第二章〜①〜

7月13日(火) 天候・晴れのちくもり


 月曜の放課後の学食での会話の後、オレは、小嶋夏海という人間に関わろうとしたことを後悔し始めている自分に気付いた。

 普段の言動から、彼女の人格が、決して穏やかなモノでないことは想像していたが——————。

 まさか、自分が被った被害だけでなく、彼女自身が行った悪行(と、言って差し支えないだろう)まで取引の材料として使い、交換条件を突きつけてくるとは、完全に想定外だった。


(まったく、なんてヤツだ……)


 学食での会話で、小嶋夏海の性格というものを痛いほど思い知らされたオレは、夏休み前という、学生なら最もテンションの上がる貴重な時期を憂鬱な気分で迎えることになった。

 午前八時過ぎにも関わらず、本格的な夏の到来を思わせる炎天下の通学路で、オレの気分が上がらない理由の一つは、彼女から提示された交換条件にもあった。

 オレと小嶋夏海の間で交わされた契約は、こんな内容だった。


=============契約書=============


◆以下の契約において、

 A=小嶋夏海

 B=坂井夏生

 C=時のコカリナ(木製細工)とする。


 ①次に挙げる契約が果たされることを前提に、AはBにCを返却する。

 ②AとBは、Cの持つ機能を第三者に漏らしてはならない。

 ③Cの機能を発動させる場合は、必ずAとB双方の合意の元で行うこと。

(A・Bともに相手に無断でCの機能を発動させてはならない。)

 ④Bは、Cの機能の謎を解明するために、Aに協力を惜しまないこと。

 ⑤Bによって、②③④の契約が守られなかった場合、Aは学校関係者にBのAに対する行為を告発する。

 ⑥契約内容は、AとB双方の合意によって、随時、加筆修正されるものとする。


 以上の契約期間は、夏休み中を有効期間とする。


=============================


 彼女は、こんな内容を文章をわずか十分ほどで作成し、オレに宛てて、スマホやタブレットで利用するメッセンジャーアプリで送信する、と主張した。

 女子とのアカウント交換で、これほど気乗りしなかったことはない。

 渋々、コンテンツ共有サービスでアカウントの通知を行うと、小嶋夏海は、『時のコカリナ』と名付けられた木製細工の裏面を眺めた後、小窓に記されたカウンターの数字を確かめて、自分のスマホのカメラアプリで、その数値を撮影し、『契約書』と書かれた文面とともに、添付画像をメッセージアプリに送り付けてきた。


「これで、坂井が勝手に時間停止をさせていないか、確認できる」


と、満足げな表情を浮かべたあと、こちら側の席にやってきて、


「これは返すから、ちゃんと約束は守ってよ」


と、コカリナをオレに手渡す。

 ようやく、祖父さんの形見(?)が、手元に戻ってきたものの、小嶋夏海に突きつけられた交換条件を考えると、あらためてため息をつきたくなる。

 そんな風に、前日の出来事を回想しながら、気温が上昇し続ける通学路をなんとか乗り切って、二年一組の教室にたどり着く。すると、窓際最後尾のオレの席の周囲には、悪友二名がたむろっていた。


(二人とも、朝っぱらから、何の用だ?)


と、いぶかしんで席に近づくと、康之は、いきなりヘッドロックを掛けるように、オレの首根っこに絡みつき、


「遅いぞ、ナツキ! せっかくの夏本番だってのに、シケたツラで登校しやがって!」


授業開始前とは思えないテンションで、勢い込んで話しかけてくる。

 そのあまりの興奮ぶりに、


「なんだ、ヤスユキ。そんなに熱くなって……校庭からレアメタルでも採掘されたか?」


と、たずねると、ボルテージは、そのままに悪友その1は、語り続ける。


「バカヤロー! そんな訳ねぇだろ!? オレたち高校生にとって必要なのは、そんな何に使うかワカラネー資源とかじゃねぇ! そう、今のオレたちにとって必要なのは、『夏の思い出』だ! そうだろう!?」


 藪から棒に、なんなんだ!?


「ハァ!? 『夏の思い出』? 音楽の教科書に載ってる唱歌のことか? ♪夏が来~れば思い出す~って、歌詞の歌が、どうした?」


 まったく、会話の流れが読めないオレが、困惑気味に問い返すと、


「遥かな尾瀬は、関係ねぇ! こんな時にしょうもないボケは、イラネ~から! このままじゃ、会話が進まん!テツオ、代わりに説明してくれ!!」


オレの美声を無視するだけでなく、『しょうもないボケ』扱いした悪友その1は、自らの説明能力の無さを自覚したのか、ヘッドロックからオレを解放して、悪友その2に会話の続きを促した。


「ナツキ、夏休み最初の週末の予定は空いてないか? さっき、大嶋たちから『湾岸沿いのアミューズメント・プールに行かないか?』って、誘いがあってな。女子は、大嶋・中嶋・小嶋の三人が来るらしいから、ナツキも一緒に来ないか?」


 なるほど、康之のアゲアゲぶりの理由が理解できた。

 そして、冷静さを装っている哲夫までもが、喜びを隠しきれないという表情で問い掛けてきた理由も——————。

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