第一章〜⑦〜

 結局、昼休みは、食事がおわった後の悪友二名の自席への来訪を表向きでは歓待しつつも、どこか上の空のまま、二人の会話に加わることになった。


「しかし、夏が来たというのに、まったくワクワク感が湧いて来ないのは何故なんだ!? 感染症か? 感染症のせいなのか!?」


 イベント好きで男子バレー部所属、見るからに体育会系男子の石川哲夫が、会話の口火を切る。


「そりゃ、女子との出会いが期待できないからっしょ!? 海に、プールに、夜店に、花火大会! 夏はこれからなのに、今年もイベント全部パーじゃねぇか!!」


 やや怒気を含みながら、これまたイベント好きで異性の話しも大好きな岡村康之も同調する。

 自分は、彼ら二名ほどアクティブな性格ではないものの、去年と同じく、今年の夏に『胸を踊らせる予感』がないことは、高校に進学し、大学受験という現実を意識せざるを得ないから、という理由だけではないだろう。


「このまま、感染症に邪魔されて、オレたちの青春はなくなってしまうのか!? テツオさぁ、部活周まわりでなんか潤いのある話しとかねぇの?」


 康之が、カラむようにたずねると、


「ヤスユキ向きの話しか……そうだな、二組の高橋が、ウチの女バレでキャプテンやってた皆川先輩に告って、付き合い始めることになったらしいんだけどさ……」


 哲夫は、自身の部活周辺で起きた恋バナをし始めた。


「クソっ!? こんなご時世にイチャ付きやがって地獄へ堕ちろ!!」


 露骨に悪態をつく康之に、哲夫は悪友を落ち着かせるように語る。


「まぁ、最後まで聞けヤスユキ! オレたちバレー部員は、放課後の体育館で一緒に練習する機会も多いから、マスクをしていない時の皆川先輩の素顔も知ってるわけだが……運動部に縁のない高橋は、マスク越しの先輩の顔しか知らないまま、特攻したらしい」


「ほうほう」


「そして、後輩の情熱的な告白に感激した皆川先輩は、高橋の想いを受け入れたのだが……ヤスユキ、女バレの前キャプテンのマスク装着時と非装着時の顔を見比べてみるか?」


 そう言って、哲夫は、自分のスマホを左手に持ち、画像アプリから、全員がマスク姿で写真におさまっている男女バレーボール部の集合写真を拡大したモノと、皆川先輩の練習後の姿と思しき写真を右手の人差し指でスワイプして見せた。


「「!!」」


 二枚の画像を見比べた直後に、悪友二名の表情を観察すると、お互いにアイコンタクトで意思の疎通ができているようだった。

 なるほど、哲夫が康之に伝えたいことは、オレにも理解できる。

 そして、軽くうなずいた康之は、


「高橋、さっき、『地獄に堕ちろ』と言った言葉は撤回する。おまえは、天国に行っても許される。マスク美人の先輩と仲良くやってくれ」


 信仰心を持ち合わせているわけでもないくせに、十字を切って両手をあわせ、「アーメン。我々の心は救われました」と、締めくくった。

 ほとんど面識のない人間相手に、容赦のない言動である。


「他人のことを良くそこまで言えるな。おまえらの方が、地獄に堕ちるぞ」


 二人に警告するが、


「うるせぇ! 色恋沙汰で、他人の幸福なんか祝ってられるか!?」


康之は、またも悪態をつき、


「ハハ、確かに、ナツキの言うとおりだな……」


哲夫は、自分たちと仲の良い女子バレー部の先輩を会話のダシにつかったことについて、申し訳なく思ったのか、済まなさそうに苦笑する。


「けど、ナツキ! おまえだって、皆川先輩がマスクを取っても美人だったら、高橋を呪い殺したくなっただろう?」


 確かに、とりたてて慈悲深い心をもっているわけではない自分が、美人な先輩と交際する(さして親しくもない)同級生を祝福してやれるか、というと疑問符は付くが、康之の言うように呪詛の言葉を吐くまでには、落ちぶれているわけでもない。

 そんなことを考えていると、


「ちょっと! 無駄な話しをしてるだけなら、どいて欲しいんだけど?」


 昼休みの終了を告げるチャイムが鳴る直前に、小嶋夏海が戻ってきた。


「「あっ、悪りぃ……」」


 オレと哲夫が同時に声をあげ、


「フ~、もう女王様のお還りの時間か」


と、康之は肩をすくめる。

 その仕草に、マスクがなければ、「チッ」と舌打ちが聞こえそうな表情で小嶋がオレたち三人の方を軽くにらみつける。その様子に気圧されたのか、


「はいはい、席にもどりますよ」


康之も素直に従い、小嶋夏海の一つ前に位置する自分の席に座る。

 一方、哲夫は、「ナツキ、じゃ、またな!」と言って、最前列の席に戻る際に、


「なんだ~、石川。アンタ達、またナツミに怒られてたの~?」


と、二列目の席に座っている大嶋由美子に、茶化されていた。哲夫が自分の席に座ると同時に、昼休み終了と五時限目の予鈴を兼ねたチャイムが鳴る。

 そんな、いつものように繰り返される昼休み終わりの光景を眺めていると、


「また、ボーッとして、午前中の考え事はもう終わったの? なんだか四時限目は、後ろから刺すような視線を感じてたんだけど、気のせいだった?」


 こちらを向いた小嶋夏海が、珍しく疑問形で会話を投げかけてきた。いつもなら、昨日の様に、こちらの返答を待たずに、一方的に会話を打ち切って前方を向くことが多い彼女の言葉が、あまりにも意外だったため、午前中の最後の授業で、自分が、その背中を凝視していたことも忘れ、その疑問を否定することなく返答してしまった。


「あぁ、イヤ! 気になっていたなら、申し訳ない」


 オレの答えになっているのか、いないのか、良くわからない返答に、


「あっ、そう」


と、だけ返事をした小嶋は、こちらに背を向けて授業の準備に取り掛かった。

 しばらくすると、数学教師が教室に入ってきて、退屈な五時限目の授業が始まる。

 昼休みの無駄な話(これは小嶋夏海に同意する)に思考を妨げられたオレは、カバンに入れている昨夜の睡眠不足の要因となった木製細工のことを考えながら、午前中にまとめ上げることができなかったプランについて、再び思いを巡らせたのだが——————。

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