第二章〜③〜

 四時間目の授業が終わり、我が学び舎は、今日も放課後を迎える。

 昨日とはうって変わって、夏らしい陽射しが降り注ぐ正午過ぎの教室は、夏休みの前に相応しい活気に溢れている。

 なかでも、感染症による相次ぐイベントの中止情報に気落ちしていたところに、自分たちの憎からず想っている女子からのアミューズメント・プールへのお誘いという、ビッグ・イベントがもたらされた岡村康之と石川哲夫は、はたから観察していると、恥ずかしいほどの浮かれたぶりを見せていた。


「なぁ、テツオ! あと、十日くらいで上半身の筋肉を鍛える方法は無いか?」


「バカ野郎! そんな都合の良い方法があるか!? 筋肉は、一日にして成らずだ! それより、ヤスユキ! 水着はいつ買いに行く?」


などと、炎天下で脳内の一部が溶けたとしか思えない会話を交わしている。

 一方で、前日に、小嶋夏海という女子の本性をイヤというほど、思い知らされた自分としては、当然、彼らのテンションに付き合う気にはなれず、甚だ気乗りのしない展開ではあるが、今朝の一件、すなわち「友人たちと出掛けるプールに、なぜオレを誘ったのか?」について、彼女の思惑を確認しておく必要を感じていた。

 終礼が終わって教室が喧騒に包まれる中、気が進まないながらも、


「なぁ、小嶋。今日、これから時間はあるか? 聞いておきたいことがあるだけど?」


意を決して、前の席に座る女子に声を掛けると、彼女は、オレの言葉を予期していたのか、


「なぁに、坂井。今日、私と一緒に放課後ランチがしたいの?もぉ、しょうがないな〜」


と、今度はマリトッツォの隠し味に練乳を練り込んだような甘ったるい声で、返答してきた。

 その声に、半径五メートルの席に座るクラスメートどもは、


(オトコを寄せ付けない小嶋夏海が、媚びた声だと!?)


ザワ……ザワ……と、にわかに色めき立ち、中でも、腰を上げて帰宅の準備段階に入っていた康之は、真後ろから彼女の猫なで声をモロに浴びたためか、後方のオレたち二人をガン見すると、ニヤニヤとした笑みをこちらに返してくる。

 そして、立ち上がって、オレの席まで近づいて来ると、


「ナツキ、久々に一緒に昼飯を食おうと思ったが、どうやら、お邪魔だったみたいだな!」


と、ラブコメ漫画の友人キャラを忠実に演じるかのようなセリフを吐きながら、オレの肩に手を置いて鷲掴みにし、


「今年の夏は、お互いにガンバロウぜ!!」


などと、謎の言葉を残して、教室を去って行った。

 周囲のクラスメート達も、何やらクスクスと笑ったり、一部男子からは、恨みがましい視線を感じたりする。

 何ら嬉しくもなければ、メリットも感じない状況で、クラスのウワサの渦中に放り込まれた感覚に、教室内に居づらくなったオレは、


「サッサと学食に行くゾ!」


 そう言って、小嶋夏海に移動を促して、通学カバンを持って、席を立つ。


「もう! いつも、強引なんだから、ちょっと待ってよ」


 相変わらず、わざとらしい声で返答した彼女は、先を行くオレのあとに着いて教室を出る。そして、しばらく廊下を歩き、クラスメートの視線を感じなくなった頃合いで、「フゥ〜」と、大きな息をつき、


「今日は、『クラスの気になる男子と距離が縮まって喜びを隠しきれない女子』って、設定で過ごしてみたけど、クラスの好奇の視線に晒されるのって、予想以上に疲れるのね。みんな、よく恋愛なんて一時的感情に夢中になれるものだわ……」


うんざりすると言った感じで感想をもらしたあと、


「私、購買部に寄っていくから、今日も学食の席取りお願いね」


と、こちらの返事も聞かずに、サッサと購買部の方に歩いて行く。

 前日に続き、唯我独尊といった感じでこちらのペースを引っ掻き回す小嶋夏海に、辟易としながら、自分から彼女に声を掛けたにも関わらず、オレは重い足取りで学食へと向かうことになった。

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