第二章〜⑧〜
小嶋夏海に、コカリナを奪われた経験もさることながら、彼女が、契約書に
②AとBは、Cの持つ機能を第三者に漏らしてはならない。
という文言を盛り込んだように、これ以上、この『コカリナ』の機能を他人に知られることは避けるべきだろう。
「そうだな! どんな状況なら、コカリナの使用者以外に時間停止が適用されないのかは、オレも知っておきたい」
賛同の意志を示すと、彼女は嬉しそうに、
「じゃあ、さっそく、始めよう!」
と、前のめりで再現実験の実行をうながす。
「落ち着けって、まずは周りにヒトがいないか確認して…………」
そう言って、周囲を見渡すも、学食内には調理場で後片付けを始めているオバちゃんたち以外には、オレたち二人が残っているのみだった。
「大丈夫! それは、確認済みだって!」
彼女は、当然とばかりに言ってのける。たしかに、現状なら、人目を気にする必要はないだろう。
しかし、自分たちのいる場所からは、秒針のある時計など、時間停止の目安になるものが見当たらない。
「それじゃ、あとは動きのあるモノを探さないと……教室の壁には時計が掛かってるし、戻ってみるか?」
そうたずねると、
「何のために、コレを拾って来たと思ってるの?」
小嶋夏海は、買ってもらったばかりのオモチャを自慢する子どもみたいな表情で、テニスボールをこちらに向かって差し出した。
床にボールを弾ませた後に、『時のコカリナ』の機能を発動させ、その時のボールの動きを見れば、時間停止の有無が判断できる。
なるほど、準備万端というわけか——————。
「そうか! なら、始めるか!? 試すのは、《短時間停止》の方で良いか?」
「うん! あとは、金曜日の状況の再現するだけ……坂井は、あの時のことで、何か覚えてることはある?」
「記憶にあるのは、オレが『コカリナ』を吹こうとした時に、小嶋が手を出して来たことだな。小嶋は、他に何か覚えてないか?」
「あの瞬間、『この子』に触った気がするんだよね……何か、静電気が走ったみたいな痛みを感じたし。やっぱり、そのことと関係あるのかな?」
そう言って、彼女はパーテーション越しに、コカリナを見つめ、
「やっぱり、『この子』に触れることが、時間停止を回避する手段なのかな?」
と、言葉を続けた。
オレの予想も、小嶋夏海と同じものだ。
「今のところ、その可能性が高いな…………試してみるか?」
問いかけたオレに、彼女は大きくうなずいた後、テニスボールを片手に持って、パーテーション越しの対面の席から、こちら側の列の座席に移動し、大きなバツ印が描かれた席に着く。
食事中なら、ソーシャルディスタンスを意識する距離だが、食後のマスクをした後であれば、問題ないだろう。
オレは、《短時間停止》の機能を発動させるべく、テーブルに置いていた『時のコカリナ』を手に取り、小嶋夏海が移動してきた右手に構えて待機する。
学食のテーブルと水平方向の向きで彼女と見合ったまま、オレは切り替えスイッチに指を掛け、コカリナを差し出して、
「準備は出来た! いつでも、いいぜ」
声を掛けると、木製細工の先端に右手の人差し指を触れて、クラスメートは念を押す。
「一応、確認しておくけど……もし、私が時間停止状態になっても、ヘンなことはしないでしょうね?」
こちらには前科があるので、そう問いたくなる気持ちもわからなくはないが……。
もし、自分だけが時間停止を免れても、小嶋夏海に何かしようものなら、その後のことを考えるだけでも面倒だ。
「しね〜よ! 少しは、オレを信じろ」
短い返答に、彼女は、
「信頼されるかどうかは、今後の坂井の行動しだいね」
愉快そうに言って、
「じゃあ、行くよ」
と、こちらに確認を取り、オレが無言でうなずいたのを確認すると、左手に持ったテニスボールを床に落下させた。
その瞬間、
カチ
カチ
カチ
切り替えスイッチを操作する。
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