
何かに反応したのか急に、手のひらのわっかが、意思を持つかのように飛び出ていく。
うわっ。私は目で慌てて探した。はやく、はやく、見付けないと。
あせる私の横で、キライダがそれを拾う。そしてあろうことかそれを伸ばし、ピン、と跳ねるように打ったらしい。
それは、豪速ですぐそばの壁にぶつかると弾ける。壁はどろどろとした液体を垂れ流しながら、表面を少し削られていた。
煙が舞い、土の独特なにおいがする。
まるで小さい銃弾みたいだ。あんなのに当たったら……
近いだけあり、ロボットより命中精度が高そうだ。キライダは大笑いしながら、またわっかを探して歩く。
「アハッ。アハハハハハハハハハアハハハハハハハハハアハハハハハハハハハ!!!」
キライダは卑しく笑いながらも誰にともなく何かを言う。
こ、ころが……!
キライダの声を聞くと心が、感情が吸い込まれるかのような、不思議な感覚がうまれる。
何処からともなく声が聞こえる。
『意地でも嫌われたいその命──気に入った』
(──なに……?)
何か、言われた気がするが。
どろどろしたものがからだにまとわりつく。部屋辺りの様子も、なんだか先ほど以上に暗く淀んでいる。
身体から流れた血がゆっくりと床に染みると、みるみるうちにそこから植物が生え出した。
そして家を飲み込む勢いで、植物は根を張り始める。
「嫌いだ……嫌いだ……!嫌いはここにあったか! 嫌いは、壊してやれ!」
──イクナアアアアアアアア!!!
玄関の方から叫び声がする。
「愛しか語らない! 恋しか語らない! 目を合わせるものは人間でなくてはならない! 会話するのは人間でなくてはならない────自我は全て破壊し、あいつを見なくてはならない」
イクナアアアアアアアア────!!
身体から意識が抜ける。まるで浮いているみたいにふわふわと身体が軽い。
根を張る植物が、再現された現場を少しずつ侵食しているようだが、身体を動かして確認出来ない。
キライダアアアアアアアアア!!!
先ほど拾ったわっかを指に嵌めながら、キライダが叫ぶ。
──キライダアアアアアアアアア!!!
指に嵌めたわっかが、光りながら、周囲にわっかを飛ばすと、それが当たった箇所から人の手のようなものや苦しそうな顔が生え、所々が絶望的な雰囲気の場所に変貌していく。
キライダアアアアアアアアア────!
キライダアアアアアアアアア────!
近くにある一軒家の前に、ロボットがある。ロボットは指にはめた光のわっかを家に向かって飛ばして居た。わたしは、恐る恐る玄関から中へと向かう。倒されたプランターや植木、綿がはみ出た人形。
何より、肉と油の濃いにおいが立ち込めていて異様な空気だ。
「う……」
思わず口もとを押さえる。ここに、彼女は居るのだろうか。
なんとなく、アサヒが一緒に来なくて良かったと思う。自分のことのようにすぐ熱くなるだろうから。こっちまで感情がおかしくなって冷静に目の前の景色を見ていられないだろう。
そう考えると、神様が止めてくださったのかもしれない。
「……大丈夫、大丈夫」
自分に言い聞かせながら玄関から足を踏み出したと、不思議な人型が現れた。顔はないけど、意思はあるようで、わたしを見た途端に騒ぎ出す。
「イクナアアアアア!!! イクナアアアアア!!イクナ警報発令!!」
「わたしは、行かなくちゃいけない。通して」
「イクナアアアアアアアア!!」
腕を振り回して叫ぶ人型の説得を試みていると、玄関のさらに奥から、何か禍禍しい空気がなだれ込んできた。
人型はまだ気付いていないのか、気にする様子も見せずに、腕で行く手を遮る。
《イクナアアアアアアアア!!》
わたしを足止めしているようだが、これは『何』で、そもそも、どうして行くなというのだろう。この先には、いったい何が……?
奥の方から来る禍禍しい空気とともに、やがて木の根のようなものが壁や床を走っていく。
。
「……ん? なに、これ」
ゆっくりと伸びるだけの植物に、わたしはあまり警戒心がなかったのだが──「ヒィッ!」
目の前にの人型は叫んだ。
驚いたような恐怖に震えるような感じに態度が変わる。その場を跳び跳ねてやけに避けている。
(にしても、動きがなぁんか硬いんだよなぁ)
体つきとかカクカクしてる気がするからか、ちょっと間抜けに見えてしまうような。
人型は恐れて植物に触れようとしないが、わたしは平気だった。
蔓や根が張り出す床や壁を避けるように動く人型を見て、わたしは決心する。
「よし、今なら!」
人型たちの間を掻い潜り、先へと進む。いざ潜ると大したことないな、と感じたが……やっぱりちょっと怖い。
人型たちはわたしが奥に向かうのを知ると、ぐるんと方向を変えて後ろを向いた。
「イッ……イクナアアアアアアアア!!!」
「嫌!」
わたしはハッキリと断って、進む。ただの、校舎よりは短い廊下のはずなのに、邪魔があるために随分長く感じられる。
「マスター……こんなにコストが掛かるなら、行く前に冷蔵庫を片付けて置こうと思う!」
叫ぶ一人の横で、もう一体が冷静に言う。
「冷蔵庫じゃないヨ、倉・庫」
「あ、そうか。倉庫だ」
「面白い。こんなハプニング映像でリアクションしちゃいけないとか」
「確かにうける」
彼女?らは、会話をしながらも腕を伸ばして、わたしを捉えようとしてくる。現実逃避しようと、脳が眠くなってきて耐える。朝が早かったから眠くなってきた……けど今寝たら起きるの夕方だろう。あー、同時にそれぞれ2人と自分の思考でパニックになりそう。
途中訳分からなくなってくる。
もう、いいや。
「車さん」
ポケットに入れてきた車さんを呼ぶと、たちまち巨大化して目の前に現れる。 合わせて、攻撃モードに入るかのように、目の前の人型のまとう雰囲気が鋭くなる。
《アナタウチノコミタイナモノナノオオァ!》
《イヤアアアイクナアアアアアアアア!》
《ココハマスターの過去! あの子も、全部マスターの過去! コノドロボウ!》
《イクナアアアアアアアア》
近くにある一軒家の前に、ロボットがある。ロボットは指にはめた光のわっかを家に向かって飛ばして居た。わたしは、恐る恐る玄関から中へと向かう。倒されたプランターや植木、綿がはみ出た人形。
何より、肉と油の濃いにおいが立ち込めていて異様な空気だ。
「う……」
思わず口もとを押さえる。ここに、彼女は居るのだろうか。
なんとなく、アサヒが一緒に来なくて良かったと思う。自分のことのようにすぐ熱くなるだろうから。こっちまで感情がおかしくなって冷静に目の前の景色を見ていられないだろう。
そう考えると、神様が止めてくださったのかもしれない。
「……大丈夫、大丈夫」
自分に言い聞かせながら玄関から足を踏み出したと、不思議な人型が現れた。顔はないけど、意思はあるようで、わたしを見た途端に騒ぎ出す。
「イクナアアアアア!!! イクナアアアアア!!イクナ警報発令!!」
「わたしは、行かなくちゃいけない。通して」
「イクナアアアアアアアア!!」
腕を振り回して叫ぶ人型の説得を試みていると、玄関のさらに奥から、何か禍禍しい空気がなだれ込んできた。
人型はまだ気付いていないのか、気にする様子も見せずに、腕で行く手を遮る。
《イクナアアアアアアアア!!》
わたしを足止めしているようだが、これは『何』で、そもそも、どうして行くなというのだろう。この先には、いったい何が……?
奥の方から来る禍禍しい空気とともに、やがて木の根のようなものが壁や床を走っていく。
。
「……ん? なに、これ」
ゆっくりと伸びるだけの植物に、わたしはあまり警戒心がなかったのだが──「ヒィッ!」
目の前にの人型は叫んだ。
驚いたような恐怖に震えるような感じに態度が変わる。その場を跳び跳ねてやけに避けている。
(にしても、動きがなぁんか硬いんだよなぁ)
体つきとかカクカクしてる気がするからか、ちょっと間抜けに見えてしまうような。
人型は恐れて植物に触れようとしないが、わたしは平気だった。
蔓や根が張り出す床や壁を避けるように動く人型を見て、わたしは決心する。
「よし、今なら!」
人型たちの間を掻い潜り、先へと進む。いざ潜ると大したことないな、と感じたが……やっぱりちょっと怖い。
人型たちはわたしが奥に向かうのを知ると、ぐるんと方向を変えて後ろを向いた。
「イッ……イクナアアアアアアアア!!!」
「嫌!」
わたしはハッキリと断って、進む。ただの、校舎よりは短い廊下のはずなのに、邪魔があるために随分長く感じられる。
「マスター……こんなにコストが掛かるなら、行く前に冷蔵庫を片付けて置こうと思う!」
叫ぶ一人の横で、もう一体が冷静に言う。
「冷蔵庫じゃないヨ、倉・庫」
「あ、そうか。倉庫だ」
「面白い。こんなハプニング映像でリアクションしちゃいけないとか」
「確かにうける」
彼女?らは、会話をしながらも腕を伸ばして、わたしを捉えようとしてくる。現実逃避しようと、脳が眠くなってきて耐える。朝が早かったから眠くなってきた……けど今寝たら起きるの夕方だろう。あー、同時にそれぞれ2人と自分の思考でパニックになりそう。
途中訳分からなくなってくる。
もう、いいや。
「車さん」
ポケットに入れてきた車さんを呼ぶと、たちまち巨大化して目の前に現れる。 合わせて、攻撃モードに入るかのように、目の前の人型のまとう雰囲気が鋭くなる。
《アナタウチノコミタイナモノナノオオァ!》
《イヤアアアイクナアアアアアアアア!》
《ココハマスターの過去! あの子も、全部マスターの過去! コノドロボウ!》
《イクナアアアアアアアア》
──泥棒?
そういえば、強盗がどうとか言っていたような気がする。
おねえちゃんがマスターの過去ってどういう意味なんだろう。
「よくわからないけど、彼女らのマスターの過去が、外に持ち出されたくないから、守っているんだ」
……再現したのは、あのロボットの過去なんだろうか。だとしたらやっぱり巻き込まれて逃げられないようにされていることが、より無責任なものにしかならない。
「イクナアアアアアアアア! 」
「あなたたちの過去に興味はない! 自分の過去に巻き込んだ人を、返して」
しかし──となると強盗というのは理屈的におかしい。再現する装置が先に存在するからこんな空間があるわけで、そこに行くなというのなら、そもそも行かせなければ良かったのだから。
「あなたたちの過去なら、それこそ、完全にあなたたちのせいということだね! だってそんな大層なものに、なぜ触れたというの?」
人型は戸惑いながらもそれぞれが両腕を殴るように振り回した。
《イクナアアアアアアアア!!》
《イクナアアアアアアアアイクナアアアアアアアア!!》
この人型たちは、たしかに人の形はしているが、普通に考えると天才じゃなくても認識し得るような、論理的な思考は持ち合わせないようだった。
「……にしても、なぜ、強盗」
ああやって、せつが、ずっと成り済まして、学会が──
ううん、44街がみんなで隠して居たのは事実。
整えられた環境において、誰にも見えない、存在しない悪魔なら、そもそもちょっとなにかあったくらいで、普通そこまで社会に影響があるわけがない。
どうやって、いない悪魔の強盗を証明するのか。
簡単に言うなら、
「おかしい。筋が通らない。
どうして、止めてるの。別に大したことないじゃない。通行止めにしなくても、悪魔なら」
いつもと同じように無視すれば済む。権利に甘んじれば何かする必要などないのだから。わざわざ、犯罪に仕立てる必要などなく、隠蔽のみに走れば良いのである。
車が走る。腕の間を潜り抜けて、少し助走をつけると加速して人型に飛びかかる。
人型の片方はぐらりと倒れて床につこうとするが、すぐに植物に気付いて起き上がる。
反射的に、あれを避けているらしい。
──今は、時間がない。
行く手を阻もうとした片方が倒れ、開いた隙間からさらに加速する車を追い、わたしも奥に進んだ。
──
根は、新しい血の臭いと、独特の腐臭がするリビングに向かって続いていた。
こんなに濃い血のにおいを長い時間嗅いだことはなくて、感覚が麻痺してしまいそうだ。
ここが、マスターの過去なら、そこにいる人が強盗ならゆくゆくはわたしも彼女らにとっては強盗として批難されることになるだろう。けど、あえて、今のうちに言っておきたいのが、こんな、血なまぐさいところ、わざわざそんなに、楽しくて盗みた
い場所ではないと思うのだが。
リビングは真っ暗だった。窓からのわずかな灯りをたよりに辺りを見渡す。
棚は倒され、引き出しの中身も散乱している。まるで強盗みたいだが彼女が何か盗ろうとしたようには感じられない。ところどころの床が、染みになっており、何かが怪我をしたことがわかる。
荒らされた部屋のなかでもひときわ目立つ一画、根が集中する隅の壁際、特に血のにおいが新しく濃い場所に──彼女は居た。
身体中から触手のごとく、植物を生やしている。そちらに目を向けようとして、背後にも気配を感じた。
「ひっ!」
思わず、悲鳴が上がる。
──キライダ……
キライダ……
キライダ……
いくつか、手が救いを求めるように伸び、壁や床のあちこちで蠢いている。
「嫌い?」
自分を捕まえようという勢いで伸ばされる手を、即座に車が回転して弾き返す。
──キライダ……
キライダ……ミンナ……キライダ……
外でも異変が起きているようだった。
窓の向こうのロボットが苦しそうにうめき声をあげ、どこにともなく、刀を振り回して暴れている。
「うわあああ、来るな、来るな!」
でもロボットの姿しか目視出来ず、今なにと戦っているのかはわからない。
こちらからは刀を振り回しているだけにしか見えないのだ。
──景色を見ていると、再び背後に腕が複数伸びてくる。
慌てて、車さんが、辺りを一周するようにして腕を轢き倒す。
「危ないなぁ……」
ぼんやりしてたら捕まるところだった。 改めて、車さんが走る。
それ、がおとなしくなったタイミングで、根を伸ばしたまま血まみれになっている彼女を見上げる。
彼女は、ずっと、ここに……こんな悲しい場所に居るんだ。
「おねえちゃん」
彼女はただぼんやりと、宙を見ていた。
手に包丁のようなものを持っている。
根が、のびてきてわたしに触れた途端、それは鋭い刃に変わった。風を切る音と共に、頬の皮膚が抉れて切れる。
い、たい……
血が、音もなく顔に流れていく。
「……おねえちゃん、わたし、だよ」
再び、根が此方に向かって来る。
慌てて避けるが、近くの腕にぶつかって刺さっている。──もはや刃物だ。
休む間はなかった。根が二本に増え、左右からわたしを狙ってくる。わたしは即座に車さんを後方に回らせて左右を叩き折る。車の速度がなかったら、すぐに刺されているだろうと思うと自分の好きなものに感謝した。でも、防御で精一杯だ。
「包丁……怪我をしてる、自分で?」
流れる血に、悲しくなる。
なぜか、お母さんのことが頭をよぎった。
強制恋愛に反対する活動をしていただけで、家を爆破され、お母さんはまだ行方不明。
本当ならわたしもおねえちゃんのように、誰からも触れられない存在になるはずだった。悪魔に、なるはずだった。
本来なら、あんな風に、社会的に見放され、政治的に葬られる子どもが、生きていけるはずがない。そんなわたしを、彼女はなんの疑問も持たずに助けてくれた。
一緒に、お母さんを探すと言ってくれた。
彼女の戦いは、自分の姿になるかもしれなかったのだから、力になりたいと思った。それが、わたしにできること。
腕がのびてくる。
車さんが、指示を待つようにわたしを見詰める。
「……ちょっと、待ってね」
息が、切れてきた。少し苦しい。
呼吸を繰り返しながら、倒れないように踏ん張る。
「よし!」
改めて。強く、ならなきゃ。
「わたし……椅子さんが好きな、おねえちゃんが大好き。
誰が、何を言っても……」
腕を上に掲げ、車さんに合図する。
「わたし──共感、出来るよ!」
車がぐるんと回転し、強く地面を擦ると、タイヤが金色をした炎を纏う。そのままさらに方向を転換させ、回転しながら伸ばされる腕を燃やして轢いていく。腕たちは、自分たちを追いかけてくる炎を恐れて逃げ惑ったが、次第に大きくなる炎に焼かれて、とうとう再生が追い付かず消えていった。
「はぁ……はぁ……はぁ……」
目眩がする。息が、苦しい。胸がいたい。
でも、やった。
「やった……!」
つきまとう腕が、消えた。
わたしが勝ち。あのとき、共感出来ずに逃げていたわたしが、少しは成長した気がする。
喜んだのもつかの間、同時に『顔』があちこちから空間に浮き上がり、ニヤニヤとした表情と、悲しそうな嘆きの表情を交互に浮かべながらこちらを見てくる。
腕が伸ばされていくらか障壁の役目を果たしてもいた刃物もじかにこちらを向く。
刃物。
彼女が、自分に向けた刃物。
わたしに向けた刃物。
何が、あったんだろう?
何か、あったことしか、わからないけれど、それでも、ここから逃げたりしない。
……体力が、持つだろうか。
ふっと気が緩むと、座り込んでしまいそうになる。
体力が、持つかはわからない。
発作の心配も、ない、とは言い切れない。
でも、共感出来る。共感が出来るということは戦えるということだ。少しでも、一秒でも長く、わたしは此処に立っていたい。
──ドウスル?
ニヤニヤした顔のひとつが話しかけてくる。
──ドウスル?
ニヤニヤした顔がさらにひとつ、話しかけてくる。
──彼女を殺すか、お前が助かるか。
ドウスル?
──仲間と戦う、ツライネ
「ううん、何か理由があって、刃物を使ったんだよ」
──そう、空間から出るためにね。
──キライダの力を増幅させ、時期にこの空間ごと全て破壊する
──お前が来たとも知らずに。
だが、あいつを殺せば別だ。
──あの刃物を、そのまま彼女に突き刺せ
ばいい。
──お前まで、ケサレルゾ……お大事にな
──彼女の首を、そのまま締めればいい。
動かない今のうちに。
──お大事にな。
──彼女を殺せば、お前と空間は
「うるさい!」
全て遮るように叫ぶ。
騙されるな、思考を乱して、スキダを手放させる気だ。
咳き込むと血が吐き出される。
口のなかが切れたらしい。血の味がする。息が、話すことさえ苦しい。
でも、負けない。
「そんなことで共感力がなくなったりしないんだから!」
2021/4/8/1:03
観察屋の指揮ですらもヨウの身勝手な行動は想定外だった。けれど、それは何の言い訳にもならない。だから焦っていた。
そもそもにおいて接触禁止令を守らせるべく暗躍している『観察屋』自身が、知らなかったなどとのたまうことが、不信感を煽りこそすれ、今更希望的な意味を持つはずも無いからだ。
──だが、彼女はなぜ此処に。
首から血を流している。
攻撃命令は出していないし、抵抗のない傷口を見るに、おそらく自分、で判断したのだろうと思った。
滅多なことがない限り全ての対応をせつや役場が勝手に行い、会話や関わりを許されない彼女が自身の判断のみで独断する以外にないはずだ。
・・・・・・・・・・・・・・・
昼──市庁舎に『交渉』に赴くつもりだった男は、それより先に、市庁舎付近で閉ざされた空間を発見した。
「なんだ、こいつは、こんな事態は俺の計画にないが」
「いかにも無能な台詞を吐かないで。いじめたけど泣くとは思わなかったとか言うんですか?」
会長は思わず舌打ちする。
「それはそうだが……」
何かに怯えるロボット。道に座り込む少女。その近くには娘がいる。ようやく見つけた倒すべき敵。しかし、もはや多くの時間は残されていないようである。
「……兵器……あの機密が、なぜ」
ナイトメア型再現兵器。その開発には呪いの研究、スキダの研究のための意味がある。しかし、実戦に使う計画はとっくの昔に中止したと聞いていた。
男は通行止めの看板や布を無視して場に立ち入ると、そっと、少女の傍らに立ち、近くに手を翳した。
(やはり彼女ら、自身の肉体から今、浮かび上がるようなスキダを感じない。どこかに、飛ばしているのか……)
この状況は、その【兵器】が引き起こしたものとしか考えられない。昔聞いていた話からしても、その【兵器】はロボットの形にされているという噂はあったような気がする。
(いったい誰が? 観察屋からはそんな情報は来ていないが……)
その【兵器】は過去にかなり多くのスキダを破壊しており、機密として地下施設に封印されていた。
機密に触れられるものでなければ、兵器を持ち出すことはあり得ない。周りに銃器を使用した痕跡はなく、使用されたのは刃を持つ武器。さすがに銃器の使用許可を取るまではいかなかったらしい。
(まさか、あの男……)
その時だった。
遠くから何かが爆発した音が鳴り響く。
「なんだ?」
自分たちの知らない所で何かが起こり始めている。
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