第二章〜㉖〜
本日の主要目的地となった動物小物を中心に販売している雑貨屋は、国内有数のターミナル駅から、徒歩十分ほどの場所にあった。ここは、SNSや雑誌などでも、よく話題になる飲食店や小物店が集うエリアだ。
真昼の時間帯で、さらに気温が高くなる中、駅からの道のりで疲労の色を濃くしている様子だった小嶋夏海だが、緩やかに空調の効いた店舗に入った途端、
「!!」
と、声にならない興奮の様相を示し、動物小物、とりわけネコグッズに見入り始めた。
店内には、キーホルダーに、コースター、イヤホンジャックに、アクセサリー類、はては何に使用するのか不明な小物まで、様々なモノが揃っている。
やはり、その中でもネコ関連のグッズは人気が高いのか、商品点数が多いようだ。
自分も、なるべく小物には触れないように気を付けながら、店内の商品を観察する。
開店から間もない時間帯のためか、店内には自分たち以外の客はおらず、店主らしき男性も声を掛けてこないため、居心地は悪くない。
それでも、このテの店舗に長時間滞在するのは、自分のような男子学生にとっては、なかなかの苦行ではある。
我らが、『時のコカリナ』の能力を借りずとも、まるで時が止まったかのように、ゆったりと時間が流れている感覚に襲われる。
(女子は、良く飽きもせずに見てられるな)
と、思いつつ小嶋夏海の様子を眺めていると、ようやくお目当てのモノを発見したようだ。
彼女が手にした
愛おしむように、両手でネコリナを持つ彼女に、
「その毛色ので良いのか?」
と、たずねると、
「うん! お祖母ちゃん
と、答えが返ってきた。
腹の部分が白く、それ以外の部分は、黒と灰色の縞模様で覆われた塗装がほどこされていて、オーソドックスなネコの毛色だと思うのだが、彼女にとっては、思い入れのあるモノなのだろうか?
そんなことを考えつつ、
「じゃあ、会計をしようか?」
そう言って財布を取り出すと、
「本当に、イイの……?」
と、上目遣いで、遠慮がちに問い掛けてきた。
普段の彼女が見せることのない、その仕草と眼差しに、一瞬、ドキリとして言葉に詰まりかけるが……
「い、いまさら、確認することでもないだろ? 最近、小嶋には、迷惑を掛けたり、頼り切りになりっぱなしだったからな……その礼だと思ってくれ」
何とか取り繕って、返答することができた。
「そっか……ありがとう!」
その満面の笑みをたたえた表情に、またも動揺してしまったことを隠しつつ、彼女とともに商品をカウンターに持って行くと、ネコリナを受け取った店主らしき男性が、
「ありがとうございます。
と、たずねてきた。
隣に立つ彼女の様子をうかがうと、コクリと、首を縦に振ったので、
「はい! じゃあ、お願いします」
と、返答して、夏休み前に両親からの誕プレとしてもらった一万円札を差し出す。
お釣りを受け取り、陶磁製のネコリナを丁寧に梱包してくれている様子を眺めていると、作業を進める男性と数秒前に交わした会話の内容が、脳内によみがえってきた。
「
最初の単語が、単純に隣に立つ同級生の女子を指す三人称の意味なら、さして問題はないが、その言葉が、一般名詞としての意味だとしたら――――――。
(思いっきり、『はい!』と答えてしまった。恥ずかしい…………)
安心しつつも、さきほどから、周りの言動に動揺し過ぎる自分の感情の不安定さが腹立たしくなる。
同時に、
(いまの会話、気にならなかったか――――――?)
という疑問を彼女自身にぶつけてみたい衝動に駆られたが、そのフレーズを口にしてしまうと、彼女からの答えを待つまでの心の動揺を抑えきる自信がなかったので、なんとか、言葉を飲み込んだ。
そんな、こちらの動揺をよそに、プレゼント包装されたネコリナを受け取った小嶋夏海は、
「ありがとう、坂井」
と、感謝の言葉とともに、屈託のない笑顔を見せる。
「それだけ喜んでくれたら、こっちとしても本望だよ」
そう返答し、店主さんにも礼を述べて、店をあとにする。
外に出ると、すぐに、彼女は、
「ねぇ、坂井。今日はコカリナの調査が出来なくなっちゃったけど、このあとは、どうするの?」
と、聞いてきた。
「う〜ん、そうだな〜。せっかく、こっちに出てきたし、明後日のプールに行くように水着でも見に行くかな?」
水着を買いに行くのは、前日の土曜でも良いだろう、と考えていたが、色々な店舗が揃う繁華街に出てきた上に、時間もたっぷりあるとなれば、今日中に買い物を済ませておくのも悪くない、と思い直して、答える。
「ふ〜ん、じゃあ、私も付き合ってあげよっか? プレゼントをもらったお礼も兼ねてね」
そんな提案をしてきたので、なるべく平静を装って、
「あぁ、小嶋が構わないなら……」
と、答えた。
十日ほど前までなら、
(なんて恩着せがましいヤツだ……)
と、感じていたであろうことを考えると、自分の感情の変化に驚く。
女子を伴って水着を選びに行くということに、気恥ずかしさというか、こそばゆさのようなモノを感じるものの、ここは、彼女の好意に甘えることにする。
買い物を終えた小さな雑貨店から、徒歩五分ほどの場所に、ビル一棟まるごと生活雑貨を扱っている大型店舗があるので、二人で、そのビルに向かうことにした。
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