第二章〜⑳〜
ジ〜ジ〜ジ〜、ジリジリ、ジリジリ。
周囲から、セミの大合唱が周囲一帯から鳴り始めた。
「あっ!」
と、声を出した後、あわててストップウォッチのボタンを押し込んだ小嶋夏海は、先ほどと同じように、計測された時間をこちらに向けてくれた。
09分01秒35
ストップウォッチのボタンを押すまで、タイムラグがあったことを考慮すると、今回の停止時間は、およそ九分間と考えて良いだろう。
「ゴメン……ストップウォッチを止めるのが、ちょっと遅れちゃった……」
「別に、研究機関でデータを取ってる訳じゃないんだし、問題ないだろ。気にすんなよ」
彼女の謝罪の言葉に、そう返すと、彼女は、
「うん……ありがとう」
と、はにかむ様に答える。
小嶋夏海の普段とは異なる表情を見せられて、こちらも何だか落ち着かない気持ちになり、
「そ、それより、実験の続きはどうする? 次の音階は、真ん中の音だっけ?」
そう言って、次の実験準備をうながした。
「えぇ、そうね。ソの音階が鳴らされた時に、五分キッカリで時間停止が終了するなら、自分たちの予測が正しい可能性が、グンと高くなるし……」
彼女も同意してくれたので、今度は、コカリナの運指表を確認しながら、両手の親指を裏面の指穴をふさぎ、表面は、左手の人差し指だけを指穴にあてる。
小嶋夏海が、コカリナに触れたのを確認すると、オレは、吹き口から息を吹き込んだ。
※
三度目の観測は、実験の発案者が見立てたとおり、約五分間で《時間停止》が終了した。
さらに、彼女のリクエストで、念のために、半音の確認のため、四度目の観測も実施。ソ♯(もしくは、ラ♭)の音階で、『時のコカリナ』を奏でると、今度は、約四分三十秒で、《時間停止》は終了。
全部で六つあるソプラノ菅コカリナの半音は、隣り合う音と停止時間が三十秒だけ異なるのだろう、と予測を立てて、今日の実験観察は、すべて終了となった。
今日の実験の主役である『時のコカリナ』の裏面にある小窓を確認すると、カウンターの数字は、『41』となっている。
《時間停止》の間に、彼女と話し合ったことを思い出しながら、オレは、心地よい疲労と達成感を覚えていた。
「お疲れ様。まだ朝の九時半すぎなのに、なんだかスゴく疲れた気分だな。それ以上に、充実感もあるけどな……」
そう言って、実験のパートナーに声を掛けると、彼女は、可笑しそうにクスリと笑った。
「周りの時間が止まっていた分、普通の人たちより、二十分は長く生きてるんだもの。当然じゃない?」
そうか!
今まで意識してなかったが、周りの時間が止まっていて、自分の時間だけが動くということは、同時に周囲の人間よりも寿命が縮まるということも意味している。
「もしかして、
首に提げた『時のコカリナ』を指さして彼女にたずねてみると、
「理屈から言えば、そうなるんじゃない? まぁ、《長時間停止》は、一回の使用につき、停止する時間は最大でも十分弱だし、残り回数を考えても、寿命が縮むのは、せいぜい七時間くらいだと思うけど……《短時間停止》を無限に使い続ければ、どうなるかはわからない」
クスクスと笑いながら、恐ろしい内容を、楽しそうに答える。
物騒なことを言う実験のパートナーに、
「いや、笑い事じゃね〜よ! やっぱ、《短時間停止》も無制限に使うもんじゃねぇな……」
と、ツッコミを入れつつ、今後は、いままで以上にコカリナの取り扱いについて慎重に進めようと考えた。
さらに、『普通の人たちより、二十分は長く生きてる』という彼女の言葉が気になり、スマホで時間を確認すると、まだ午前十時にもなっていない。
自分たちが、周囲の時間を止めた当事者であるにも関わらず、なかなか時間が進まないというのは、何だかもどかしい気分になる。
それはさておき、昼食をとる時間まで、まだたっぷり余裕があるので、今後の予定を確認しておきたい。
「午後まで、まだ時間があるけど、この後はどうする?」
彼女にたずねると、
「あまり長く離れていても良くないし、図書館に戻らない?今日の観察結果をまとめておきたいし、いくつか、調べたいこともあるしね」
と、答えが返ってきた。
その提案にのり、神社を離れて再び図書館に向かうことにする。
歩きながら、自分なりに、これからの行動を考えつつ、
「なあ、観察結果のまとめはオレに任せて、小嶋は調べ物に専念してくれないか。そっちの方は、オレに協力できることがあるか、わからないからな」
こんな提案をして、多少なりとも実験の役に立てるように、自分の役目を作ることにした。
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