第一章〜⑤〜

 予想していた通り、耳の奥で甲高い音が鳴る。


==========Time Out==========


 音が鳴ると同時に、ストップウォッチの計測スタートのボタンをいつも以上のチカラで押し込む。


「ヨシッ!!」


 狙い通りの機器の反応に、思わず、声が出る。

 デジタル式のストップウォッチは、予想していた通り、時間の計測を始めている。

 そして、これまた予測した通り、自室の壁掛け時計の秒針は、止まったままだ。

 あとは、時間停止の継続時間を把握するだけ———―――。

 時おり、ストップウォッチの経過時間をチラリと見ながら、壁掛け時計の秒針をにらみ、針が動き出す時を待つ。

 アッサリと三十秒が経過し、四十五秒が過ぎる頃には、


(もし、このまま時間が止まったままだったら、どうしよう……)


と、またもリビングで微動だにしない両親の姿を目撃した際に感じた強迫観念が、頭をよぎった。

 ジリジリとしながら、秒数がカウントされていくストップウォッチの画面をチラチラと見やると、緊張のためか、こめかみ辺りに汗が流れるのを感じる。


55秒……56秒……57秒……59秒……。


=========Time Out End=========


 そして、手のひらの中のデジタル表示が、1分00秒を表示するかしないかというタイミングで、壁掛け時計の針が、動き出した。


「フ~~~~」


と、息を吹き出し、緊張を解く。身体全体のこわばりは、正確に時間停止の時間を計るためのものというよりも、「周囲の時間が、永久に止まったままだったら……」という不安によるものだろう。

 そのおっかなさを打ち消すように、わざと、わかりきったことを声に出して、冷静さを取り戻そうとした。


「今回の停止時間は、約一分間と考えて良さそうだな」


 その行為に意味があったのかはわからないが、緊張感は徐々にやわらいでいく。

 木製細工の裏側の小窓にあるカウンターを確認すると、予想通り『47』という表示に変わっている。

 なにはともあれ、ほぼ正確に停止時間の長さを把握できたのは収穫だ。

 一度目の停止時間も、体感的には、このくらいの長さだったと思うので、この木製細工の使い方によって、停止できる時間の長さには、一定の法則があるのかも知れない。

 もう少し、祖父さんの《形見》とも言える、楽器モドキの調査を続けたいところではあるが——————。

 しかし、これ以上の考察を続けようと意思もないわけではなかったが、その持続時間の短さにかけては自他ともに認めるところである、坂野夏生の集中力は、エンプティ・ランプを灯していた。


(なんだか、どっと疲れたな……)


 何げなく、この楽器モドキを使用して思わぬ事態に直面したこと、周囲の時間が停止した時に感じた孤独感と不安、そして、この《機能》を使用した際のメリットとリスクなど、考えることが山ほど出てきて、すでに、オレ自身のアタマの中は、旧世代のスマホで色々なアプリを起動したときのように、反応が鈍くなっている。

 母親の言葉に従うわけではないが、今日は、これ以上のことを考えるを止めて、おとなしく風呂に入って、寝てしまった方が良さそうだ。小窓のカウンターを観察したところ、この楽器モドキの時間停止機能には、回数制限があることが推測されるし、何より、夜の遅い時間帯に、笛に似た音色を何度も響かせるのは、我が家の所在地である住宅街にとって、歓迎されることではないだろう——————。


(そういえば、『夜に口笛を吹くと蛇が出る』なんて、迷信深いことを祖父さんが言ってたっけ?)


 そんな祖父との思い出話を回想しながら、入浴準備をして、風呂に入ることにする。

自室から階下に移動し、リビングの両親に、


「風呂、入るよ~」


と、声を掛けると、茶の間のテレビでは決勝ホームランを放った主砲が、ヒーローインタビューを受けているところだった。

 こちらの声には、まともな反応もなかったので、


「試合が終わったなら、早くドラマに替えてよ!」


と、要求する母親と、


「はいはい。九時になったら替えるから」


と、生返事を返している父親の様子を確認して、脱衣所に移動する。

 浴室に入って、身体と頭髪の一日の汚れを洗い流し、ゆったりと湯船につかってリラックスした頭の中には、なぜかショート・ホームルームの時の小嶋夏海の鋭い視線が浮かんでいた。

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