第二章〜⑦〜

 予想したとおり、小嶋夏海が提案してきた内容は、『時のコカリナ』を使用するものだった。

 通学カバンから話題に上ったコカリナを取り出し、テーブルに置く。


「夏休みまでに、もう少し詳しく、『』の能力を把握しておきたいんだよね」


 彼女は、コカリナのことを『この子』と呼ぶほど、親しみ(?)を感じているようである。

 オレは、昨日からカバンにコカリナを入れたままにしておいた自分の不用心さを悔やみつつ、


(いや、『自宅に置いてきた』なんて言おうものなら、小嶋は我が家に押し掛けて来るかもな……)


と、彼女の積極性を考慮して、実験とやらが校内で行われることで、自分の住み家に累が及ぶ可能性がなくなったことを前向きにとらえることにした。

 探究心旺盛で、まめな性格のクラスメートは、どうやら先週末の間に、『コカリナ』のスイッチの切り替えによる《短時間停止》(と、二人で呼ぶことにした)について何度も試行を重ね、その機能の特長をスマホのメモアプリにまとめていた。


 ・スイッチの切り替えによる時間停止の長さは、三十秒程度。

 ・停止時間内に再びスイッチの切り替えを行うと、停止時間は延長される。

 ・コカリナの使用者が触れている物については、時間停止の対象外になる。

 ・時間停止中でも、家電製品やスマートフォンなどのIT機器は利用可能。

 ・時間停止中、コカリナの使用者の呼吸や五感が影響を受けることはない。


 その内容を、こちらに伝えたあと、


「坂井のスマートフォンとも、メモの内容を共有できるようにしておくから、アプリをダウンロードしたら、『この子』の能力について、気付いたことをどんどん書き込んでいって」


などと、一方的に話しを進める。

 小嶋夏海のマイペースを通り越した、ゴー・イング・マイウェイな性格に慣れてきたオレは、苦笑しながら、


「はいはい、わかったよ」


と、応じつつ、まとめられた内容の中の気になる記述について、質問する。


「メモの最後に書いてある『時間停止中、コカリナの使用者の呼吸や五感が影響を受けることはない。』って、わざわざ書く必要あるのか? 当たり前のことだと思うんだが……」


 そうたずねると、彼女は、勢いよく持論を展開し始めた。


「たしかに、そうだけど……もし、完全に時間が停止してしまう状態なら、空気の動きもなくなる訳だから、コカリナの使用者は、吸い込んだ酸素を取り込めずに、呼吸ができなくなってしまうハズなんだよね。科学的に考えれば、モノを見たり、音を聞いたりするのも、光の移動や空気の振動が関わってるわけだから、その動きが停止してしまったら、自分たちの視覚や聴覚に伝わらないハズ……だけど、そうはなってないわけだから――――――」


「待て、待て! 待ってくれ! そんなに一気に話されてもワカラン! 要約して、説明してくれ」


 こちらが懇願すると、小嶋夏海は「仕方ない……」といった感じで、ため息をつきつつ、


「簡単に言うと、科学的に考えて矛盾していることが多すぎるから、そこのところは、『あまり突っ込んで調査せずに、深く考えないようにしよう』ってことが言いたかっただけ。それより、坂井が『この子』を笛を吹く感じで使った時のように、時間が停止する長さに違いはあるのか? 他にも、雨が降っている時に時間停止が発生したら、雨粒はどんな風に見えるのか? そんなことを検証したり、実験する方が楽しいと思うんだよね」


と、自身の考えを披露した。


「要は、難しいことは考えずに、この『コカリナ』の持っている能力を確かめたり、時間停止で可能になる色々な観察を使用目的にしよう、ってことか?」


「そういうこと。坂井が、拒否しなければ、だけど…………」


 これまで、自分のペースで話しを進めていたのに、急に殊勝な雰囲気になって語る彼女の様子が可笑しく、小難しいことを考えずに済みそうな提案であることも理解できたため、こちらも、アッサリと了承する。


「わかったよ、小嶋の提案に乗ろう! で、まずは、なにをするんだ?」


 そう返答すると、今度は、彼女の表情は、パッと明るくなり、


「うん! 最初は、金曜日に坂井が、『この子』を使った時に、私も時間停止せずにいたことを再現させてみたいんだよね!」


と、本日の実証実験の内容を伝えてきた。

 それは、オレも大いに気になるところだ。『時のコカリナ』の使用者以外、時間停止が適用されない人物には、どんな法則があるのかは、絶対に確認をしておいた方が良い。

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