第二章〜②〜

 お互いに確認を取りあったわけではないが、自分たち三人の暗黙の了解として、岡村康之は、学年で一番と言っても良い、華やかな印象のある中嶋由香のことを、石川哲夫は、これまた学年イチと言って良い、小柄で愛らしいタイプの大嶋裕美子のことを気に掛けていることは、明白だった。

 そして、オレ自身が、クールで異性を寄せ付けない雰囲気をまとっている小嶋夏海のことを気にしているということも、おそらく悪友二人には認識されているハズだ。

 確かに、先週末の放課後までに聞かせてもらった話しならば、自分も彼らと同様に、


(やっと、小嶋の素顔が拝める!!)


と、期待に胸をおどらせるような提案だったと言えるのだが——————。

 前日の出来事で、小嶋夏海の本性と言うか、底意地の悪さのようなものを痛感させられた自分としては、女子三名から出されたという『お誘い』を、康之と哲夫のように、無邪気に喜ぶことは出来なかった。

 哲夫の言葉に、


「あぁ、そうだな……」


曖昧に返事をすると、康之は再びオレの首に腕をまわし、小声で


「おい、ナツキ! なんで、そんなにテンションが低いんだよ!? おまえのことは、小嶋が指名してきたらしいゾ!」


と、耳打ちをしてきた。

 良かれと思って発したであろう、その一言は、オレの心胆を寒からしめるに十分な内容であったが、確認のために、ゆっくりと前方の席に目を向けると、普段はオレたち三人の会話など歯牙にも掛けないクール系女子が、口もとを緩めて笑顔を見せている。


「ほら、見ろ! いつもツンツンしてる小嶋が、笑顔じゃねぇか!? ナツキ、おまえ、小嶋といったいナニがあったんだ!?」


 二度目のヘッドロックの体勢のまま、拳をオレの頭にグリグリと押し付ける康之の様子を眺めながら、哲夫も、


「それは、オレも気になるなぁ……ナツキ、良かったら、小嶋を笑顔にする秘訣を聞かせてくれよ」


と、体育会系らしいノリで、会話に加わってくる。


(騙されるな! そして、小嶋夏海の表情を良く見ろ、二人とも! 口もとは微笑んでいるように見えるが、目もとは、まったく笑ってねぇから!!)


 ヘッドロックを掛けられた体勢のままで、必死に首を動かしながら、二人にシグナルを送るも、ボンクラな悪友二名には、まったく通じていない。

 そして、この状況をさらに加速させる言葉が、前方の席から発せられた。


「もぉ〜、やめてよ〜。坂井とは、そんなんじゃないんだから〜」


 普段に比べて、一オクターブは高い声で発せられた想定外のセリフに、オレたち三人の動きは完全に固まった。

 二拍ほどおいて、「ぅひょ〜〜〜〜〜」と、康之は声にならない叫びをあげ、バレー部の哲夫は、指笛を鳴らし、「ナイ(ス)サー(ブ)!ナツキ!もう一本!」などと、コールを入れる始末である(余談ではあるが、バスケットボール以外のスポーツとは無縁の生活を送っているオレは、体育の授業のバレーボールで、サービスエースを決めたことは、一度もない)。


「この野郎! オレたちより、一足先にアオハルまっしぐらかよ!」

「小嶋と、そんなに親しくなっていたとは……やるな、ナツキ……」


 笑いながら拳にチカラを入れる康之に、ただただ感心したようにつぶやく哲夫。男子二名は、完全に術中にハマっている。


 しかし…………。

 

 そんな、今にも『サンバ・デ・ジャネイロ』に合わせて、アゲアゲホイホイを踊りだしそうな悪友二名が、それぞれのリアクションを取る直前、バナナジュースにハチミツを加えたような甘ったるい声を発したクラスメートの口角が、わずかに動き、「ニヤリ」という感じで歪んだ瞬間をオレは、見逃さなかった。

 陽キャラ特有のテンションを嫌悪しそうな彼女が、こんな学園ドラマでもあり得ないベタなノリを好むハズがない——————。

 そう確信したオレは、小嶋夏海が、わざわざ友人と一緒にプールに出向いてまで、自分を巻き込もうとする意図がわからず、それを確認するため、そして、再び彼女とコミュニケーションを取る必要ができたという事実に、授業開始前から気分が落ちていた。

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