第二章〜⑫〜


 一曲を演奏し終えた奏者は、「フゥ〜」と息をつき、同時にオレは、


「ほぉ〜! ブラボー!!」


と、先ほどの感嘆以上の称賛の声とともに、拍手を贈る。


(でも、この曲の題名って、何だったっけ?)


 聞き覚えのある曲だが、タイトルがわからない。

 ヨーロッパのクラシックの楽曲だということくらいは、わかるのだが……。

 最近も、テレビのCMで、流れていたような……。

 そんなことを考えていると、演奏を終えて、気持ちに余裕が出来たのか、小嶋夏海は、


「その顔は、『聞いたことがあるけど、曲のタイトルがわからないから次の言葉に困ってる』って表情ね……」


と、呆れたように言い放つ。さらに続けて、


「この曲は、シューベルトの『野ばら』。ゲーテの有名な詩に曲をつけたモノ。せっかくの演奏も、教養の無い人間相手じゃ台無しね……」


 ハァ、と、ため息をつきつつ、相変わらずの毒舌ぶりを発揮する。

 それでも、いつもの彼女の口調に戻ったことの安心感と、素晴らしい演奏を聞かせてもらったにも関わらず、聴衆としての己のレベルに不甲斐なさを感じて、


「いや、聴き手として十分な域に達していなくて申し訳ない」


と、謝罪の言葉を口にすると、彼女は、


「まぁ、坂井にこの方面の素養を期待してた訳じゃないから、別にイイけど……」


 そう語ると、


「じゃあ、この曲はどう?」


と、別の楽曲の演奏を始めた。


 ♪ミ・ミ・ファ・ソ・ファ・ミ・レ・レ・レ・ミ・ファ

 ♪ミ・ミ・ミ・ファ・ソ・ファ・ミ・ミ・レ・レ・ド


「あっ! これは、わかった! 『夏の思い出』だ!!」


 演奏の途中で、声をあげると、彼女はそこでコカリナを口もとから離し、


「別に、早押しクイズじゃないんだけど……」


 ツッコミを入れてきたので、「ぜひ、演奏を続けてくれ」と、手のひらを差し出してうながす。


 ♪ラ・ラ・ラ・シ・ド・シ・ラ・シ・ソ・ソ・ラ・ファ

 ♪ソ・ソ・ソ・ソ・ソ・ソ・ソ・ファ・ミ・ファ・ファ・ミ・レ・ミ・ファ

 ♪ミ・ミ・ファ・ソ・ファ・ミ・レ・レ・レ・ミ・ファ

 ♪ミ・ミ・ミ・ソ・シ・ラ・ラ・ラ・シ・レ・ド


 演奏を終えた奏者は、何事もなかったかのように、澄ました表情でコカリナをテーブルに置いた。

 見事に一曲を披露してくれた彼女に、あらためて賛辞の拍手を贈ると、


「今朝の坂井たちの会話に、曲名が出てきたから、これなら知ってるかな、と思っただけ……」


と、つぶやくように返答する。


「こっちのレベルに合わせてくれたのか……」


 オレは、苦笑しながら言って、さらに続ける。


「それにしても、初見で、そこまで演奏できるなんてスゴくないか? 小嶋は、どこかで音楽を習ってたのか?」


 こちらの問い掛けに、小嶋夏海は、大したことではない、と素っ気なく答える。


「小学校までは、ピアノ教室に通ってたし、中学では、スイ部に入ってた」


「そうか、ピアノとブラバンやってたのか……」


 なるほど。どおりで、音楽全般に精通していそうなわけだ。

 しかし、そんなこちらの関心をよそに、即興の演奏を終えたコカリナ奏者は、


「『この子』が楽器としても使えることはわかったケド……停止する時間の長さが、何によって決まるのかは、まだ未知数ね。坂井、他にわかっていることとかはないの?」


と、逆に問い掛けてくる。

 彼女は、すでに、もうひとつの検討事項に興味を移しているようだ。


「高音の時よりも、低音を鳴らした時の方が、停止時間が長かった気がするが……スマン、それ以上のことは、よく覚えていない」


 そう答えると、


「そっか……まぁ、息を吹き込んで時間停止を実行した回数は、まだ少ないみたいだし、仕方ないかもね……」


 小嶋夏海は、少し落胆したを見せたものの、すぐに、


「でも、これで、次の目標が見えたんじゃない?」


と、気を取り直したように明るい顔色になり、勝手に話しを進めだす。


「何だよ、次の目標って?」


 いぶかしげに、彼女に問うと、好奇心を抑えきれないといった感じで、語りだした。


「決まってるじゃない! 今度は、《長時間停止》の継続時間を計測しなくちゃ! 坂井の話しから推測すると、音階によって、時間停止の継続時間が変わると思うんだよね。最短の停止時間は一分程度として、一番長い停止時間は、どれくらいになるんだろう?」

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