第一章〜⑮〜
午後の早い時間に終了する短縮授業の四時限目は、クラスの担任教師・七尾が受け持つ英語の科目だったため、授業終了のチャイムと同時に二年一組では終礼が始まり、あっという間に、放課後となった。
部活動に向かう哲夫と、「おお、ナツキ! 帰りにどっか寄ってくか?」と声を掛けてきた康之に、「スマン! 今日は放課後に用事がある」と返答し、オレは教室に残る。終礼が終わったあと、机に通学カバンを置いたままの小嶋夏海は、一度、教室を出て行ったものの、十分ほどして自分の席に戻ってきた。
周囲を見渡して、教室内に残っている生徒が少ないことと、「岡村と石川は、もう帰ったの?」と、オレの悪友二名がいないことを確認した彼女は、
「話しが長くなるかも知れないから、場所を変えない? 学食とファーストフード、どっちがイイ?」
と、質問を重ねてきた。
両親からもらった紙幣は、夏休みのために取っておきたかったこと、縮小営業中ながらも今の時間帯なら昼食の提供時間に間に合うこと、そして、しばらく待てば、周りの生徒も少なくなっていくであろうことを予測して、オレは、
「学食の方が良いかな」
と、答えて、二人で食堂に向かう。
校舎の三階から、体育館に併設されている食堂まで、二人で歩きながら無言を貫くには、あまりに距離が長すぎたため、沈黙に耐えかねたオレは、
「なぁ、朝に言ってた、オレに聞きたいことってなんなんだ?」
午前の授業中、ずっと気になっていたことをストレートにたずねてみたものの、彼女は、
「いくつかあるから、あとでまとめて聞かせてもらう」
あっさりと返答し、それ以上はこのタイミングで答えるつもりは無いようである。
「あ、あぁ、そうか……」
有無を言わさぬ回答の拒絶ぶりに困惑し、このまま、食堂まで気まずい沈黙が続くのか、と気分が落ち込みかけた時、
「私、購買でパンを買って行くから、先に食堂に行って、席を取っておいてくれない?」
と、一階の廊下に降り立った小嶋夏海が話しかけてきた。
「お、おう! わかった」
返事をしたオレは、気まずい沈黙から逃れられた安堵感と、彼女と会話をする時間が減ったことに寂しさを感じながら、食堂へと歩みを進めた。
※
数百席はあろうかという学食は、午後も授業があった先週までとは異なり、部活動に精を出す一部の生徒がポツポツと存在するだけで、普段のような活気に乏しかった。
しかし、時間を掛けて、込み入った話しをするなら、これ以上に都合の良い場所はない。
対面する座席同士は透明のアクリル板で仕切られ、隣り合う席には座らないように、椅子に大きなバツ印の張り紙が貼られている。
彼女と話し合うには、アクリル板越しの対面が良いのか、それとも、一席飛ばしの横並びのほうが良いのか、などと思案していると、オレの頭を悩ませる相手が購買部で昼食を買い終えてやってきた。
「席取りありがとう。坂井も、何か買ってくれば?」
そう言って、小嶋夏海は、特に何かを考えた様子もなく、オレの対面の席に座る。
彼女の言葉に、
「あぁ、じゃあ、行ってくるわ」
と、短く返事をして、席を立ち、券売機で『きつねうどん150円』の食券を買い、キッチンの食券係のオバちゃんに差し出す。
三十秒ほどで調理を終えたきつねうどんを受け取って、確保していた座席に戻ると、小嶋夏海は、律儀にも買ってきたパンに手を付けずに、待っていてくれた。
「先に食べてくれてても良かったのに……待たせて悪かったな。腹へってないか?」
オレがたずねると、
「席を取ってくれた人に対して、先に食事を始めるほど、礼は失してないから。それより、早く食べてしまって、話しを進めよう」
と、彼女は、素っ気なく言って、マスクを外し、購買部で買ってきた『やきそばパン』を食べ始めた。
きつねうどんの乗せられたトレイを机に置き、自分も昼食にありつくべく、席に着いて前方に目を向けた瞬間、オレは、とんでもないことに気付いた。
(小嶋夏海が、マスクを外している!!)
いや、食事をとるのだから、至極当たり前のことなのだが、その事実を目の当たりにすると、
(先週末の苦労は、いったいなんだったのか…………)
と思わず意気消沈してしまう。
そんな想いで、しばし、目の前の女子を見ていると、
「ちょっと、私の顔に何か付いてるの? そんなに見られていたら、食べにくいんだけど?」
と、不機嫌な様子で、彼女が注文を付けてきた。
「あぁ、スマン」
自分の考えを悟られないように、一言だけ謝って、オレは、昼食のうどんに手をつけることにした。
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