第二章〜⑪〜
「そうか……時間が停止している間のことで、何かわかったことがあったら、次の機会でも良いから教えてくれ。あと、他に確認しておきたいことはないか?」
そうたずねると、彼女は、話題が変わったことで、少し安心するような表情したあと、「そうね……」と、何かを思案するようにつぶやき、
「坂井が言ってた息を吹き込んだ時の停止時間と、音階によって、停止する時間に違いがあるのかどうかは気になるなぁ。それに、そもそも、『この子』が、ちゃんと《コカリナ》として機能するものなのかどうかも……」
と、手にしたコカリナを見つめながら答えた。
「オレの認識では、小学生の時に使ってたリコーダーみたいに、指を置く位置で音が変わる感じだったな」
そう返答すると、彼女は
「そりゃ、そうでしょ。
と、言いながら、スマホを取り出して、何やら検索を始めたようだ。
「あった! これだ」
そう言って、スマホの画面をこちらにかざしながら、『コカリナ 運指表』と表示された検索ワードの下に並ぶ画像を指差す。
そこには、数日前に、オレ自身が調べたものより、さらに詳しく、コカリナの指を置く穴(指穴というらしい)とともに、音階別に、各指を押さえる穴がわかりやすく記されている画像が記載されていた。
「この通りに指を押さえれば、リコーダーみたいに音を鳴らせるんだよな?」
彼女に疑問をぶつけると、
「そう言うこと」
すぐに答えが返ってきたのだが——————
「………………………………」
「………………………………」
どちらが、実際にコカリナの音色を確かめてみるかについて、お互いに顔を見合わせる。
紳士たるオレは、彼女のの持つ可能性を尊重すべく、機先を制して、
「言っておくが、オレには音楽的素養は無いから、ここは小嶋に実験を一任する」
と、告げた。
これは、恥をかきたくないとか、責任回避などではなく、あくまでレディ・ファーストの精神である。
他意はない。
しかし、目の前のクラスメートは、共感力に乏しいのか、
「なるほど……女子の前で恥をかきたくない坂井は、責任を回避する訳だ——————」
などと、こちらの意図を甚だしく曲解して受け取ったようである。
彼女の誤解を解こうと、声をあげようとするも、
「まぁ、別にイイけど……」
と、サラリと言ったあと、小嶋夏海は、スマホを持って席を立ち、先ほどまで座っていた向かい側の座席に通学カバンを取りに戻り、除菌シートを取り出した。
そして、息を吹き入れるコカリナの吹き込み口をシートで念入りに拭いたあと、切り替えスイッチをOFFの状態に切り替えて、スマホの画面に映された運指表を見ながら、
ド・レ・ミ・ファ・ソ・ラ・シ・ド・レ
と、慎重に一音ずつ音階を上げて、我らが『時のコカリナ』の奏でる音色を確認していった。
どこか懐かしさと儚さを感じさせる、その音色に、
「おおっ!!」
思わず、感嘆の声を漏らしてしまう。さらに、
「良い音だな。オレが吹いた時より、確実に良い音色が出てる」
素直に感想を口にすると、
「ちょっ……ヤメてよ! ただの試奏なのに……」
と、彼女は、珍しく照れたように言葉を返してきた。
(もし、小嶋夏海に音楽的素養があるなら、その演奏を聞いてみたい)
そう思ったオレは、
「厚かましいかも知れないが、そのコカリナで何か演奏できる曲があるなら、一曲披露してくれないか?」
と、コカリナ奏者にリクエストを投げかけてみた。
「えっ!? そんな、急に言われても……」
これまた珍しく、一瞬、気後れするようなことを口にしたものの、すぐに気を取り直してくれたのか、彼女は、
「しょうがないな! それじゃあ……」
と、言って、また、音色を試すように、コカリナに息を吹き入れる。
さっきの一オクターブの試奏が耳に残っており、ドレミの音階のミの音を試していることがわかった。
そして、自分の奏でる音に納得したのか、小嶋夏海は、おもむろに演奏を始めた。
♪ミ・ミ・ミ・ミ・ソ・ファ・ファ・ミ・レ・レ・レ・ミ・ファ・ソ・ド
♪ミ・ミ・ミ・ミ・ソ・ソ♭・ソ・ミ・レ・ソ・ソ・ラ・ソ・ソ♭・ソ・ラ・シ・ソ
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