第一章〜⑥〜

7月9日(金) 天候・曇りのち雨


 祖父さんが授けてくれた木製細工のことで、普段は使わない脳の部位をつかったためなのか、昨夜は、なかなか寝付けなかった。

 おかげで、いつもより早めの時間にベットに入ったにも関わらず、今朝は、いつにも増して寝不足気味だ。

 入浴後、リラックスした身体は、そのまま休息を求めていたようだが、不思議な木製細工のことが頭から離れないオレは、祖父さんが、このアイテムを自分に託した意味や、有効な使い方を、あれこれと考えて、一人悶々としていた。

 夜中に一人、ベッドの中で行う考え事の内容は、おおよそが『愚にも付かないモノ』であることは、オレ自身に限らないと思うが、しかし——————。

 昨晩のオレのアタマは、なかなかに冴えていた。


「どうせなら、いま、自分が一番気になっていることを解決するために、使えばイイんじゃないか?」


 坂野夏生が、いま一番気になっていることと言えば、クラスで前の席に座る小嶋夏海のマスク越しの素顔だ。

 木製細工の機能を使って、時間が停止している間に彼女のマスクを外し、素顔を確認した後にマスクを戻しておけば万事解決!

 この機能さえあれば、周囲の誰にも(もちろん彼女自身にも)、知られることなく、自分の知的探求心を満たすことができる!

 このアイデアを思いつくに至り、アタマと同時に目も冴えてしまい、寝付くまでに時間を要してしまった。

 睡眠不足の原因は、以上である。

 そのアイデアの秀逸さに自分自身で賞賛を送り、素晴らしいアイテムを授けてくれた祖父さんに感謝の念を抱きつつもも、睡眠時間が足りていないためか、思考回路は酸素を欲しているようで、通学の途中でも、思わず漏れる欠伸を止めることが出来ない。

 その生理的欲求をやり過ごした後、オレは、昨晩から気になっている問題点について整理してみた。

 一つ目の問題は、この機能を発動させるタイミングである。

 今回のミッション(?)を考えた場合、小嶋夏海が、なるべく一人になるタイミングに合わせて時間停止の機能を活用するべきだろう。次に挙げる問題と同様に人目につきにくい場所で実行することが重要になる。

 その二つ目の問題は、停止する時間の長さだ。

 わずか、三回の試行ではあるが、おそらく、約一分間が時間停止の最短の長さだ。

 昨晩の二度目の時間停止では、体感ながら、あきらかに、もっと長い間、周囲の時間が止まっていたように思うが、自室や自宅のような小さな空間ではなく、大勢の人間がいる学校で使用する際には、最短時間を考慮した上での行動を心掛ける方が良いに決まっている。

 以上の二点から、日頃の彼女の行動パターンを考慮した上で、なるべく短時間のうちに遂行できるよう、実行するべき時機を計画しなければならないが……。

 残念なことに、小嶋夏海は移動教室の際や授業の間の休み時間は、クラスで中の良い大嶋と中嶋という女子二名と行動していることが多い。そして、彼女が確実に一人で行動している昼休みは、簡易パーテーションで仕切られた各自の席での黙食が終わったあとの時間帯に、石川と岡村という悪友二名がオレの席にやってくる。

 自分は、決して義理や人情に篤いタイプではないので、男子二名を捨て置くことに良心は痛まないが……。

 しかし、いつもつるんでいるクラスメートが、女子のあとを追って昼休みに不在にしているとなれば、教室に残された人間の好奇心を刺激するには十分な材料となるだろう。


(アイツらに余計なことを追及されるのは、面倒だよな……)


 事前に理由をつけて、昼休みに教室から離れておくことも考えたが、肝心の不在にする理由が、なかなか思いつかない。

 休み時間だけでなく、期末試験の返却が終了したため、生徒も教師も弛みがちの授業中も、昼休みに悪友二名に気取られずに教室から抜け出す方法や、その他の小嶋夏海が一人になるタイミングを見極める術を考えるも、なかなか良いアイデアは浮かんでこない。

 四時間目の古典の授業中に、すぐ目の前の席に座る小嶋夏海の背中を凝視しても、結果は変わらないままだった。

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