第二章〜⑲〜
==========Time Out==========
再び、セミの声が止み、静かな世界が訪れる。
先ほどと同じように、小嶋夏海は、左手に持ったストップウォッチが、停止時間の計測を始めていることをこちらに示した。
「成功だな! けど、さっきも言ったみたいに、今回は停止時間が長く感じられると思うから、退屈しのぎが必要じゃないか?」
こちらから声を掛けると、
「難しく考えなくても、話しをしてるだけでイイじゃない」
彼女はアッサリと答えた。
そう言われても、何を話せば良いモノか——————と考えて、ふと、思い浮かんだことがあった。
ある意味で、自分の恥をさらすことにもなるが、この体験を共有している彼女にしか聞けないことがある。
オレは、そのことを小嶋夏海にブツけてみた。
「それじゃあ、一つ気になっていることを聞かせてくれないか? 恥ずかしい話しだが、オレは、最初に時間停止の体験をした時、正直言って、メチャクチャ不安だったんだ。自宅のリビングで、父親と母親が微動だにしない姿を見た時は、『このまま、永遠に周りの時間が動かなかったら、どうしよう』と、怖くなった……小嶋も一人で、コカリナの実験をしていたと思うんだが、その時、不安になったりはしなかったのか?」
クラスメートの女子の前で、自身の不甲斐なさを告白することを避けたい気持ちはあったし、何より、自分が気になっていた相手に『頼りない男子』などと思われたくはなかったが——————。
同じ《時間停止》の体験者として、経験を共有する彼女に、ぜひ、この不思議な現象に対する感想や想いを聞いてみたかったのだ。
こんな情けない告白をしてしまい、小嶋夏海の普段の言動からして、呆れられたり、反対に同情されたりするのかと思っていたが、予想に反して、彼女の言葉は、穏やかなモノだった。
「そうだったんだ——————確かに、最初に《時間停止》の現象を体験した時は、驚いたし、パニックになりそうになったケド……。怖くなったり、不安になったりしたことはなかったな。むしろ、普段の世界と隔絶された感じがして、私にとっては、この停止している時間は、とても居心地が良く感じられるんだよね」
はにかんだ様な、あるいは、どこかに罪悪感を感じているような、そんな、切なげさを感じさせる表情で、クラスメートは語る。
その言葉に、ウソや虚勢は、なさそうだ。
あらためて、男の自分よりも肝が据わっているというか、不思議な現象に動じることもなく、それを楽しんでいるように見える彼女に対して、リスペクトというか、畏敬の念に近いモノを感じる。
「小嶋は、スゲェな。時間停止にビビってしまった自分が、恥ずかしいわ」
恥ずかしさを隠すため、わざと、おどけた口調で、苦笑しながら言うと、
「別に、そんなことないよ。私は、いまの生活というか、周りの環境が、どうなってもイイと思ってるから、周囲に取り残されたとしても、気にならないだけ。坂井が、ご両親の時間が元に戻った時に安心したのなら、それだけ家族の仲が上手くいっている証拠なんじゃないかな?」
彼女は、少し寂しそうに、そんなことをつぶやいた。
受け取り方によっては、皮肉やイヤミに取れそうな内容だが、舌鋒鋭い毒舌の持ち主である小嶋夏海の発言にしては、冷たくキツい感じのする言葉には聞こえなかった。
「う〜ん、そんなモンなのかな?」
返答しつつ、その言葉に、
(彼女は、周りの人間と上手くいってないのか?)
と、疑問に思ったが、そのことを彼女自身に聞くことは、何となくはばかられる気がして、その後は口をつぐんでしまった。
真夏には似合わない湿めっぽい話しに成りかけたのを悟ったのか、すぐに彼女は、
「それよりさ! 坂井は、『この子』の能力を使って、してみたいこととかないの?」
オレが首に掛けているコカリナを指さして、話題を変えた。
「時間停止のチカラを使ってか……? う〜ん…………」
そういえば、彼女と契約書を交わして以降、いや、それより以前、このコカリナのチカラを発動させてマスクを外したことが彼女に露見したことによって、自分の行動を反省してからは、特に《時間停止》の機能を使って、「アレをしたい、コレをしたい」と、考えることはななかった。
いや、正確に言えば、考える余裕がなかった、というか、
(また、誰かを傷つけたり、誰かに迷惑を掛けるかも知れない)
と、想像すると、考えたくなかった、という方が正しいかも知れない。
「小嶋との《契約》のこともあるけど、誰かに迷惑が掛からない方法で……と、考えると、すぐに思いつかないな」
そう答えると、彼女は、
「へぇ〜、マスクを外して他人の素顔を勝手に見るようなことをするわりには、案外、欲がないのね、坂井は……?」
ニヤニヤと笑いながら、こちらの表情をうかがい、そんなことを言う。
「そ、そのことについては、もう謝ったじゃねぇか。——————それに、そのことがあったから、他人の迷惑にならない方法を考えようとしてるんだよ」
小声になりながらも、抗議の意志を示すと、
「ふ〜ん、殊勝な心掛けじゃない。過去の過ちから反省をできることは、悪くないことだと思うよ」
と、年下の人間を諭すように、余裕タップリの表情で言い放つ。
「それは、お褒めにあずかり光栄だな。小嶋の方は、コイツのチカラで、何かしてみたいこととかあるのか?」
首に提げたコカリナを手にして、たずねると、その質問を待っていたとばかりに、
「雨が降った時に時間を止めたら、雨粒がどんな風に見えるか観察してみたい! 海やプールに行って、水しぶきが上がった瞬間に時間を止めて、どんな風に見えるのか見てみたい! 花火大会に行って、打ち上げ花火が夜空に大きく開いた瞬間をずっと眺めていたい! あとは……なかなか懐かない近所のネコを撫でてみたい!」
と、小嶋夏海は、自身の知的探究心と、欲求とを一気にまくし立てた。
子供のように無邪気に語る彼女に、苦笑しつつ
「なるほど……好奇心旺盛でイイと思うが、最後のは、欲望まる出しじゃないか?人権……いや、猫権意識が高いネコだと、『人間に撫でられない権利』を主張するかもしれないゾ?」
と、返答すると、
「いいじゃない、ちょっとくらい……」
彼女は、少し拗ねたように、視線をそらしてつぶやいた。
「まぁ、ネコのことはともかくとして、雨さえ降れば、夏休み中に実行するのも難しくないことばかりだし、イイんじゃないか?週末には、プールにも行けるしな」
フォローしようとした訳ではないが、そう答えると、
「ホントに!? じゃあ、契約書の3番目の条件は満たしていると考えていいのね?」
表情を一変させ、全身から嬉しさがにじみ出るような雰囲気で確認してきた。
こちらも、スマホを取り出して、スクリーンショットを取っていた契約書の内容を確かめ、彼女の反応をうかがうように、冗談めかしてたずねてみる。
「あぁ、天気予報とか、観覧できそうな花火大会の日程とか、事前に調べておかないといけないこともあるけどな……。あとは、どうやって、近所のネコに撫でて良いか許可を取る?」
「ネコ語を翻訳できるアプリをスマートフォンにダウンロードする! それで、確認しよう!」
と、本気なのかジョークなのか、判断できない答えが返ってきた。
(そんなモノが、アテになるのか……!?)
呆れつつもも、普段は冷静な小嶋夏海が見せた意外な一面に苦笑を抑えきれず、
「じゃあ、そのアプリがどれだけ有効か実験して、有用性が確認できたら、近所のネコにも使ってみよう」
そう提案しておいた。
「わかった! 試してみる」
と、彼女がうなずいた瞬間——————。
=========Time Out End=========
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