第二章〜⑥〜

「なっ、なっ、ナニ言ってんだよ!?」


 動揺して、声が上ずるオレの返答に、彼女は余裕の表情で、


「ちょっと、大きな声で飛沫を飛ばさないでくれる? パーテーションが無かったら、大変なことになってるよ?」


などと、冷静なツッコミを入れる。


「こ、小嶋が変なことを言うからだろう……?」


 自分でも、顔の火照りが気になるくらいに、シドロモドロで答えると、遠慮という言葉とは無縁の相手は、


「変なこと? 私としては、坂井の趣味・趣向を想定したアイデアなんだけどなぁ~。それとも、坂井は、マスクに覆われた素顔には興味を持っても、女子の水着姿には興味を示さない、特殊な性癖の持ち主なの? うわ~、マジでキモいんですけど……」


追撃とばかりに、言いたい放題を言ってくる始末である。


小嶋夏海の水着姿——————。


 そのフレーズを頭の中で、反芻し、今朝、悪友二人から、彼女がアミューズメント・プールにオレを同伴指名した、と聞いた時の自分の感情を思い出す。

 前日に、彼女の本性を垣間見せられた自分は、その『お誘い』を、二人のように喜ぶことはなかった、ハズだ……。

 何より、紳士たる坂井夏生は、


「プールに行けば、小嶋夏海の水着姿が見られる!」


などという、ヨコシマな期待などしない!

 多分、しないと思う……しないんじゃないかな…………まぁ、ほんのチョットは………………。


 否! ほんの少しの期待どころではない!!


 思い返せば、ひと月ほど前、


「今年も、感染症対策の観点から、体育の水泳の授業はナシだ」


と、担任教師・七尾からの宣言が下った時に、真っ先に浮かんだのは、夏休み前の炎天下で陸上競技を強いられる体育の授業の過酷さではなく、


(あぁ、小嶋夏海の素顔や水着姿を見る機会は無いのか)


という落胆した想いだった。

 いや、しかし、それを表立って言葉にするのは、いくらナンでも…………。

 などと、脳内を行き交う様々な感情に想いを馳せていると、こちらの様子をうかがっていた小嶋夏海は、クスクスと笑いながら、


「坂井って、考えてることが顔に出るタイプだよね? その表情の変化を見られただけで、もう十分」


と、言ったあとに、真相を語りだした。


「まぁ、ホントは、海かプールで、『時のコカリナ』を使ってみたいと思ってたんだけど……さすがに、坂井と二人で出掛けるのは踏み込みすぎかな、と思ってたところに、ユミコから『男子を誘ってプールに行かない?』って、声を掛けられたんだ。今回は、その機会に乗らせてもらっただけ」


 いやはや、さすが、それでこそ小嶋夏海だ。

 どうせ、そんなことだろうとは思っていたが——————。

 でも、さっきまでとは違って、


(なんだ、やっぱり、オレとプールに出掛けたかった訳じゃないのか…………)


と、少しだけ残念に感じてしまうのは、何故だろう?

 しかし、そのことは頭の隅に追いやり、なるべく表情に出さずに、平静を装って、


「なら、プールに着いてからの行動は慎重に考えないとな……『コカリナ』を使いたいなら、周りに、ヤスユキやテツオたちが居ない方が良いだろ?」


 同意を求めると、小嶋夏海は、つぶやくように


「ふ〜ん。そういう遠回しな言い方をするんだ」


と、言ったあと、一瞬だけ間を置き、口角を少しあげて言葉を紡ぐ。


「私と二人きりになりたいなら、ハッキリと言えばイイのに……」


 教室内で演じていた『設定』の女子とは、全く異なる口調と表情に目を奪われる。

 そして、その挑発的で悪戯っぽい笑みに、思わず、


「ハ、ハァ? そっ、そんな訳ないだろ!?」


声のトーンが上がってしまった。

 動揺を抑えて、冷静に話そうとした努力もすべて無駄に終わったようだ。


「また、飛沫を飛ばして…………まぁ、必死の形相に免じて、そういうことにしておいてあげる」


 彼女は、余裕の表情でそう言うと、「ホント、わかりやすい反応」と、つぶやいてクスリと笑った。

 前日とは異なるカタチで、またも小嶋夏海の手のひらで踊らされている自分に、軽くへこんでしまう。

 彼女との会話に気を取られ、すっかり冷めてしまったきつねうどんを急いですすっていると、今日もオレを手玉に取ったクラスメートは、今度は、こんな提案をしてきた。


「ねぇ、さっき拾ってきたテニスボールを使って、実験したいことがあるだけど……この後、ちょっと、付き合ってくれない?」

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