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 娘は、自分の住所を母親に決して教えなかった。会社にも自分の情報を母親に漏らさないよう頼み、母親からの連絡も一般的には当たり障りの無い範囲で素っ気なくあしらっていた。

 この頃になると娘にとって母親は自分を産んだというただそれだけの存在になっており、世間一般的な親子の感覚をもう持ち合わせていなかった。

 「どんな親でも、お腹を痛めて産んでくれた恩がある」という言葉を娘は嫌い、そんなことを言える幸せな人間とは一生理解し合えないだろうと確信していた。

 母親からの過干渉な連絡は暫く続いた。母親は毎回「あなたも人の親になれば分かる」と言い聞かせてきたが、娘はこの人間が人の親であるとは到底思えなかった。そうして20歳になる直前、母親からついに電話で衣類全て、現在借りている部屋、所持している家具、預金口座の半分を差し出すよう要求された。

 娘は怒りに任せた罵詈雑言を母親に浴びせ、絶縁を申し出た上で、電話を切り、後日電話番号やメールアドレス等を全て変更した。


 そうして彼女は、自分の人生を手に入れたと確信した。



 しかし、数日後。タイミングを見計らったかのように、父親が勤務先に現れた。

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