盛岡 「発掘」
ここは盛岡の目抜き通りであり、昔は「鹿野座通り」と呼ばれていたらしい。かつて鹿の住む野原があったらしく、それがこの名の由来になっていたと教えてくれたのは、私の師範代だった。それが今や鹿は名を残すのみで、殆どが人間と異形に狩り尽くされてしまった。
そんな鹿野座通りはビルに挟まれ、遠く先へと伸びている。計り知れない長さに若干の不安を感じつつも、私は地平線の先にあるもの見たさにワクワクしていた。身長ほどに捲れ上がったアスファルトを越えて、大きく陥没した地面をなんとか越えていく。
すると右手にこじんまりとした建物が見えた。そこには「鹿野座喫茶」と書かれた看板が張り付いているが、ここいらでは見ない佇まいの建物だった。できればそこでゆっくりしたかったが、それも他の建物同様にすっかり自然に還りつつあった。
その横を通り、一つ目の交差点を越えると、しばらく大量の廃車が渋滞を起こしていた。何かから逃げようとしてこうなったのかもしれない。中には前の車に乗り上げているものや、無残に大破したものもあった。それらの上を、薄い鉄板の音を立てながら歩いていく。いくらか歩くと、その廃車の上に見慣れない細長い影が動いた。
影に気付き空を見上げると、何かが群れて飛んでいた。銀色の棒のようなそれは身を翻し、空を切ってこちらに向かってくる。
「スカイフィッシュか!」
そういうが先か、一匹が廃車の天井に突き刺さった。なんとか避けたが、直撃すればそこの肉が無くなることは必至である。ついで二匹三匹と降り注ぐ中を、這いつくばったり、跳ねたりしながらなんとか避けていた。
「なんでこんな所に登ってしまったのか、まったく!」
しつこく追撃されながらもなんとか廃車群から脱出することができた私は、狭い場所に逃げようと考えた。そしてすぐそばにあったビルの入り口に体当たりして、強引に逃げ込んだ。
私は投擲や遠距離武器の扱いが得意である。しかし、スカイフィッシュに何かを当てるのは至難の業だし、だからと言って落ちてきたところをちまちまと叩いていてもきりがない。第一、私には体力もないし根性もない。逃げられる戦いならば逃げたいと思うのが一般的だと思うが、おそらく私はそれに輪をかけてそう思っている。
外に出るのは諦めて、今度は室内をたどって目的地に向かおうと画策した私は、袖で汗を拭いながら次の建物に続く大穴を通った。その次の建物にも同じく大穴があり、楽に行けることを喜びながら進んでいった。ところが、よく見るとその大穴は次の建物にも開いていて、かと思えばその次にも開いている。どうやらこのビル群を貫くようにして、一直線の大穴が開いているようだった。この穴をくぐっていけば、しばらくは外に出なくても距離を稼ぐことができるかもしれない。そう考え、私は嬉々として穴をくぐっていった。
予想通り、誰にも襲われることなく順調に進むことができた。あまりの順調さに不安さえ感じるほどだったが、変わった点といえば瓦礫が多いくらいだ。これだけ大きな穴だから何か大きな事件か事故でもあったのだろうかと周りを見渡しながら歩いたが、血痕らしきものもなければ、生物の遺骸らしきものも見当たらない。かなり古い時代に空いた穴なのか、もしかして人が開けたのか、などと考えながら進んでいると、あっさり穴の終着点まで来ることができた。しかし、そこでさらに疑問は増えることとなる。
終着点には大きな穴があった。穴といっても壁に開くようなものではなく、地面に深々と掘られていたのである。そしてその中は赤黒くなっている。よく眺めたがそれは影によるものでもなく、水があることによる変色でもない。いや、液体という点では当たっているかもしれない。赤黒い変色と白っぽい物体があることから察するに、この穴は何者かによって意図的に掘られた死体遺棄のための穴であろう。
腐乱臭もせず、周りには生物の痕跡もない。もう使われていない穴なのだろう。そう考え安全だと判断した私は穴に降りていく。
なだらかな勾配になっている淵を滑っていくと、意外にもすぐに穴の底に着いた。やはり、白っぽい物体は生物の骨だった。軽く触ってみるとすぐに割れてしまう。つい楽しくなってしらみつぶしに触ってみたが、どの骨も同じように形を崩してしまった。とはいえ、どの骨も大きいものばかりである。いずれの骨の持ち主もも生前はかなり強靭な肉体を持っていたものと想像できた。伝説の異形とされるカシオペア・アリアよりは小さくても、ナウマンモスよりは大きいだろう。となればこの赤黒い変色は、この穴に放り込まれた生物の血液によるものであると考えられる。ナウマンモスほどの生物から血液が流れ出れば、この程度の変色は造作もないことだと思われた。
私はなんだか恐ろしくなって、こんなところさっさと抜け出してしまいたくなった。そう思い勾配に足をかけた時、つま先が何か硬いものを踏んだ。足元は土である。何か埋まっているのだろうと考えそこを軽く掘り返してみると、そこには白い何かがあった。掘り出し物でも出てくるだろうか。そんなことを考えながら私はそれをつかみ、興味本位で引っ張ってみる。
周りの土を崩しながら出てきたのは、人間のドクロだった。ギョッとしてつい手を離してしまう。ただ、久しぶりに見る人間の痕跡だったので、気を取り直し一度全貌を見てみることにした。
黒土を崩しながらずるりずるり、と出てくる人骨はしっかり全身残っていた。だが、その長さが並外れていたのだ。おそらく全長で四メートルほどはある。これが人間の骨だと言えるのか私には懐疑的に思えたが、何より興味をひかれたのは、それと一緒に出てきた大きな鞄であった。
私は早速その鞄を開けてみようと考えた。鞄には五芒星のマークが刻印されており、本体は茶色い皮でできている。すっかり青く錆びついたファスナーは、思った通り頑なに開かなかった。そこでアブラツルの油を潤滑油の代わりに染み込ませてみる。途端に先ほどまでびくともしなかったファスナーは素直に開いた。
中からはまず、黒い表紙の手帳が出てきた。相当使い古されたものらしく、型がついたり破れたりしている。ページをめくると、そこには様々な異形についての事細かな詳細が書かれていた。私の知っている異形についても記載されていたが、私の知っていることよりもはるかに多くの情報が載っている。そこには、異形の急所や倒し方についてもご丁寧に書き記されていた。
「こりゃたまげた。まるで攻略本だな」
こんなところで異形の攻略本を見つけるとは、なんとも運がいい。そんなことを思いながら寄り道を選んだ過去の自分と、かつての持ち主に感謝した。
次に鞄から出てきたのは、虹色に染色された玉の入ったガラス瓶だった。玉はたくさんあるが、一粒一粒がかなり小さい。どこか懐かしく感じるが、故郷のお菓子でも思い出したのかもしれない。用途不明のそれをリュックにしまうと、私は再び鞄に手を入れた。
次に取り出したのは、一対の茶色い皮手袋と、二つの大きな歯車だった。歯車の中央には赤色の球体が挟まっている。なんのために使う道具なのかわからないまま、ひとまず手袋をはめてみることにした。
「これは!」
両手に手袋をはめた途端、手にフィットする感覚があった。まさか、と思い手を動かしてみるが、信じられないほど滑らかかつスムーズに動く。これなら手袋をつけたままでも裁縫仕事ができそうだ。ゴテゴテとした外見からは想像できない付け心地に驚いていたのも束の間、今度は地に横たわっていた二つの歯車が音も立てずに動き出したのだ。
歯車の中央にはまっている赤色の球体が光り始め、かと思えば宙に浮かび上がった。そして私の背後にまるで羽のように並んだ。しかし、それは何をするでもなく、ただ宙に浮かんでいるだけである。本当に何もしなかったのでしばらく待った。それでも何もしなかった。
「もしかしてこの手袋と連動しているとか?」
そう考えた私は右手を手前から奥にゆっくり動かしてみる。すると同じように右側の歯車がゆっくりと前に出る。手を手前に寄せると、歯車も同じくこちらに引き寄せられた。
そこで今度は、格闘技の真似事のように左手をシュッと前に出してみた。せめてもう少しスピードが出ればと思った。
「わ!」
鋭い空を切る音が鳴り、左背後からとてつもない速さで歯車が前に出る。「出る」というよりも「放たれた」といった方が相応しいかもしれない。さっきの五倍、いや十倍の速さか。
砂埃を顔に受け我に返った頃には、前方にあった勾配に歯車が刺さり、大きく砂埃を上げていた。全身に土の跳ね返りを浴びるが、もはやそれを払うどころではなかった。この手袋の真価をしかと知覚した私にとって、もうこの手袋は生活必需品になっていたのである。
すっかり我が物顔で手袋をはめている私は、その手袋をしたままカバンの中を漁った。手袋をしていながらも、さながら直にものを触っているような感覚が伝わってくる。ただ、取り出すもの全てが錆びたハサミや刃の欠けたナイフ、そして空ビンなどの見慣れた小物類であり、もうめぼしいものはなさそうであった。使えそうな小物類をリュックやポケットに入れていく。
それにしても、この白骨死体は何なのだろう。異形について記された手帳を持っていたことからも、崩壊後に亡くなった人だとするのが相応しいのかもしれない。それにしても大きく、人と考えるのは無理があるか。もしかして崩壊後に生まれた異形の一種か?
そんな結論のないことを考えながら、私は再びその白骨死体を土に埋める。手を合わせ土の中から引き摺り出した無礼を詫びた後、私は穴から這い上がり、外に出た。そしてスカイフィッシュの件もあり、道路の端っこをコソコソと歩きながら進むのだった。
その後は何事もなく順調に進むことができた。そうこうしているうちに、やがて夕方になる。暗くなると異形の行動は活発になるため、いつも日が沈み始める頃に野宿をする場所を探すのだ。目的地としていた鉄塔まではまだ距離があるようだが、今日はもう進むのをやめた。
ここらには他に異形もいなさそうだし、宿泊拠点にするには格好の場所だろう。そう考えビルの中に入ると、ランプに火を灯し階段を登っていく。そして重厚感ある鉄扉を開け、やがて相変わらず自然に侵食された屋上に出た。
大体の異形は今朝のように途中までは来ることがあっても、屋上まで登って来ない。そのため私は倒壊の心配のなさそうなビルを探し、その屋上で就寝する。就寝といっても決して贅沢なものではなく、リュックを枕に硬い屋上の床で寝るという簡素なものだ。硬い床で寝ることにもすっかり慣れてしまっている。
ランプを消し、日が暮れるまで今日手に入れた手帳を見ていることにした。真偽はわからないが、私の知っている異形についても載っていることから、信憑性は高そうだ。この手帳に書かれていることの検証は、機会があれば明日にでも試してみることにしよう。
やがて辺りが暗くなり、文字も読めなくなる頃には私はすっかり寝ていた。もちろん手袋はつけたままだったが、歯車は私に順応するようにおとなしく地に横たわるのだった。
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